神の肘掛山
「シーナさん、帰りはまた我が家にお越しになってね。絶対よ」
「お帰りを御待ちしております。どうぞお気を付けていってらっしゃいませ」
ミーミル経由での旅程が決まって二日後、私達はネーデル夫人とグレイさんに見送られ、王都を旅立った。
ちなみに・・・王都、王都と呼んでいたこの都、正確には「王都クヴェレ」というらしい。
そのクヴェレの北に高く聳えるのが、神の肘掛山。
通称"神掛山"とか、"神山"とか呼ばれているこの山は、天まで届きそうな程高く、神々しいまでに美しいその姿から、"神が地上を見下ろす際に肘を掛ける為に造った"という神話があり、それが名前の由来となっているという。
山頂に行くほど白く輝くその山肌は確かに美しく、私としては富士山を思い出すけれど、冠雪している訳ではなく白い岩肌なんだそう。
ところで、何故そんな事を考えているかと言えば、これからあの山に向かって行くからだ。
実はあの山、各国と繋がる道があり、ミーミルへの最短ルートとなっている。
王宮の真裏に位置する山に各国と繋がる道があるなんて、国防的に大丈夫なんだろうか?と少し心配になったが、神掛山の管理はアメリア聖教会がしていて、基本的に教会の許可が無いと山に入る事は出来ないのだそう。
更に、各国へ入国するための門は双方の同意無しで開ける事が出来ず、許可の発行には多くの手続きを必要とするらしい。
その諸々の手続きの為に、ラインさんは毎日遅くまで王宮へ通っていたくらいだから、そこから他の国が攻めてくる、なんて事は無いのだろう。
それに王宮からは神掛山がよく見えるから、例え山から軍が攻めて来たとしても、山裾の森で迎え撃てるから問題はないらしい。
そしてその森を抜けると、いよいよ神掛山へと登って行くのだけれど・・・この話を聞いてから、まさか登山するの?と内心かなり不安な私。
山育ちと言えど、本格的な登山なんて学校の行事で一度体験しただけで、それももう20年以上前のこと。
ポーション片手に登るしか無い!と一応沢山錬成してスマホに入れてはあるけれど、それでも足手まといになるのは必至だろう。
「シーナさん。聖女アメリアの神殿が見えてきましたよ」
馬車に揺られ、山登りにいつもと同じ服装じゃ駄目じゃない?なんて今更ながらに後悔していた私は、ラインさんの声に顔を上げる。
「見えますか?」
ラインさんの視線を追って馬車の窓へ顔を寄せ、進行方向を見る。
ちなみに、今乗っているこの馬車はグトルフォス侯爵家の馬車なので、乗り心地は抜群だ。
暫く続いた森が開け、神掛山が眼前に迫ったその景色は壮観で、思わず圧倒されてしまう。
でも、よく見るとクヴェレから続く真っ直ぐに延びていた川の先に、確かに建物らしきものが見て取れた。
小さく見えるけれど、この距離で見えるという事は、実際はかなり大きな神殿なのだろう。
「見えました!あの真っ白な建物ですよね?凄く立派な神殿ですね」
「そうですね。あの神殿はアクアディア王国側のものですが他にあと4箇所、同じ神殿が各国に向かって建てられているんですよ」
「じゃあ、全部で5箇所も?凄いですね。あんな所に神殿を建てるなんて」
「本当に。これから向かう山中街道もそうですが、昔は今では考えられない程の大規模な工事が行われていた様です」
「そうなんですか?」
「ええ。記録を調べると、あの神殿とこれから通る山中街道は昔、各国の地属性の魔法に長けた者50人が半月で仕上げたとされています」
「半月で!?」
それってかなりブラックな労働環境だったんじゃ?
「今と比べると、昔の人々は魔力量が多く魔法の技術も高かったそうなので、それで可能だったのでしょうね」
「そうなんですね」
逆に、どうして今は魔力量が減ってしまったんだろう?
しかも、そう考えると自分の魔力が『湧出』している事も、やはり特異なことなんだと改めて感じてしまう。
「そろそろ山中街道の入り口です。一度停車しますが馬車を降りる必要は無いので、楽にしていて下さい」
ラインさんの言葉に私が再び窓の外を見ると、道の先には門があり、そこで入門検査が行われているらしかった。
けれどラインさんの言葉通り、馬車は一度停車したものの車内を検める訳でもなく再び走り始め、門を潜った先に広がった景色に、私は心底安堵の溜め息を吐いた。
何故って?それは―――
「山中街道って、凄く立派な街道だったんですね・・・」
私の目の前に続く道。
神殿へと続くグネグネとカーブを描いた登り坂も、そこから山裾に沿って続く緩やかな登り道も、綺麗に整備され馬車2台が余裕ですれ違える程の広さを誇っていたからだ。
登山じゃなかった。
昔の魔法使いさん、良い仕事してます!




