宴の裏で
そうして垂れ麦に心踊らせながら宴から戻った私とラインさんは、宴の席での話をコウガとナイルにも伝える為に、迎賓館のリビングへと二人を呼んだ。
「姫、おかえり。宴はどうだった?嫌な事されてない?」
「ただいま。私は大丈夫だったよ。それよりも、二人は?食事はちゃんと食べられた?」
「うん。食事は問題無かったよ」
「食事はって?」
含みのある言い方をしたナイルに、私は思わず聞き返した。
「うん。それがね、食事に行こうと歩いてたら、彼・・・えっと義弟君?が来て」
「コウザね?」
「そうそう。その彼がいきなりコウガ君に"ここにいる間は外に出ない方がいい。また間違って殺されたくなければな!"って言い捨てて行っちゃったんだけど、何だろうね?」
「えぇ!?」
ナイルは心底意味が分からないといった感じで首を振り、当事者であるコウガも無表情ながら肩を竦めた。
コウザはきっと宴を退席したその足でコウガの元へ向かったんだろう。
黒豹の事だとか滞在期間の話も無くそう言われても、ナイルもコウガも明日にはミーミルを立つと思っているんだから、そんな反応にもなるだろう。
「えっとね・・・取り敢えず、今の状況から説明した方が良いかな」
「そうですね。では私から―――」
ラインさんは皆をソファに掛けるように促すと、先程の宴で知らされた内容を二人に説明してくれた。
「―――なるほどね。滞在期間が延びるから、あんなこと言いに来たんだ。でも、あんな風に脅すなんて・・・彼はコウガ君にどうしても出歩いて欲しく無いのかな?」
「まぁ、そうなんだろうナ。オレは別に構わないガ」
殺されるなんて穏やかじゃないし、アクアディア王国が雇った(事になっている)正式な護衛であるコウガに、外出を制限される謂れはない。
普通なら憤って当然だし、ミーミルへ抗議したって良いくらいなのに、当事者であるコウガがこの通り気にしていないから、その事で私達が腹を立てるにも限度があって、それ以上口を挟む事も出来なかったけれど、私はどうしても納得出来ずにモヤモヤと考えてしまう。
だって私も初めてコウザと対面した時には、コウガの話を聞いていたからコウザの反応を"そういうもの"として見てしまったけれど、そもそも母親が違うからと言って、そこまで憎悪の対象になるものだろうか?
だって気に入らないからって呪いの魔道具なんて使う?
あの時コウガは、自分が嫌われているのを当然の事の様に語っていたけれど、仲の良い義兄弟なんて普通にいるよね?
それはやっぱり、育った環境がそうさせるんだろうか?
「―――という訳で、滞在期間中はシーナさんは垂れ麦のレシピを獣人族の方々に教えに行くことになりました」
私が考え込んでいる間にも、ラインさんの説明は続いていたらしく、自分の名前が出てハッと意識を会話に戻す。
「へえ。姫の国の主食って垂れ麦なんだ。僕も一度食べたことあるよ。あれが主食になるのは興味あるなぁ」
「オレは分かる気がすル。あのスープは案外腹持ちがいいかラ、昔はよく食べてタ」
「そうなの!お米は栄養価が高くて腹持ちが良いんだよ。それに何より美味しいんだから」
モヤモヤとしていた思いは、コウガの穏やかな顔に絆されて思考の奥に追いやった。
コウガが気にしないと言うなら、私が憤っていても雰囲気が重くなるだけだ。
それなら、ミーミルでの滞在を如何に有意義なものとするかを考えた方がいい。
「よし!そうと決まれば色々準備しなきゃ。お米を美味しく炊くにはまずお釜からだね!」
「シーナさん、楽しそうですね」
「だナ」
「もう姫の頭の中は垂れ麦でいっぱいだろうね」
なにか、微笑ましいと言わんばかりの会話が聞こえてきたけれど、それは聞こえなかった事にしよう。反応したらしたで、余計恥ずかしくなるのは目に見えてるから。
それはさておき、お米と言ったら先ずはやっぱり炊きたてご飯だよね。
それを塩むすびにしてもいいし、前に作った肉味噌もまだあったはず。
それからキュウリを塩揉みして、お味噌汁も作って・・・。
―――どうしよう、ご飯のある食卓って凄く楽しい!




