『特別』
予定よりも大幅に時間が無い中、私は予定通りの夕食を作ることができた。
何故なら・・・材料さえあれば錬金術で料理もできてしまう事を思い出したからだ。
時間や手間の掛かるパンも、丸鶏のローストも、全部一瞬で完成してしまうんだから、驚きを通り越して少し悲しくなった。
料理って手間暇が大事・・・よね?
トルネには、料理を一から作るなんて膨大な魔力が必要な筈、と心配されてしまったけれど、見た感じ私の周りの魔力が減ってる様には見えないし、大丈夫だと思うんだけどな。
まぁ、料理作ったって気がしないし手抜き感が否めないから、緊急時以外は使わない予定だけど。
それから間もなくしてマリアさんが目を覚ましたので、みんなで夕食を取った。
私のイメージを元に錬成したパンが、この世界のパンよりも格段に柔らかくて美味しいと好評だったので、これからもパンは錬金術で作る事にした。流石に私はパン職人では無いので、そこは良しとしよう・・・うん。
そうして皆で和やかにマリアさんの全快を祝って夕食を取り、ラペルが安心からか食後直ぐに寝入ってしまったので、渋るトルネも一緒にベッドへと追いやる。
因みに、フェリオは私が夕食の支度をしている間にラインさんにお小言を頂いたみたいで、夕食後はふて寝を決め込んでいる。
「それではマリアさんは、その腕輪を教会で賜った・・・と」
ラインさんは凄く難しい顔をして、マリアさんに確める。
「はい。王都の錬金術師様が来られる少し前でしょうか。ナガルジュナの教会へ行った際に司祭様が声を掛けて下さって、お守りになるから、と」
教会って、アメリア聖教の教会よね?
「ナガルジュナですか。それは問題ですね」
「問題?」
「ナガルジュナの町には我々騎士団の拠点が在るのです。私もナガルジュナから定期巡回としてこの町に来ているんですよ。しかし、もし教会で何か問題が起こっているのだとすれば、我々はそれを見過ごしている事になります」
普段は優しい表情のラインさんが、厳しい表情を見せ、握った拳に力を込める。
大変不謹慎ではあるけれど、ついついそんな表情も格好いいなと感心してしまう。
そんな事を考えていると、マリアさんが宥めるように口を開く。
「騎士団の方々が気に病む事はありません。実際、当の本人でさえ魔力を奪われているなんて夢にも思わなかったですから。シーナちゃんが居てくれたからこそ、それに気付くことができたんですし」
マリアさんに微笑み掛けられ、なんだか照れ臭くなってしまう。
「いえ、私もなぜ突然魔力か視える様になったのか分からないですが・・・マリアさんが元気になって本当に良かったです」
「そう、それ!私も驚いたわ。目を覚ましたらシーナちゃんの眼が青いんだもの。しかも、右目はアメリア様と同じ、とっても深い青!」
マリアさんが興奮したようにパチンッと手を叩く。
「眼が青いと、何かあるんですか?」
「もちろん!魔力が視えるのは青眼を持っている人だけだもの。それに他の人より魔力量も多いから、より深い色の青眼は優秀な錬金術師の証みたいなものよ」
あぁ、そう言えばスフォルツァさんもそんな様な事言ってたっけ?
「シーナさんの故郷でも、青眼は特別だったのですよね?」
私が青い目が珍しいから隠していたと言ったからだろう、ラインさんがそんな風に訊ねてくる。
「特別・・・そうですね。でも、そんな力があるとは知らなかったです」
私は曖昧な笑みでそう答える。
特別と言えば特別だ。日本人である私の眼が青で、尚かつオッドアイだったのだから。
こんな『特別』は要らない。
ずっとそう思っていた。
元の世界と違って、とても好意的に受け取られている事には、素直に嬉しいと思う。
けれど、『眼が青い』という事実がこの世界でも私に付き纏うと思うと・・・それはなんだか嫌だった。
「そうなの?瞳の色を変えていたからかしら?・・・でも、ここまで深い青じゃ、確かにあまり人に知られない方がいいわね。貴女の力を欲しがる人は、きっと沢山いるわ。善い人も、悪い人も・・・」
ほら・・・やっぱりこの世界でも、この眼は邪魔なんだ。
「シーナさん、そんな顔をしないで下さい。貴女が不安に感じるのでしたら、私が守ります。この国の騎士として、責任を持って貴女が無事故郷へ帰れるように、力を尽くします」
ラインさんの男前な発言に、沈んだ心どころか、頬まで一気に熱くなる。
本物の騎士様に、まさかそんな風に言われる日が来るなんて。
「そんな!滅相も無いです。ラインさんには助けて頂いてばかりなのに、これ以上迷惑は掛けられません。コンタクトも予備が有りますし、色さえ誤魔化せればさほど危険も無いんですよね?」
「う~ん。シーナちゃんはそれ以外でも危険がありそうだけど。あまり危機感とか無さそうだし・・・」
私よりも年下のマリアさん(因みに30歳でした)にそんな風に心配されてしまうのは、ちょっと心外だ。
「これでも人生経験はそれなりに豊富ですから、悪い人に騙されたりしませんよ?」
ドヤ顔で言う私に、マリアさんもラインさんも微妙な顔をしている・・・なぜ?
「とにかく、気を付けるに越した事はありませんから、ね?」
諭すようにラインさんにそう言われても、やっぱり納得出来ない。見た目は若返っているけれど、中身は立派な34歳なのに。
「分かりました。以後気を付けます」
それでも一応、そう言っておく。私は大人だからね。
「よろしくお願いします。・・・さて、話が逸れてしまいましたが、ナガルジュナの教会に関しては一度戻って調査をしますので、申し訳ありませんが、マリアさんの腕輪をお借りしても宜しいですか?」
「もちろん。私と同じように苦しんでいる人が居るかもしれないし、是非持っていって下さい」
教会に関してはラインさんがなんとかしてくれそう。マリアさんをこんな目に合わせた人に怒りや憤りを感じるけれど、私がどうにかできる事じゃ無いものね。
マリアさんが元気になって本当に良かった。そう思って彼女を見れば、丁度フワァと欠伸をするマリアさんと眼が合う。
彼女は恥ずかしそうにちょっと肩を竦めると、フフッと意味ありげに笑う。
「あら。私もなんだか眠くなってきちゃったみたい。ラインくん、お世話になっておいて申し訳無いんだけど、先に休んでも良いかしら?」
「もちろんです。マリアさんもまだ本調子ではないでしょうし、ゆっくりと休んで下さい」
「ごめんなさいね。じゃあシーナちゃん今日は本当にありがとう。後は二人でゆっくりしてね?」
なんですか、そのお見合いの立会人みたいな台詞は!?
ひらひらと手を振って部屋を出ていくマリアさんに、心の中でツッコミつつ、引き攣る笑顔で手を振り返す。
そんな風に言われたら、無駄に意識するじゃないですか。
横目でチラッとラインさんを見れば、彼は穏やかに微笑んでマリアさんに会釈をしている。
ですよね。ほんと、無駄な意識でした。
変に意識してしまった自分が恥ずかしくて、誤魔化す為にお茶を淹れ直す。
湯気の立つカップを置くと、ラインさんはそれを一口飲み、フゥ...と一息付いた後、表情を引き締める。
「シーナさん、先程影狼と言っていましたが、それは影魔獣と森で遭遇した・・・ということで間違い無いですか?」
食後、黒虎の事もあってその辺りの事情はマリアさんにも少しだけ説明した。
マリアさんは落ち着いて話を聞いてくれたけれど、握り締めた両手が震えていたし、私に何度も何度も「ごめんなさい」と繰り返していたので、早々に別の話題へ切り替えていたんだけど・・・。
やっぱり、こんな町の近くで影魔獣が出たとなれば、その対応は騎士団がしなければならないだろうから、情報は少しでも欲しいに違いない。
「影魔獣を知らなかった私では判断しきれませんが、トルネは影魔獣だと言ってました」
「それは、どんな姿をしていましたか?」
「姿形は牙狼と同じでした。でも、真っ黒な身体で、瞳が真っ赤で、額に黒紫の角が生えていて・・・」
説明しながら、あの恐ろしい存在感を思い出してしまい身震いする。
「・・・確かに、影魔獣の特徴と一致しますね。それで、その影魔獣はあの虎が倒したのですよね?」
私はそれから、事の次第をなるべく詳細にラインさんに伝えた。
「では、ゲートは見ていないのですね?」
「はい・・・アッ!そうか!早くゲートをどうにかしないとッ」
ラインさんに話ながら、恐ろしい事態に思い至る。
森にゲートがあるなら、そこから影魔獣が無数に出現し、この町が襲われるかもしれない。
今更ながらに事の重大さに気付き、すぐにでもゲートを破壊しに行く気満々で席を立った私は、ラインさんに腕を掴まれて制止される。
「大丈夫です!ゲート自体はそう長く出現する事はありません。シーナさんがゲートを見ていないのであれば、既に閉じていたと考えていいと思います」
「そう、なの?・・・・よかった・・・」
確かに、落ち着いて考えれば、町が襲われるかもしれないなら、トルネがもっと早くラインさんに伝えてるよね。
「それにしても・・・シーナさん、今飛び出して行きそうな勢いでしたけれど、貴女は自分が危険な目にあった事をもう忘れてしまったのですか?」
「え~っと・・・やっぱり、森に行ったこと、怒ってます?」
恐る恐る聞くと、ラインさんは眉尻を下げて苦笑する。
「怒ってはいません。けれど、貴女とトルネが森へ行ったと聞いた時は・・・生きた心地がしませんでした」
「・・・ごめんなさい」
初めて知った。
心配されるって・・・怒られるよりダメージが大きい。
「今回は状況を考えて、私にマナポーション探しを頼んだ事は理解出来ますが、他の騎士も居るのですから、彼等にも助けを求めるべきでしたね」
「そんな。またラインさんを頼ってしまいましたし、あまり多くの人に迷惑を掛けるのは・・・」
あの時はこんな大事になるとは思ってもいなかった。トルネを見つけて直ぐに帰ってくれば大丈夫だって。
だから、あまり多くの人に助けを求めて無駄骨になったら・・・そう思っていた。
いや、私に染み付いた、目立ちたくない、密やかに過ごしたい、そんな思いが働いていた事も否めない。
まぁ、それで心配を掛けていては元も子もないんだけど。
「シーナさん、私は・・・今また森へ行こうとした事については、怒っていますからね。もし森に影魔獣が出現しているとして、貴女が影魔獣を倒せるとは思えません。それこそ、我々騎士団に任せるべきだとは思いませんか?」
「それは本当に、その通りです・・・軽率な行動でした、すみません」
あの時、慌ててつい何も考えずに行動してしまった。
今まではこんな事無かったのに。私はもっと慎重で臆病な人間だったはず。
この世界に来てから、外見だけじゃない、私の全てが少しずつ変わっている気がする。
変わっていく自分と変われない自分。どちらが良いか悪いかは・・・分からない。
「分かって頂ければいいんです。それに、貴女の言う迷惑なんて、私にとって迷惑でも何でも無いですから、気にしないで下さい」
顔に不安が出てしまったのか、ラインさんはとても優しげな、労るような声でそう言ってくれる。
「でも・・・」
それでは私の気が済まない、そう言おうとした私を遮って、ラインさんは尚も続ける。
「それに、今回の事で魔石から魔結晶が錬成できると分かった事はとても大きいです。その情報だけでも、貴女の言う恩も迷惑も全て帳消しどころか、是非お礼をさせて頂きたい所です」
確かに、この話をした時のラインさんは凄く驚いていたし、とても喜んでくれた。
魔石の処理はどの国も頭を悩ませる問題だったみたい。
そりゃ、水に浸けておかないとまた影魔獣になるなんて、厄介極まりないものね。
少しでも彼の役に立てたのなら、怖い目に会った甲斐もある。
・・・っと、こんな事考えてるのがバレたらまた怒られそうだ。
「役に立てたのなら、良かったです。ラインさんは私に投資をしてくれているんですから、お礼なんて必要無いですからね?あぁ、もちろん、いざとなったらしっかり頼らせて頂きますけど」
反省している事と、お礼なんて不要だって事を冗談めかしつつもしっかりと伝えると、ラインさんも悪戯っぽい笑顔で頷いてくれる。
「フフッ・・・分かりました、楽しみにしています。ああ、もう遅い時間ですね。今日はそろそろ帰ります。森は明日、この町の騎士達に調査させますので、許可が出るまでは立ち入らないで下さいね。私はナガルジュナに戻って教会の調査をしますので、また報告に伺います」
「はい。今日は本当にありがとうございました。教会の調査、気を付けてくださいね」
「はい。夕食ご馳走さまでした。それに・・・今日は頼って頂いて嬉しかったです。お休みなさい」
去り際にそう言い残し、ラインさんは帰って行った。ラインさんが帰った室内はなんだか暗く感じる。
あぁ、ちょっと目が痛い。何はともあれ、コンタクトは早く着けた方が良さそうだ。