黒豹
「まずは、ウールズへの入国に関してだガ、申し訳ないが直ぐに向かう事が難しくなってしまっタ」
―――え?
ウールズへ向かえないってどういう事?
突然のグェイア総長の発言に、驚いて思わず声を上げそうになった私とは違い、ラインさんは冷静に尋ねる。
「―――直ぐに、と仰いましたが、ウールズへ向かう事自体は問題無いという事でしょうか?」
「ウールズへの入国は問題なイ」
「では、別の問題が?」
私はそれを聞いて、これもコウザの仕業かと疑ってしまったけれど、グェイア総長の隣に座った女性とその隣に座ったコウザが私よりも驚いた表情をしていて、彼等としても想定外だったのだと容易に分かってしまった。
ちなみに・・・グェイア総長の隣に座っている虎人族の女性はイジャラン・グェイア夫人。コウザの母親であり、コウガを嵌めた張本人である義母だ。
きっと息子からコウガの存在を知らされているだろう彼女もまた、この状況は嬉しく無いだろう。
でも、この二人が知らない問題って一体何だろう?
「実は先ほど、ウールズへ向かう道の途中に黒豹が群れで現れたと報告が入っタ。黒豹は非常に危険な魔物故、安全が確保されるまで道を封鎖しなければならなイ」
「黒豹が群れで、ですか?」
黒豹って、コウガと出会った時に聞いた獣だよね?
あの時は結局、コウガを黒豹と見間違えただけだったけど、一頭目撃されただけでも結構な騒ぎになってたはず。
「目撃された黒豹は5頭。だが、森の中にはまだ数頭潜んでいたらしイ」
「黒豹は群れを作る魔獣では無かったはずですが」
「その通りダ。それ故、我らとしても慎重に対応しなければならなイ」
「そうですね・・・我々の助力が必要であれば、何時でも仰って下さい」
グェイア総長にラインさんがそう告げると、突然バンッとテーブルを叩く音が会場に響いた。
「助力など必要ナイ!」
声を上げたのはコウザだった。
キッとこちらを睨み付けた彼は、更に続ける。
「我等は屈強な獣人族ダ。人族の助けなど必要ナイ」
先刻のラインさんの口調からは、獣人族の戦力を心配しているというよりは、社交辞令に近いものを感じたのだけれど、コウザはそう受け取らなかったみたいだ。
「コウザ、オマエはこの場に相応しくなイ。下がっていロ」
しかし、そう感じていたのは私だけでは無かったようで、グェイア総長は厳しい口調でコウザを嗜めた。
それはそうだろう。国同士の友好を深める為の宴で、あんな発言をしてしまっては。
「しかし父様ッ・・・」
それなのに、コウザはまだ引き下がる様子を見せなかった。
もしかしたら、私達が協力する事になってコウガが出てくる事を警戒している?
「黙レ!――――――倅が申し訳ナイ。しかし、客人に迷惑は掛けられナイ。申し出は有難いガ、事態の収拾まで数日こちらで待機して欲しイ」
そんなコウザをグェイア総長は一喝すると、こちらに謝罪した上で、助力は要らないと丁重に断りを入れてくれた。
まぁ当の本人は、グェイア総長が助力を断った事で少し落ち着いたのか、無言でそのまま部屋を出て行ってしまったけれど。
「分かりました。折角の機会ですし、ミーミルを見て回りたいのですが、問題有りませんか?」
元々ラインさんも「何かあれば」程度だった事もあり、コウザが騒がなければきっともっとすんなりとこの遣り取りが出来たはずだ。
「ああ、全く問題ナイ。此方で案内の者を用意しよウ。さて―――話が長くなってしまったナ。料理が冷めぬうちに宴を始めるとしよウ」
そうして、コウザが荒立てた場の雰囲気はどうにか和やかなものへと変わり、その後の宴は友好的な雰囲気で進んだ。
そして私はこの宴で、運命の出会いをするとこになる。




