トマト!!
できた・・・トマトができた・・・。本当に、トマトができた!!
けれど、喜び勇んでトマトに齧り付こうとした私の肩を、ディーノさんが唐突に掴んだ。
「オヌシ、大丈夫か!?魔力は?気分はどうじゃ?気だるさは?」
「えっと・・・特に問題は無いです」
あまりにも心配されて、その事に驚いてしまう。どうしてそんなに?
「品種改良には多くの魔力を使うんじゃ。じゃから、改良点を絞りながら成育前の苗に少しずつ錬成を繰り返さんといかんのじゃぞ!?それをオヌシ・・・」
ディーノさんの心配そうな顔が私の手のひらの中のトマトに向けられ、それが驚きに変わったかと思えば、呆れたように溜め息を漏らす。
「オヌシは相当魔力が豊富なんじゃな」
「えっと・・・そうなんです。私、魔力の量にはちょっと自信があって」
うん。コレはやらかした。
フェリオはわざとらしく「やれやれ」と呟いているし、ラインさんまで額に手を当てて溜め息を吐いている。
「それは羨ましい限りじゃ。じゃがな、初めての錬成はもっと慎重にやるべきじゃ。魔力枯渇で死ぬことだってあるんじゃからな」
「はい。気を付けます」
ディーノさんに真剣な顔でそう釘を刺され、私もまた神妙な顔で頷く。
私は魔力が湧出していて枯渇する心配が無いから、どうしても魔力枯渇の危険性を忘れがちになってしまう。けれど、錬金術師にとってはそこが一番危険で難しい所なのだ。
今後は、人前で錬成する時はもっと気を付けよう。
「しかし、オヌシの創ったソレはなんじゃ?色も形も変わった様じゃが、ソレがオヌシの知る野菜か?」
とはいえ、ディーノさんも研究熱心な農業人だ。私の手の中のトマトに興味津々で、それ以上のお説教は無かった。
「はい。私の所ではトマトと呼ばれていました。加熱もしますが、基本的には生で食べるのが美味しいです」
「ほほう。生のバンカも悪くは無かったが、それ以上という事か」
少年のように眼の輝かせてトマトに見入るディーノさんに、先刻一人でトマトに齧り付こうとした自分を反省する。
「ちょっと待ってくださいね・・・良かったら食べてみてください」
採取用のナイフを取り出し、手の中でトマトを切り分ける。
ここまで来て私とディーノさんだけで食べたら、絶対フェリオに恨まれるだろうし、よく見ればラインさんも興味津々な様子でトマトを見ている。
ヒカリゴケ採取チームの皆には、後でもう一つバンカを貰ってトマトを作るとして、今は4等分でいいだろう。
トマトの大きさは中玉サイズだから、4分の1なら一口サイズだ。
「じゃあ・・・頂きます!」
せーの!で口に入れたトマトは、懐かしい味がした。
水を抑えて栽培したとは思えない程の瑞々しさと、甘さを含んだ果肉に爽やかな酸味のゼリー部分。ゆっくりと味わえば旨味を強く感じ、薄い皮は口に残ること無くあっという間に口の中から消えてしまった。
―――美味しいぃぃぃッ!これぞトマト!身体に染み渡る~!!
トマトをこんなにも美味しいと感じたのは、初めてかもしれない。小さな頃は寧ろ苦手だったのに。
「はぁ、美味しかった・・・」
後味さえも味わい尽くして目を開けば、パアァッと顔を輝かせたフェリオの顔が眼前に迫っていた。
「シーナ!凄いなコレ!!ウマイな!!やばいな!」
興奮し過ぎてフェリオの語彙力が崩壊している。
「オォォォォォ・・・こんな野菜が存在するとは・・・ワシは、ワシは、まだまだじゃあ」
近すぎるフェリオを宥めて肩の上に戻すと、その後ろでトマトの味に衝撃を受けたディーノさんが膝から崩れ落ちていた。
「確かに・・・シーナさんが恋しがる訳が分かりました」
そしてラインさんは、何故か私を見て凄く優しげな笑顔を浮かべている!?
―――危ないッ!危うく雨を降らす所だった。
ダメだ。久し振りのトマトに可笑しなテンションになっている気がする。一度落ち着かなければ。
でも・・・もっと食べたいな。
チラリとバンカの木を見れば、そこには熟した実が4つ。まだ青い実が5つ。
ディーノさんは苗を錬成するって言ってたよね。それなら、このバンカの木を丸ごとトマトにすることも・・・。
かと言って、ディーノさんの畑の作物を勝手に錬成する訳にもいかない。ディーノさんに許可を取りたいけれど、魔力枯渇を心配されたばかりだから、今すぐには―――あッ!そうだ。
「トマト、美味しいですよね!もし良ければこのバンカの木を丸ごと錬成して、トマトの木にしたいんですが、どうでしょう?」
私の提案に、ディーノさんの目が輝くのが分かる。けれどそれをぐっと堪えて一つ息を吐いたディーノさんから、私の予想通りの言葉が返ってくる。
「このトマトは確かに旨い。コレを育てられるならワシはどんな事でもするじゃろう。じゃが、オヌシは魔力を使ったばかりだじゃろう。無理をすれば本当に倒れてしまうぞ」
そこで私は、スマホから青色の小瓶を数本取り出して見せる。
「私、マナポーションを沢山持ってるんです。コレを飲んでから錬成するので、お願いします!」
「ほぉ、中級のマナポーションか。最近は魔結晶が出回らんくてなかなか作れんかったが・・・確かにそれだけあれば大丈夫じゃな」
「少し前に魔蜜蜂の巣の討伐に参加しまして、その魔結晶でマナポーションを沢山作っておいたんです。なので、出来れば他の野菜も錬成してみたいのですが・・・」
流石に魔石を魔結晶に錬成しました、とは言えないので話せる部分で何とか誤魔化しながら、ちょっと欲を出してそう提案してみる。
「オヌシが魔蜜蜂を?まぁ、何はともあれワシもオヌシの知る野菜には興味が尽きん。この畑にある野菜ならどれを使っても構わん。魔力枯渇に気を付けるなら、好きにやってみるがいい」
私が魔蜜蜂の討伐に参加した事に若干の疑念を抱いたらしいディーノさんだったけれど、それよりも自身の好奇心が勝ったようだ。
なんとも懐の深い言葉を頂いた。
まさかのやりたい放題―――コホン。いやいや、自重はしますとも、多分。
「ありがとうございます!!他にもキュウリとかパプリカとか、色々作りたかったんです!」
これで夢にまで見た山盛りサラダが現実のものにッ。
「大丈夫、かなぁ?」
サラダに向かって一気にテンションが上がった私とは裏腹に、フェリオとラインさんはなんだか少し心配そう。まぁ、今の私はそんな事には一切気付かなかったのだけど。




