炊きたてごはん 暫しの歓談
「そう言えば、水が無いと垂れ麦を育てるのは大変じゃないですか?」
ごはんが炊けるのを待ちながら、私はずっと疑問に思っていた事を尋ねてみた。
いくら神掛山の麓で川の水を確保出来るとは言っても、水田となるとかなりの量が必要だろう。
「うん?それは作物だからネ。育てるのに水は必要だけド、それは他の野菜も一緒だろウ?」
私の疑問に、テンジン様は不思議そうに首を傾げるとそう問い返してきた。
「それでも、田んぼ一面に水を張るとなると、それなりに水が必要ですよね?」
「タンボ?タンボってなんだイ?」
「え?えぇと・・・水を入れて、池みたいにした畑なんですけど――――」
あれ?なんで?
鍋蓋の話をした時以上に、みんながキョトンとしてる気がする。
「池で作物は育たないヨ?」
なんだろう、凄く話が噛み合っていない気がする。
「もしかして、シーナさんの国ではそうやって垂れ麦を育てていたんですか?」
そんな私とテンジン様とのやり取りを見ていたラインさんに、半信半疑といった様子でそう聞かれ、私は素直に頷く。
「そうです。え?もしかして、垂れ麦は違うんですか?」
驚く私を見て、更に皆が驚くというよく分からない状況に、その場にいた全員が言葉を失くす。
「――――――この子、アクアディアの出身じゃ無いのかイ?」
沈黙を破ったのはテンジン様だった。
この子、とは私の事だろう。
「はい。シーナさんは境界の森を抜け、我がアクアディア王国へ辿り着いたそうです」
「境界の森かラ?そうか、迷い子かイ」
「ッそうなんです。恐らく、私の住んでいた国はこの大陸では無いんじゃないかと」
本当はこの世界ですら無いけれど・・・なんて思ったら、ハハハッと乾いた笑いが漏れた。
そう、雰囲気が似ていても、ここは日本じゃない。
多分、垂れ麦は畑で栽培されるんだ。だから、この国どころかこの大陸には水田が無い。だから話が噛み合わなくて当然だ。
よくよく考えてみれば、垂れ麦がお米によく似ているからって、お米そのものとは限らない。普通の麦と同じで畑で栽培されていても、何ら不思議は無いのだ。
しかも、お米だって畑で育つ品種があるって聞いたことがあったような・・・陸稲だったかな?
稲は田んぼで作るもの。そう思い込んでいたから、今まで思い出しもしなかったけれど。
だから、皆の不思議なモノを見るような、物珍しげな視線も仕方の無い事なのだ。
「以前から感じてはいましたが、シーナさんの国は本当に水に困っていなかったのですね」
「一体、どこにあるんだろうネ。そんな大陸があるなラ、是非一度行ってみたいヨ」
「外海は酷く荒れてるから船を出すのは難しいだろうけど、姫の故郷なら僕も行ってみたいな」
これまであまり深く聞かれなかったけれど、一度話題に上がってしまえば、皆が興味津々といった感じで会話が広がっていく。
でも、つい先刻常識の違いを思い知ったばかりだ。これ以上話をしたら更に迂闊な事を言ってしまいそうで怖い。
「わッ私の国は小さな島国だったから、この大陸よりも水不足の影響が少なかったんですかねぇ~・・・あッ!そろそろごはんが炊き上がりますよ!わぁ、久しぶりのごはん、楽しみだなぁ」
若干、ほんの少しわざとらしかったかもしれない。でも、本当にごはんは炊き上がったし、楽しみなのは本当だから、嘘ではない。
「誤魔化すの下手か」
なのに、フェリオはボソッとそんな事を言うし、皆もなんだか哀れみを含んだ切ない視線を向けてくるし・・・。
あれ?もしかして、故郷に帰れないからって不憫に思われてる?しかも、空元気で強がってると思われてない?
全然そんな事は無かったのに、皆がなんだか申し訳無さそうで、私の方が申し訳ない気持ちでいっぱいです。




