望まぬ再会
山中街道の旅路は徐々に平坦な道から下り坂へと変わっていた。
そうして暫く下り坂が続き、気温も暖かさを取り戻してくると、窓の外に街道の入口にあったのと同じ門が見えてくる。
よく見ると微妙に模様がが違うようで、アクアディア王国の門にはイソラの花が、ミーミル共和国の門にはカモナジャンの花が掘り込まれている。
「着いたね。ここでは検閲があるから、一度馬車を降りないとダメなんだ」
呑気に門の装飾を眺めていた私に、ナイルが教えてくれる。行きは特に手続きは必要無かったけれど、流石に他国に入国するにはそれなりの審査を受けなければならないのだろう。
入国審査はどうやら荷物検査が主な目的らしく、護衛の騎士数名を残して私達は門の中に作られた一室へと案内された。
置いてあるのはソファとテーブルくらいで一見簡素なこの部屋も、山小屋と同じく高価な家具で揃えられている。
「そう言えば、このままウールズへ向かうんですか?」
今はもう、昼を過ぎて太陽も傾き始める時間だ。今日はきっとミーミルに泊まるのだろうと思ってはいるけれど、国同士のやり取りがあったみたいだから、このまま真っ直ぐウールズへ、となるとは限らない。
「いえ。ミーミルで歓迎の宴を開いて下さるそうなので、今日はそちらに伺う事になります。ここへ迎えが来る予定ですので―――」
ラインさんがそう教えてくれたその時、ゴンゴンッと少し強めのノックが部屋に響いた。
「丁度来られた様ですね―――どうぞ」
そうラインさんが返事をするのと、ドアが開かれたのはほぼ同時。ノックにしてもその対応にしても、少し乱雑な感は否めない。
「失礼する」
入って来たのは、十代半ばくらいの青年。特徴的な黄色と黒の縞模様の耳と尾を持つその青年は、コウガと同じ虎の獣人だった。
「ワタシは獣人族総長、グルバトン・グェイアが嫡男コウザ・グェイアだ。これから貴殿等を我が屋敷へと案内スル。この一行の責任者は―――」
そう言って私達を見渡した彼は、返事を返したラインさんには目もくれず、驚愕の表情である一点を凝視して固まってしまった。
「どうして、アンタが・・・」
彼の視線の先のコウガも、分かりづらいが驚いた表情をしている・・・気がする。
虎人族で名前がコウザ。そして二人のこの反応。彼はもしかして・・・。
「義弟、さん?」
小声でコウガに問い掛ければ、コウガは彼から視線を外す事無く、「ああ」と小さく頷いた。
確かに、母親が違うからか全体的な雰囲気はそこまで似ていないけれど、改めて見ると二人は目元がよく似ている。その辺りは父親に似たのだろうか。
でもそんな事より、コウガの義弟ということは、彼がコウガに呪いの魔道具を着けた張本人という事になる。
広いミーミル国内で、まさか入国早々出会うことになるなんて・・・。
「グェイア殿?」
コウガを凝視したまま無言の彼に、ラインさんが促す様に声を掛ける。
すると、ハッとした様に何度か瞬きをした後、凄い勢いで視線を逸らした。
それじゃ、コウガと彼の間に何か在ると宣言している様なものなのだけど・・・。
「―――ッあぁ・・・失礼。アナタが責任者カ?」
「はい。アクアディア王国より参りました、ラインヴァルト・グトルフォスです。この度は急な申し出を受けて頂き感謝します」
「イヤ・・・こっちとしてもアクアディアへ向かうのにウールズを経由出来ナイのは痛手ダからナ――――」
国の代表として、どうにかラインさんと会話する彼だったけれど、その表情は固く青褪めていて、会話に集中できず言葉づかいにまで気が回らなくなっているし、コウガを気にしてずっとチラチラと様子を窺っている。
「―――では、案内するカラ、ボクの馬車に着いて来てクレ」
結局、コウガも彼もお互いに干渉すること無く、移動を始める事になってしまった。
でもこのまま移動したら、コウガにとって敵地に乗り込む様なものだ。
コウガは気にしてないって言っていたけど、それは感情的な面で、もちろん身の危険が無い訳じゃない。
かといって、今から予定を変更するのは不可能だろう。
どうやらコウガの父親はこの国の偉い人みたいだし、義弟の彼、コウザとその母親も流石に他国の人間の前で無茶な事はしないはず。
父親はどう出るか分からないけど、コウガとお母さんをずっと離れに放置していた人だ。当てにはならない。
ミーミル滞在中は、絶対にコウガを一人にしないように気を付けなければ。




