農場
フェリオのお願い攻撃を躱しながら休憩を終えて更に進むと、昼過ぎには目的の農場が見えてきた。
川沿いの森に沿うように耕された細長い耕作地は、私が想像していたような大農場とはいかないまでも、カリバでやっていたような家庭の菜園とは確かに規模が違って見える。
この世界では雨は魔法で降らせる以外、殆んど降らない。しかも地表近くの土はカラカラで、井戸を作ろうにもかなり深くまで掘らなければならない。
実質、畑に作物を植えたら毎日水やりをしなければならない事になる。
それを考えれば、この規模でも管理はかなり大変だろう。
それに、馬車から見える範囲の畑に植わっているのはよく見る根菜ばかりだけれど、森に近い奥側の畑には明らかに根菜とは別の株が見てとれた。
背の高いその株には、遠目でもわかる赤い実が生っている。
あれはッ!!もしかして―――
思わず馬車の窓にビタッと張り付いてしまい、期待に胸が高鳴ってくる。
一緒に馬車に乗っていたラインさんとベグィナスさんが驚いたようにこちらを見ているけれど、そんなこと気にならない。
もっとよく見たくて、じっと窓の外を見つめていると、畑のど真ん中に家が建っているのに気付く。
その家は大きな平屋建てで、更に二つの小屋が並んで建っており、昔の豪農のお屋敷みたいだ。
「シーナさん、本当に楽しみなんですね」
「はい!凄く楽しみですッ―――」
気が付けば、馬車の扉近くでソワソワと到着を待つ私に、ラインさんとベグィナスさんの微笑ましいと言わんばかりの視線が向けられていて、子供みたいだったと少し恥ずかしくなる。
「―――ルパちゃんも楽しみだよね?」
「うん!美味しいおやさいあるかな?」
自分の言動を誤魔化すようにルパちゃんに話を振れば、ありがたい事にルパちゃんも嬉しそうに頷いてくれて、何とかその場の雰囲気をルパちゃんの方へと持っていく事に成功する。
そんなやり取りをしている内に馬車はゆっくりと停車し、手綱を握っていたナイルが小窓から顔を覗かせた。
「姫、着いたよ。でも慌てて降りて怪我しないでね?」
「ありがとう。でもその心配は要らないから」
外にも私のはしゃぎ具合が伝わっていたのか、ナイルにまで保護者の様な事を言われて、私はわざとらしく落ち着いた声で答えた。
にも拘らず、降りようと視線を扉の外へ向けた私は、そこに広がる畑に視線を奪われていた。
凄い。あれはピーマンかな?でも小さいから唐辛子かも。あッ!あっちは色が付いて―――
地面に着くはずの私の足が、空を踏み抜く。どうやらステップを一つ忘れていたらしい。
ガクンッと傾いた身体に慌てるけれど、時既に遅し。
「言ってるそばから危ないなぁ。しかも姫を支える役割も獲られなかったし」
「大丈夫ですか?足下には気を付けて下さいね」
先に降りていたラインさんに支えられて転ける事は無かったものの、ナイルの言った通りの展開になってしまった。
ぐうの音も出ない。
ナイルの残念そうな声にも、ラインさんの心配そうな声にも、恥ずかし過ぎて返す言葉が出てこない。
「ありがとうございます」
なんとかそれだけ言って姿勢を正すけれど、何とも言えないこの生温かい雰囲気をどうすれば?
誰か、誰でも良いから、別の話題を振って欲しい。でもフェリオはご飯無しに拗ねて黙りだし、ルパちゃんはベグィナスさんと仲良く畑を眺めている。
「シーナ。行かないのカ?」
「行く!」
馬を繋いで来たらしいコウガの声に、ここぞとばかりに飛び付いた私は、後方の二人にそんな反応すら微笑ましそうに眺められているなんて気付かない。気付かないったら気付かない。
出だしはどうあれ、漸く足を踏み入れることが出来るのだ。
ここが錬金術師、ジョン・ディーノさんの農場。噂では気難しい人らしいけど、フラメル氏とは親しかったという。
一応マリアさんに紹介状を貰ってきたけれど、どうか農場の見学をさせて貰えますように!あわよくば珍しい野菜を売って貰えますように!




