〈王宮の事情~問題多き夫人~
「あの女、一体何を考えているんだッ」
モーゼルは堪えきれず乱暴にそう吐き出すと、足早に問題の女の元へと向かう。するとそこには、確かにティアラを頭に戴き悠然と微笑むティエラ・アステラの姿が在った。
「アステラ夫人、どういうつもりです?」
会場内の誰もが遠巻きに見詰める彼女に詰め寄り、モーゼルは射殺さんばかりの鋭い視線をティエラを向けるが、そんな事で怯む人物なら、こんな事は仕出かさない。
「あら、グトルフォス侯爵。アナタこそ私にその様な目を向けるなんて、どういうつもりかしら?」
「どういうつもりも何もーーー何故、ティアラを着けているのですか?」
「何故?」
ティエラは心底不思議だとでも言うように首を傾げる。
「貴女も知っているでしょう。ティアラは、この国で最も高貴な女性が身に付けるべきものです」
「あら。それなら私が身に付けたとしても、何も問題は無いじゃない」
「いいえ。この国でティアラを戴けるのは、ティサネッテ王妃だけです」
「そうは言っても・・・寝たきりの女に、ティアラなんて必要無いでしょう?」
そう言ってティエラは口の端を引き上げ、不敵な笑みを浮かべた。
「アステラ夫人、それは流石に不敬が過ぎますよ」
旧デゼルト王家の人間であるティエラは、現アクアディア王家によってその命を救われている。にも関わらず、恩を恩とも思わぬその言動に、モーゼルは激しい憤りを覚えた。
「それに、今日の宴はウールズの使者であるフィヤトラーラ様を歓迎する為のもの。その席にデゼルトの者がいるというだけで、我々は信用を損なっているのですよ?」
「大袈裟な。聖杯を奪ったのは影憑であって、デゼルトでは無いわ」
「そうですね。しかしアステラ公爵の研究によれば、その原因を作ったのが誰なのかは明白では?」
「―――確証の無い話よ!それに、あの事だって私は関係無いわ!」
「関係無い、ですか。他国の方々もそう思って下さっているといいんですがね」
「―――それはッッ」
「彼等は忘れませんよ?旧デゼルト王家が犯した罪を」
「――――――ッ」
ティエラは何か言い返そうと口を開き、けれど言葉が見付からなかったのか、ムッとして押し黙ったままモーゼルを睨み返した。
その反応に、モーゼルは更に糾弾したくなる気持ちをグッと堪えて、長く浅い息を吐き出す。
「フゥゥゥ―――。そこの者、アステラ夫人を部屋までお連れしろ」
モーゼルは軽く手を挙げ、待機していた騎士を呼ぶと、そう指示を出す。
これ以上、この場でティエラと話すのは得策では無いと判断したのだ。
「なッ!?私は退席なんてしないわよ!」
そう言い張るティエラだったが、両脇から騎士達にガッチリと押さえられ、半ば引き摺られるようにして強制的に宴の席から連れ出されたのだった。
「はぁ、何故あのような者に・・・」
こんな、大きな問題を抱えている上に、問題しか起こさないティエラだが、夫であるビスタが王兄であり公爵だからという理由で、旧王家と親密だった一部の貴族達から根強い支持を得ているのだ。
だからこそ、王が不在のこの王宮で彼女があそこまで堂々としていられる訳だが・・・。
(陛下が回復された暁には、あの息子共々王宮から叩き出してやる)
そうモーゼルが決心する少し前。その息子が更に大きな問題を起こし、それを知ったモーゼルは直ぐにでも王宮から叩き出しておけば良かったと後悔する事になった。




