普通の錬金術師②
「全く、貧乏人はこれだから!大方その鞄の価値も知らずに手を出したんだろう?それはオマエの様なヤツが触れることすら烏滸がましい一品だぞ?汚れの一つでも付けてみろ。オマエには一生掛かっても弁出来ないからな」
うわぁぁぁ~・・・凄い剣幕。
それに、何て言うか・・・凄い格好。
恰幅の良過ぎるそのお腹は、カウンターの出入口で擦れて引っ張られ、宝石をあしらった飾りボタンがはち切れそうだし、手入れされた白くて太い指には大きな宝石のついた指輪がいくつも嵌められている。
しかも、肩にもう一人小さいおじさんが・・・。
いやいや、きっとこの人のパートナー妖精だよね。それにしても、そっくりなんですけど。
出だしから随分と態度の悪いこの店主は、目の前まで来た所で、今度は不躾な視線で私を上から下まで睨め付けてきた。
「ほぉ?貧乏人の物取りかと思ったが・・・これはなかなか・・・」
「えっと?」
「君はこの鞄が欲しいのかい?」
急に態度を変えた店主に気持ち悪いモノを感じながら、取り敢えず話を合わせてみる。
「少し気になって。これは、魔法鞄なんですか?」
「そうだとも。最近、素材屋でとある貴重な素材を見つけてね。錬成するにも随分と苦労したんだが・・・この鞄にはなんと、3樽分の荷物が入るんだ。凄いだろう?」
3樽分って・・・凄いの?
私の使っているスマホ型は例外としても、トルネが使っていたフラメル氏の魔法鞄は牙狼を10匹入れても余裕だったから、多分物置小屋程度の容量はあったはず。
「・・・凄いですね?」
「そうだろう?そのぶん値も張るが、それだけの価値があるんだ」
「そうなんですね。でも、やっぱり私には手が出せない金額なので、諦めます」
店主が熱弁しながらグイグイと近寄ってくる所為で、私はその分後ろに下がるけれど、後方には棚が置かれていて逃げ場が無い。
危険な雰囲気を感じ、早々に話を切り上げて店を出ようとする私に、店主が思いがけない提案を持ち掛けてきた。
「君、この私の助手にならないかい?」
「え?」
もしかして、錬金術師だとバレたんだろうか?
「なに、別に店番をしろとか、錬金術の手伝いをしろとは言わないよ」
それってどんな仕事ですか?
絶対怪しい話ですよね!?
「いえ、助手とか無理ですから」
「だったら愛人はどうだい?君はただ、僕の言うことを聞いていれば良いんだ。そうすれば、特別に君の為の魔法鞄を作ってあげるよ?」
先の助手の話も愛人と大差無かったですよね!?
「本当に、そういう話は結構ですから!」
「何故だ?好きなものを何でも買ってやるぞ?私は錬金術師だからな。下手な貴族なんかよりもずっと地位が高いんだ。良い暮らしがしたいだろう?」
「今の暮らしで十分満足してますから。もう帰ります、退いて下さい」
きっぱり断っているはずなのに、店主は全く退く気配を見せず寧ろ更に詰め寄って来る。
「退けだと?私は錬金術師だぞ!私の言うことを聞かなければ、呪いの魔道具を付けてやるぞ。そうなれば、オマエは奴隷も同然。それが嫌ならば、私の愛人になると言え!!」
どうして愛人か奴隷の二択なんですか!?
ちょっと、腕掴まないで貰えます!?
「離して下さい!!」
どうしてこんな事に?
ちょっと他の人が作った魔道具が気になっただけなのに。
手首を掴まれ、魔法鞄の隣に陳列されていた腕輪を嵌められそうになる。
まさか、それが呪いの魔道具だとでもいうのだろうか?そんな普通に店頭に並んでいて良いものなの?
どんな効果が有るかも分からないソレを着けられるなんてとんでもない!と腕を振り払おうとするけれど、店主の力が強くなかなかどうして振り払えない。
どうしよう。大声を出したら外まで聞こえる?まさか、こんなことになるなんて。
話の通じない店主にちょっと泣きそうだ。
「―――だから言ったでしょ?危ないって」
いよいよ大声で助けを呼ぼうと息を吸い込んだ私の背後から、緊張感の無い穏やかな声が響く。
振り返れば、案の定そこにはナイルとフェリオ、それにグレイさんが並んで立っていて、私はハァァァと吸い込んだ息を吐き出した・・・けれど、穏やかな声とは似ても似つかない三人の表情に、再びキュッと息を詰めた。
「なんだ貴様等は!」
「なにって、その子の連れだけど?」
「おっさん、オレのパートナーに何してんの?」
「呪いの魔道具とは、穏やかでは御座いませんね」
三人とも物凄く心強いんですが・・・顔が怖いです。
本当に刺さるんじゃ無いかと思うほど鋭い視線が店主に注がれていて、私の背筋もピンッと伸びる勢いです。
「なッ!?私は錬金術師だぞ?揃いも揃って不敬な奴等め」
「錬金術師だから何?って言うかその手、早く離してくれないかな?」
そう言ってナイルが店主の腕を掴むと、店主は呻き声を上げて漸く私から手を離し、その隙にフェリオが私を引き寄せて後ろに庇ってくれる。
「何をする。錬金術師の腕を痛める事がどれ程の重罪か解っているのか?慰謝料を払え!!」
掴まれた腕を庇いながら、今度は慰謝料を払えと言い出す店主に、フェリオが呆れたように首を振る。
「いやいや・・・ちょっと腕が痛いくらい、錬成に影響無いだろ?」
「左様で御座いますね。それよりも、呪いの魔道具を扱っているとなれば、王宮へ報告し営業許可を剥奪して頂かなくては」
営業許可剥奪って事は、呪いの魔道具ってやっぱり違法なのね。
「なッ!?そ、それは・・・ええい、うるさい!王宮になど、貴様等が入れる訳が無い!そんなハッタリには騙されんぞ!」
「おや?何も王宮まで赴く必要は御座いませんが?私は屋敷へ戻り、旦那様に報告するだけで良いのですから」
「なッ、え?オマエは・・・まさか・・・」
「はい。私はグトルフォス侯爵家に仕えております」
うわぁ・・・撃沈。
店主、口をパクパクさせて顔面蒼白だよ。
ついでに肩の上の小さいおじさんも。さっきまで店主と同じ様にふんぞり返ってたのに。
「まッ・・・まさか、侯爵家に関わりのある方とは。いやはや、呪いの魔道具の話はただの冗談で御座いますよ。そのような物、作ったことも御座いません。そうだ!その娘が呪いの魔道具を見てみたいと言ったのです!なので私は、呪いの魔道具がどんなに恐ろしい物かをこの娘に教えてやろうと。ハッ・・・ハハハ、ハハ・・・」
撃沈していた店主がハッとしたように息を吹き返し、まさかの言い分を繰り出して来る。まさかそんな言い訳が通用すると思っているんだろうか?
「そうで御座いましたか。それはどうもご親切に有難う御座います。それでは、彼女も特に買うものは無い様ですので、我々はこれで失礼させて頂きます」
と思ったら、グレイさんは随分とあっさり引いてしまった。
「いえいえ、お礼を言われる様な事は何も。ご来店有難う御座いました」
そんなグレイさんに安心したのか、店主の表情にも赤みが戻り、小さいおじさんも復活している。
「いえ。恩は返さねばなりませんので、今日の事はきちんと詳細に旦那様に報告させて頂きます。それでは・・・」
けれど、どうやら店主の危機は去っては居なかった様だ。
「なッ!え?ちょっと待ッ」
店主がまだ何か叫んでいたけれど、展開を見ていたフェリオとナイルに促され、錬金術師の店を後にする。
多分だけど、今の話を侯爵様に伝えれば、この店主には何らかの罰が下されるのだろう。恐るべし、グトルフォス侯爵家。
「ご迷惑をお掛けしました」
錬金術師の店を出た私は、三人に深々と頭を下げる。
まさかこんな騒ぎになるとは思っていなかった。
「分かった?普通の錬金術師は皆あんな感じなんだから、もう一人で店に行こうなんて考えちゃ駄目だよ?」
あれがデフォルトとか・・・町で聞いた噂より酷くない?私の予想の更に上を行ったんですけど。
あんな人ばかりじゃ、そりゃ錬金術師の評判も悪くなるよね。なんて迷惑な話。
「・・・はい。もう絶対行きません」
出来るなら関り合いたくない類いの人だからね。これからは全力で避けようと思います。
「まぁ、シーナの場合は別の絡まれ方するから、より質が悪くなってた気はするけどな」
「え?」
「いや、何でも無い。まぁ、気を付けるに越したことは無いからな」
フェリオが何か言った気がしたけれど、どうやら気を付けろって事らしい。
結局、この日はそのままお屋敷へ戻り、後でこの話を聞いたラインさんにも無謀だと注意される事になるのだけれど、それもまた仕方の無い事だったと甘んじて受け止めておこうと思う。




