〈王宮の事情~悩み多き侯爵様~
シーナ達が王都へ到着した翌日、アクアディア王宮では、ウールズの使者を歓迎する宴が開かれていた。
ウールズの使者、フィヤトラーラ・グラシエ・ミーミルグスは、ウールズの実質的統治者であるエルフの族長ヴァトナ・グラシエ・ミーミルグスの妹であり、本来であればアクアディア王家が応対するべき国賓である。
そんな彼女が今回アクアディア王国を訪れた目的は、世界樹を存続させる為に必要なマナポーションの継続的な取引の交渉だったが、アクアディア王国に聖女が現れたという噂の真偽を確かめる為でもあった。
対するアクアディア王国側は、国王並びに王妃、更には今年二十二歳になるはずの王子が揃って病に臥せっており、宰相であるグトルフォス侯爵が取引の交渉を行い、アステラ公爵家が宴を取り仕切っていた。
「グトルフォス侯爵、取引を承諾して頂き本当にありがとう御座います」
「いえ。世界樹の存続を担って頂いているのです。我々も出来る限りの協力は致しましょう」
フィヤトラーラと和やかに会話しながら、グトルフォス侯爵モーゼルは内心苦虫を噛み潰していた。
いや、決してウールズとの取引に不満が有るわけではない。
問題は、今日の宴を取り仕切っているアステラ公爵家だった。
今現在、アクアディア王国の王は長きに渡り病床にあり、その代理をアステラ公爵家が担っている。
ビスタ・シー・アステラ公爵。
アクアディア国王イルフリート・レイン・アクアディアの兄であり、生粋の研究者。
公爵自身は、ゲートや影魔獣の研究を熱心に行っており、政に無関心なことを除けば問題は無い。いや、それこそが問題かもしれないが。
一番の問題は彼の妻、ティエラ・アステラである。旧王家の生き残りである彼女は、自分こそが王族だと主張し、自分の息子にもそう教え込んでいるのだ。
そんな彼等が主催する宴だ、問題が起こらない方が奇跡だったのかもしれない。
「聖杯の消失以降、世界樹は年々衰えています。ですので、どうしても考えずには居られないのです。聖女様がお戻りになれば、と」
聖女の噂を探るフィヤトラーラに、グトルフォス侯爵は穏やかな笑みを少しだけ困ったように崩して見せる。
「私も、毎日のように考えてしまいますよ」
(我々はそう願う事すら許されないだろうが)
モーゼルは誰に聞かせる訳でもなく、口の中でそう呟いた。
旧王家の失態とはいえ、聖杯を奪われた責任は未だこの国に重くのし掛かっている。しかも滅門したはずの旧王家の娘が、堂々と王宮を仕切っているのだ。
何より、公にはなっていないが旧王家が犯した罪は、聖杯を奪われた事だけでは無い・・・。
「そういえば、最近アクアディア王国内では不思議な噂があると聞きましたよ」
「噂、ですか?」
「えぇ。なんでもアクアディア王国の一部の地域では雨がよく降っている、と。しかもその地域のある町では、枯れかけた湖に一瞬にして水が満ちたとか。この話が本当ならば、聖女様の伝承の通りですね」
もちろん、モーゼルの耳にもその噂は届いていた。そして常にその噂の渦中にラインが居ることも。
そのラインがこの時期に王都へと連れてきた錬金術師。ラインからは何も聞かされてはいないが、切れ者と名高いモーゼルはそこからある程度の事を察していた。
(だが、私がここで不確かな情報を話す訳にはいかない)
「私もその噂は耳にしています。それについては、我が国でも調査を行っておりますが、残念ながらまだ期待した様な報告は上がっていませんね」
「そうですか。もし聖女様が現れたのであれば、是非我が国にもお越し頂きたいものです」
その時、お互い微笑みを崩すこと無く腹を探り合う二人の元へ、焦った様子を隠す事すら儘ならない侍従が、青褪めた表情でモーゼルの元へと小走りでやって来た。
「グトルフォス侯爵、歓談中申し訳御座いません。少々お時間を頂けますでしょうか?」
そんな侍従の様子に、モーゼルはやはり問題が起きたか・・・と内心深い溜め息を吐いたのは言うまでもない。
「フィヤトラーラ様、申し訳ないが席を外させて頂いても?」
「えぇ、構いませんよ」
「有り難う御座います。では、失礼します」
フィヤトラーラに一礼してその場を離れたモーゼルは、人気のない所まで移動すると侍従へと視線を向ける。
「それで、何があった?」
「はい。それが・・・先程、アステラ夫人がティアラを着けてご入場なさいました」
「は?」
モーゼルは聞き違いでは無いかと、一瞬自分の耳を疑った。
この国で、ティアラを着けられるのは王族のみ。即ち、現在この王国では臥せっている王妃以外がそれを身に着ける事は許されない。
故に、公爵家とはいえ王位継承権を完全に放棄しているアステラ家の、更には公爵の身分を名乗る事を許されていないティエラ・アステラ夫人がそれを身に付けるなど、あってはならない事だった。




