水浴び
水路に沿って歩けば、直ぐにそれらしき場所が目に入った。
水浴び場と言うだけあって、簡単ながら衝立が設けられていて、中は見えないようになっている。
近付いて行くとバシャバシャと水が跳ねる音と共に、ルパちゃんの楽しそうな声が聞こえてきて、幼い頃に行った川遊びを思い出す。
楽しそう。この世界ではなかなか水浴びなんて出来ないもんね。
私も少しだけなら水に浸かれるかなぁ、なんて思いながら、何の気なしに衝立の内側へと足を踏み入れ――――。
ブワワッと鼓動が一瞬にして跳ね上がり、抑える間も無く弾けた魔力が空から降り注ぐ。
――――――ザァァァァァァァ・・・
少し傾いた陽光が森の木々の隙間からから射し込み、流れる水と雨の雫をキラキラと輝かせている。
そして、陽光の下に晒された彼等の上半身もまた、雫を纏ってキラキラと輝いて・・・。
もう何度か見てしまったとはいえ、見慣れる気が全くしないコウガの腹筋。
いつもは編んでいる長い銀髪が張り付いた、ナイルの褐色の胸元。
普段きちんと整えられている金髪を無造作に掻き上げる、ラインさんの仕草。
眩しすぎてチカチカする。
いっそ神々しさすら感じるその光景に、私は暫く目を逸らす事ができず・・・。
アァアアァァアァァァァッ!!
「ッッごめんなさい!」
上半身のみで下はちゃんと穿いているとは言っても、覗き見してしまったような罪悪感に慌てて視線を逸らすけれど、雨が降ってしまっているのが何とも居たたまれない。
まぁ、『ビックリした』からだと思って貰えてるのが僅かな救いだけど。
「シーナ、どうしタ?」
「シーナさん、大丈夫ですか?」
「姫にはちょっと刺激が強かったかな?」
「姉さま、いっしょに水あびしよう!」
「イルパディア、無理を言ってはいけないよ」
動揺を全く隠せていない私とは違い、どうやら誰も気にしていないらしい。
そう言えばこの世界には公衆浴場はあれど、各家にお風呂は無い。フラメル家には家の中に水浴び出来る部屋があったけれど、普通の家では屋外で水浴びをするのが一般的だという。
だからみんなこんなに堂々と・・・。
動揺してしまった私の方がなんだか恥ずかしい。
「大丈夫。全然大丈夫。うん、大丈夫」
キラキラしい肌色を極力視界から外し、冷静になれ!と自分に言い聞かせながら、改めて水浴び場の作りを見渡してみる。
木の衝立に囲われた水路には、こちらも木製の階段と川底には簀子が敷かれ、水深は膝下くらい。なかなか立派な水浴び場だ。
私が着ているのは足首丈の水色のワンピースだから、これならスカートを少し上げれば水に入っても大丈夫そう。
「姉さま!はやく、はやく!」
「ルパちゃん、水浴び楽しい?」
「水いっぱいでたのしい!」
目と心臓に優しいルパちゃんに視線と意識を向けながら、無造作にスカートをたくし上げ、膝上辺りでギュッと縛ってから水路の中に足を浸すと、色んな意味で熱くなっていた身体に、冷たい川の水が気持ちいい。
「冷たいッ!けど気持ちいいね」
「でしょ?へへッッえいッ!」
「ひゃあ!?冷たい」
水の中で手足に付いた泥を落としていると、簀子の上に座り込んでいたルパちゃんから、バシャと水を掛けられる。
なかなかの量の水が服を濡らすけれど、既に自分の降らせた雨の所為で水玉模様だったワンピースだ。まぁいいかと開き直り、お返しにルパちゃんにもザバッと水を掛ければ、キャーキャー言いながら喜んでくれる。
ちっちゃい子は水遊び好きだよね、なんて思いながら付き合っていたら、折角裾を縛ったワンピースも、全身びっしょり濡れて張り付いている。
流石にやり過ぎたかなと反省してふと気付く。そう言えばルパちゃん以外の声や水音が聞こえない。
不審に思い、なるべく見ないようにしていた方へと視線を向けると、何故だか四人の男性達は視線を森の方へと向けてフリーズしていた。
「どうしたの?森に何かいる?」
もしかして危険な動物だろうか?と少し緊張しながら声を掛けると、肩の上でブハッとフェリオが吹き出した。
「いや、アイツ等は目のやり場に困ってるだけだ」
「え?」
いやいや、目のやり場に困っているのは私の方だ。だって未だにみんな上半身裸だし。
それなのに、三人揃って片手で口元を覆って、そっぽを向いているのだ。
「イルパディア、ちょっとやり過ぎたかな」
そしてベグィナスさんはまだはしゃいでいるルパちゃんを優しく嗜めると、二人揃って水路から上がって行ってしまった。
身体を冷やしすぎるのは良くないからね。
なんて考えたら、ちょっと寒くなってきた。私もちょっとはしゃぎ過ぎたかもしれない。
「シーナさん・・・その、足がですね」
すると僅かに視線を逸らしたラインさんが、珍しく口籠って言葉を濁す。
「え?足ですか?」
足がどうかしただろうか?
ハッ!もしかして、三人とも下も脱いで水浴びしたいとか!?だから私が水浴び終わるのをずっと待ってたの?
「ごめんね、ちょっと待ってね!」
「いや、絶対勘違いしてるよね!?」
慌ててワンピースの裾を絞って水路から出ようとする私に、ナイルがツッコミを入れてくる。
「へ?」
「ホラそれ!スカートの裾を絞らない!余計足が見えちゃうから!」
「え!?」
「それに服も!そんなにびしょ濡れじゃ、色々危ないから!」
「えぇッ!?」
ナイルの怒濤の指摘に、改めて自分の姿を客観的に確認してみる。
ワンピースの裾を縛っているから膝から下が露になり、更に絞ろうとした事によって太股辺りまでが晒されている。
ちなみに、この世界にミニスカートなんて代物はない。短くても足首の少し上くらいのまでの丈ばかりで、足を出している女性は殆んどいない。
加えて、びっしょりと濡れた服は全身に張り付いて、身体のラインが丸わかりの状態だ。
――――――うわぁぁぁぁッ!!
余りに酷い姿に、バシャンッとその場に座り込んでみたものの、更にびしょ濡れになっただけだった。
「分かってくれた?」
それでも足が見えなくなって安心したのか、ぎこちなかった三人の態度が少しだけ緩む。
それでもまだ彼等の頬は赤いままだけれど、そこは私も真っ赤になっているだろうから、お互い様という事で。
「ごめんなさい。お見苦しい姿を」
彫像のような上半身を持つ彼等に、私の足ごときに気を使わせてしまうとは・・・。
「いえ、見苦しい事などありません。とても美し―――ゴホッ―――いえ、その、衝立が有るとはいえ屋外ですから、気を付けて下さいね」
「そうそう。僕達以外に見せるなんて絶対ダメだからね」
「いいカラ、早く上がレ。俺が乾かしてやるカラ」
何故だか『しょうがない奴だ』みたいな雰囲気が彼等の中に流れている気がする。しかもどさくさに紛れてナイルが変な事言ってるし。
でも・・・私も迂闊だったかもしれないけれど、ずっと上半身裸の人達にだけは言われたくない。絶対、そっちの方が目のやり場に困るもの。




