青眼の錬金術師
黒虎の背に乗って無事町まで辿り着いた私達は、なるべく人目の少ない通りを選びながら歩いた。それでも、避けきれなかった町の人達が私達を見て、ギョッと目を見張る。そりゃ、巨大な虎が町を歩いていたら驚くよね。
ちょっとだけ悲鳴も聞こえた気がするけれど、今は気にしないでおこう。
それに、私だって声を上げたいのを我慢してるのよ?
だって、町の人達が全員カラフルなオーラ(多分魔力)を纏ってるんだもの。
黒虎やトルネみたいにはっきりと形になって視える人はいないけれど、人の周りがぼんやり赤かったり黄色かったりするのだ。
――――――うぅ、色に酔いそう。
けれどそれはまだまだ序の口だったらしい。
ようやく家に辿り着いたちょうどその時、バンッと勢いよく内側から扉が開かれ、私は扉を開けた人物に一瞬目が眩んだ。
彼の周りには金色のラメがキラキラして、パチパチと光が弾けていたのだ。
――――――目が、目がぁ~!!・・・コホン。
扉を開けたラインさんはといえば、険しい表情から一変、安堵の表情を見せ、私が跨がっている黒虎に気付いてまた緊張した様に腰の剣にサッと手を添える。
その一連の動作の素早さに呆気に取られながらも、この緊迫感をどうにかしなければと口を開く。
「あの、ラインさん・・・ただいま?」
私の間の抜けた言葉に、今度はラインさんが一瞬呆気に取られ「おかえりなさい、無事で良かった」と泣き笑いの様な苦い笑顔で出迎えてくれた。
「ラインさん、マナポーションは有りましたか?」
私は家に入るなり、ラインさんに聞くと、彼からは再び笑顔が消えてしまい、首を力無く横に振る。
「申し訳ありません、こんな大変な時にお役に立てず・・・魔結晶が必要でしたら私が集めて来ます」
そのまま森へ突撃しそうなラインさんに、私は慌てて声を掛ける。
「待って下さい!此方こそ無理を言ってすみませんでした。魔結晶は手に入ったので大丈夫です。それでその・・・ポーションを持っていたら私に1本譲って頂けませんか?」
昼間あんなに威勢良くポーションを渡しておいて、恥ずかしいやら情けないやら。それでもポーションを錬成している時間が惜しい。
ラインさんには、今日ポーションを渡したばかりだからきっと持ってるに違いないので、情けない顔でお願いする。
私の言葉に、ラインさんも私が黒虎に運ばれて来た違和感に気付いたのだろう。サッと私の姿を確認し、足に怪我をしているのを見つけると素早く私にポーションを手渡してくれる。
「すぐに気が付かず申し訳ない。しかしこの・・・虎?は・・・」
「彼は私達の命の恩人です。影狼に襲われている所を助けてくれたんです」
ポーションを飲んで足が完治したので、黒虎の背から降りた私はその背中を撫でながら説明する。
「影狼ッ!?」
ラインさんが驚きの声を上げたのと、黒虎の背がグラッと傾き、私の手を離れてその巨体がドサッと倒れたのは同時だった。
慌てて様子を伺えば、腹部の銀色の毛並が赤黒く染まっている。
――――――怪我をしてたの!?
きっと影狼との戦闘で付いたであろう傷は、かなり大きく、血も沢山流れていた。
何故気付かなかったの。こんな大怪我をしているのに、私をここまで運ばせてしまうなんて。
後悔と怒りで涙がジワッと込み上げるけれど、今はそれどころではない。
「ラインさん!もう一本、ポーションをッ」
言い切る前に、ラインさんがポーションの瓶を開け、黒虎の口へと流し込んでくれる。
すると出血が止まり、傷口もなんとか塞がった様だ。けれど、黒虎はそのまま目を覚まさない。
「息はあるので少し眠っているだけでしょう。何処か寝かせておける所はありますか?」
ラインさんの言葉にホッとして黒虎のお腹を見れば、確かに規則正しく上下している。
「それなら、離れに運べる?あそこなら絨毯が敷いてある」
トルネの提案にラインさんが頷き、私を促す様に視線を合わせた瞬間、驚いた様に目を見開く。
「その目・・・いえ、後にしましょう」
ラインさんは何か言いかけて、思考を切り替える様に軽く頭を振る。
彼の態度が気になるけれど、今はそれを気にする暇はない。
「ラインさん、彼をお願いします。トルネ、マナポーションの材料お願い。フェリオ行こう!」
「「わかった!」」
離れの扉開くと、ラペルがマリアさんの手を心配そうに握っていた。
「ラペル、マリアさんの具合はどう?」
部屋に入るなりそう声をかけると、ラペルは私の姿を認めた途端くしゃっと顔をしかめて、更に強くマリアさんの手を握る。
「シーナお姉ちゃん・・・私、マナポーション見つけられなかったの。どうしよう、お母さん、また眠っちゃって起きてくれないの・・・」
この数時間で更に症状が悪化したのか、マリアさんの意識は既に無いらしい。
もしかしたら本当に眠ってしまっただけかもしれないけれど、そんな楽観視はしていられない。
「大丈夫よ、ラペル。魔結晶が手に入ったからすぐにマナポーションを錬成するからね」
焦る気持ちと、不安な気持ちを押し隠して、私はラペルになるべく穏やかに頬笑む。
「――――――ッッうん!!」
ラペルは不安そうな顔を一瞬嬉しそうに輝かせ大きく頷くと、不安から解放されたせいか、うわぁぁぁぁぁぁんと声を上げて泣き出してしまった。
頑張ったね、ラペル。
そんなラペルの為にも、私がしっかりしないと。
私はきゅっと気を引き締めて、錬成に取りかかる。
まずは大きな魔結晶の塊を錬成し易い大きさに分ける、分解。パール大になった魔結晶は影狼1体分でかなりの数が出来た。
けれど、質がかなり高いらしいこの魔結晶は一体何粒入れればいいのだろう?いつもはもっと質の低い牙狼のものを使っているから、基準が分からない。
まぁ、多い分には問題無いだろう、といつも通り10粒を釜に投入し、トルネが持ってきてくれた材料も釜へ全部入れる。
「フェリオ!」
「任せろ!」
いつも通り魔力を込めようと手をかざすと、そこから魔力?が流れ落ちているのが見える。
けれど、掌を開いて手を翳すようにしていた私の指先からは、上手く魔力が流れないのかボタボタと釜の外にまで溢れていて、凄く効率が悪そうだ。
なるほど、魔力の込め方も間違ってたのね。
今度は指を揃え、指先から水を注ぐ様に下へ向けてみる。
すると思った通り、魔力は綺麗な一筋の流れとなって釜に注がれた。
魔力を感じられるって便利だなぁ、なんて考えながらその様子を見ていると、釜の中が僅かに光を放つ。
ん?と思ったものの、いつもはもっと長い時間魔力を注いでいたので、構わずに続けていると、釜からカッと更に強い輝きが溢れ、爆発でもするのかと慌てて手を引っ込める。
――――――シュゥゥゥゥゥゥ・・・。
どうやら爆発せずちゃんと錬成できた様で、ホッと胸を撫で下ろしながら、出来上がったマナポーションを小瓶に詰め替えると、出来たのはぴったり1本分。でもいつもの乳青色のものではなく、キラキラと透き通った青色の液体。
「なんでそんな・・・」
呟いたのはトルネだった。
私はいつもの習慣で魔法薬の効果を調べる魔道具にそれを一滴落とし、その数値にポカンと口を開けてしまった。
――――――え?9999ってどういう事?
魔道具の表示できる数値は9999が限界で、今はその数値が表示されている。
「壊れた?壊れたの?私、魔道具壊しちゃったの?」
「やっぱり、この薬は上級過ぎてこの魔道具じゃ計り切れなかったな」
フェリオはそう言うけれど、確かこの道具は上級の魔法薬にも対応できるってトルネは言っていた筈なんだけど・・・。
「これ、大丈夫?マリアさんに飲ませて平気?いや、もう一度錬成し直した方が・・・」
おろおろする私の頬を、フェリオの前足がタシッと叩く。
「落ち着け!大丈夫、効果が有りすぎるだけだから問題ない。心配なら少しずつ飲ませればいい」
フェリオの言葉に、小さく深呼吸をひとつ。そうだ、私が焦ってどうするの。
「・・・そうよね。青色の数値が出たんだから、効果はあるはず」
トルネとラペルに視線を向けると、二人とも不安そうな顔ながら、力強く頷いてくれる。
「じゃあ、少しずつマリアさんに飲んで貰おう。トルネ、マリアさんを少しだけ起こせる?」
言うが早いか、いつの間にか黒虎を運び終えたラインさんが、マリアさんの背に大きめのクッションを差し入れてくれる。
私はマリアさんの横に膝を付くと、マナポーションの小瓶を少しだけ傾けて、瓶の5分の1程の薬をマリアさんに飲ませる。
すると、フワッとマリアさんの身体が青く光り、それは次第に優しい黄色へと変化していった。
それと並行して、マリアさんの頬にもみるみる血の気が戻っていく。
マナポーションが無事効果を発揮したみたいで一安心していると、ふと違和感を覚える。
先程までマリアさんの身体を包み込んでいた黄色の光が、マリアさん右腕の辺りからどんどん弱くなっているのだ。
私は急いでマリアさんに掛けていた毛布を捲り、右腕の辺りを注意深く観察する。
――――――なにこれ?黄色の光が、腕輪に吸い込まれていく・・・。
マリアさんは腕に2㎝幅の金色の腕輪をしていて、そこに向かって黄色の光が流れ、まるで腕輪に魔力を吸いとられているみたい。
「シーナさん、マリアさんの腕に何か異常があるのですか?」
マリアさんの腕を取り、まじまじと見つめていた私を不振に思ったのか、ラインさんが問い掛ける。
「ラインさん、これ!この腕輪にマリアさんの魔力が吸い込まれてる様に見えませんか?」
「「「えっ!?」」」
その場にいた全員が驚きの声を上げ、腕輪では無く私の方を見ている気がする。
あれ?・・・そうか、私は魔力を見れなかったけれど、みんなには見えていたのよね?
今更何を言ってるんだ、みたいな事?
「病気の原因かと思ったんだけど・・・それなら真っ先に腕輪を外してみてるよね、ごめんなさい、変な事言って」
ちょっと恥ずかしくなって俯くと、ガシッと肩を掴まれて、驚いて顔を上げてしまった。
「魔力が見えるの!?―――――ッねぇちゃんの眼・・・青い。なんで?」
トルネが凄い勢いで私に迫り、正面から私を見たかと思うと、呆然とそう呟いた。
―――眼が青い。
その言葉に、頭の先から爪先まで一気に血の気が引く。今の私は眼だけでなく、顔面までも蒼白に違いない。
あの時・・・影狼に襲われ背中を強打した時に、コンタクトが外れてしまった?
私の一般的でないもう一つの理由。
純日本人である父と母から生れた私の目が、「青い」という事。
しかも、右眼が濃紺、左眼が水色のオッドアイであるという事。
そのせいで母は父の親族に不貞を疑われ、口さがない中傷を受けた。
DNA鑑定まで行い、私と両親の血の繋がりは確かなものだと証明されても、今度は母の親族から気味の悪い『化け物』を産んだと陰口を叩かれた。
その悪意は勿論、本人である私にも例外なく向けられ、親族や周りの大人達からは気味が悪いと疎まれ、子供達も親を倣って寄り付かなかった。
私の生い立ちを知らない人は、外国人かハーフなのかと最初は興味津々で近付いて来たけれど、結局自分達とは違う私を受け入れてはくれなかった。
そう・・・人と違うのはそれだけで罪。
だから、私はカラーコンタクトで眼の色を誤魔化し、人と深く関わらない様に、地味に、目立たないように、極々普通の人として生きてきた。
だから、コンタクトを外すのが怖かった。
この世界には色々な目の色、髪の色をした人が沢山いて、誰もがそれを受け入れていると分かってからも。
ずっと正体(と言うほどたいしたモノでは無いけど)を隠していた私は、今になって罪悪感が沸き上がる。
隠し事をしていたと知ったら、皆怒るだろうか?こんなにいい人達ばかりなのに、信用していないと思われてしまうかも。
「ごめんなさい、隠していて。私の眼は本当はこの色なの。私の国では珍しい色だったから・・・」
私が深々と頭を下げると、小さな二つの手が胸の前で強く握り締めていた私の手をぎゅっと掴む。
「シーナお姉ちゃんホントにみえるの?お母さんの具合わるいの治せる?」
「ねぇちゃん、さっき腕輪に魔力が吸い込まれてるって言ったよな?腕輪取ったら母さん治るのか!?」
それは、必死な様子のトルネと、ラペルだった。
そうだ、今は自分の感傷に浸って、自分の許しを請う時では無かった。
それすらも自己嫌悪とい感傷になりそうで、私はキリッと前を見る。
私は私の出来る事をやらなければ。
「分からない。でも、試した事が無いならやってみる価値は有るかも」
私の言葉に素早く反応したラインさんが、マリアさんの腕輪に手を掛ける。
すぐに腕輪はマリアさんから外されたけれど、外されても尚、マリアさんの魔力は腕輪へと流れていて、止まる気配がない。
「止まらない・・・一体、どうしたら」
私は必死で、魔力が流れ続けるマリアさんの手首を、止血するように押さえようとして、そこに何やら小さな黒い棘が刺さっているのを見つけた。しかも、そこから魔力が流れ出ている様に視える。
「なにこれ・・・トルネ!ピンセットみたいな物ってない?」
私の言葉に、トルネはすぐさま毛抜きっぽい道具を手渡してくれる。
私がそっと、注意深く棘を引き抜くと、それは思いの外簡単にスッと抜けた。
「止まった・・・やっぱりこの棘のせい?」
すると、魔力の流出はピタリと止まり、マリアさんを包む黄色い光も安定しているような気がする。
「念の為、もう少しマナポーションを飲んで貰おう。トルネ、お願いできる?」
私が頼むと、トルネは頷いてマリアさんにマナポーションをまた5分の1程飲ませる。
その間に、私はマリアさんの腕に刺さっていた棘を小さな白いお皿に置き、観察する。
それは5㎜程の長さで、皮膚に刺さっていた側は鋭く、反対側は太く丸くなっている。
「これが原因だと思う。何だかわかる?」
お皿を覗き込んだトルネとラペルは分からない、と首を振る。けれど、ラインさんは何か思い当たったみたいだ。
「これは、魔蜜蜂の針だと思います。魔蜜蜂は普通の蜜蜂が花の蜜を集めるのと同じ様に、魔力を集める蜂なのですが・・・」
「じゃあ、マリアさんはその蜂に刺さた事に気付かずに、魔力を奪われていたって事ですか?」
「いえ、魔蜜蜂の生息域はここから遠いので、普通に生活していれば襲われる事などありません。何よりこの蜂に刺されたとしても、命に関わるような事にはならない筈なのです。それに、この腕輪に魔力が吸い込まれていたとなると・・・」
「魔蜜蜂を使って人為的に魔力を奪われていた・・・って所だろうな」
フェリオの言葉にゾッとする。
「そんな・・・誰が」
私の、声にならなかった呟きが、トルネの口から漏れた。
「それはマリアさんに聞く他無いでしょうね。この腕輪をどこで手に入れたのか、目を覚ましたら聞いてみましょう」
マリアさんはまだ目を覚ましていない。けれど、顔色も良く、穏やかな寝顔をしているから、ただ眠っているだけだろう。
「取り敢えず、夕飯の支度をしましょうか。マリアさんもお腹が空いてるだろうし。ラインさんも良かったら食べていって下さい」
皆がホッと一息ついた所で、そう切り出す。
折角ご馳走の材料を買ったのだ。時間が遅くなってしまったけれど、今からでも作りたい。
「ラペルお手伝いする!」
「オレも!オレも手伝う!」
ラペルが元気良く手を上げ、トルネもそれに続くけれど・・・。
「トルネは、どうして一人で森へ行ったのか、ちゃんと説明してからだよ?」
笑顔のラインさんがトルネを捕まえた。
「うえッ!?いや、でも・・・」
あぁ、これはお説教なのかな?頑張れトルネ!
なんて思っていたら、ラインさんの笑顔が私にも向けられる。
「シーナさんは、食事の後でお話を聞かせて下さいね?」
「私は・・・・・・はい」
私は大丈夫でしたよ?と言おうとするけれど、ラインさんの笑顔が怖い。
しょんぼりと肩を落として、私は台所へと向かった。
肩の上で笑ってるフェリオに、きっと君も怒られるのだよ、と思いながら。




