悪足掻き
一抹どころか五抹も六抹も不安を抱えながら入国したミーミルだったけれど、その風景は懐かしさを覚えるものだった。
広大な畑と平屋に瓦屋根の木造建築は、それまでの洋風建築とは違い、日本を思い出させる。
コウガの故郷という事もあり、本当ならば心浮き立つ景色のはずなんだけど・・・。
「ねぇ。コウガくんとさっきの虎くんって知り合い?」
コウザの案内で今日の宿泊先へ向かう途中、ナイルがなんの躊躇いもなくそうコウガに問い掛けた。
私は事情を知っているし、本人に確認したから良いけれど、確かにあれだけ何か有りますって態度を見てしまったら、気にするなという方が無理な話だ。
「ああ、弟ダ」
「弟?仲良くないの?」
とはいえ、ナイルもなかなかストレートに聞くよね。
「そうダナ・・・その事デ少し迷惑を掛けるかもしれナイ」
「迷惑?」
「ああ。アイツはオレが邪魔だかラ。何か仕掛けて来るかもしれナイ」
「それは・・・大丈夫なのですか?」
話を聞いていたラインさんが心配そうに訊ねると、コウガは首を竦める。
「どうだろうナ。まぁ、シーナを危険に晒す気は無いカラ、安心してクレ」
それじゃ安心出来ません!
狙われてるのはコウガなんだから、私の心配なんて必要無いのに。寧ろ、私が守る!くらいの気概もある。まぁ、物理的には無理だから、間接的に何か役に立てればって程度だけど。
私はそう思うのに、他の二人は違ったらしい。
「まぁ、コウガくんなら自分でなんとか出来そうだもんね」
「もし何かあった場合、シーナさんの事は私達が守るので、そこは安心して下さい」
そんな感じなの?
「ああ、スマナイ」
「でもこの面子で訪ねて、獣人族総長の息子が何か仕出かすとは思えないけど」
「国際問題になりますからね」
確かに、今回の旅のメンバーはアクアディア王国の貴族であるラインさんと、鬼人族のナイル。錬金術師である私と、その護衛という名目のコウガだ。
下手な事をすればアクアディア王国や、鬼人族の国フヴェルミルとの関係が悪化する可能性もある。
「そうだと良いガ・・・」
コウガの低い呟きは、馬車の止まるガタンッという音に掻き消されたけれど、その心配はどうやら的中してしまったらしい。
今日泊まる場所として案内された迎賓館の玄関ロビーで、今夜の歓迎の宴の時間や会場の説明を一通り終えたコウザは最後に言った。
「本日の宴はアクアディア王国の方々を歓迎する為のもの。なので、アクアディア王国の方以外の参加は遠慮して頂く。それ以外の方については、部屋に食事を用意させましょう」
そう来たか。
きっと馬車の中で考えたのだろう。コウザの視線がコウガにしか向いてない所を見ると、コウガに宴に出て欲しくないんだろうけど、それではナイルも出席できない事になる。
厳密に言えば、私も違う。
それに、コウガだけ別メニューだなんて危険しかない。
「じゃあ私―――」
「じゃあ僕とコウガは不参加だね」
私も不参加です!と言おうとしたら、私よりも先にナイルがそう言って、コウザに鬼人族の特徴である角を見せて微笑んだ。いや、目は笑ってなさそうだ。
「ッな!?双角の鬼人族が何故!?いや、貴方は―――」
「僕もアクアディア王国の人間では無いので。残念ですが」
鬼人族のナイルに気が付いたコウザは、慌てて取り繕おうとするけれど、ナイルは取り付く島も無くそう断言してしまった。
それにしても・・・ナイルはまた双角って呼ばれてた。やっぱり何か特別な意味が有るんだろうか?コウザの狼狽えようを見る限り、やっぱり貴族とか?今度ナイルに聞いてみようかな?
でも、考え込んだコウザに、これで全員宴の席に招待されるかな?と少し期待したものの答えは否だった。
「―――そう、ですね。大変申し訳ありませんが、本日はご遠慮下さい」
あぁぁ~。
自分の国よりも、自分の都合を優先しちゃったのね。
ミーミルは共和国とは言え、国を纏める総長の息子で、今回外交を担当している彼がそんな事を言ってしまっては、それが国の意思だと取られ兼ねないのに。
ちなみにミーミルは、虎人族の他にも狼人族や兎人族など様々な種族がそれぞれの社会を構築しており、それを纏める族長が居て、そこから更に対外的な代表として総長が選出されているらしい。日本の総理大臣みたいなものだろうか。
とは言え各族長は基本的に世襲制らしいから、コウザが獣人族の総長になる可能性だってある。
この国、大丈夫だろうか?
「分かりました。それでは食事はコウガと二人で摂るので、ダイニングに用意して下さい。流石にここまで来て一人で食事はつまらないので」
「―――分かり、ました。そのように用意させて頂きます」
ナイルの皮肉をたっぷりと含んだお願いに、流石のコウザも頷くしかなかった様だ。
それだけ言うと、悔しげにコウガを一睨みしてからその場を去っていった。
「ナイル、悪イ・・・」
「いいの、いいの。だって、僕がああ言わなかったら、姫が同じこと言ってただろうし。僕がフヴェルミルの人間なのは間違い無いからね」
「それにしても・・・彼はどうしてもコウガに宴に主席して欲しく無かったのですね。クーデターがあったとは言え、双角の鬼人族であるナイルに対してあのような対応を取るなど」
「多分、父親に俺が生きてイルと知られたく無いんダロウ」
「それにしても、ちょっと浅はかだよね。宴の件も悪足掻きって感じだし。なんなら、二人で宴の席に乗り込んでみる?」
「いや、興味ナイ。それに、下手に刺激すると面倒ダ」
「確かに。コウガが良いのであれば、厄介事は避けるべきでしょう」
会話の中に出てくる"双角"の単語は気になるけれど、三人で会話が進んでいて話の腰を折るわけにもいかないし、なにより今はそれどころじゃない。
ナイルが一緒だからって油断出来ない。
宴の時間まではまだ時間がある。王都クヴェレの素材屋さんでカリバでは手に入らなかったエッグマッシュも手に入れてある。
ここは一つ、耐毒薬と耐麻痺薬を作って二人に飲ませなくては。




