告白
ミョーサダール行きを決めてからの日々は、目まぐるしく過ぎていった。
旅支度はもちろんの事、旅の資金の為の魔法薬作りや、挨拶回り。
挨拶した人達は、私が町を離れる事を惜しんでくれて、帰ってくるのを待っていると言ってくれたから、笑顔で「行ってきます」と答えておいた。
結局、旅には私とフェリオ、それからラインさんにコウガとナイル。それに、王都まではベグィナスさんとルパちゃんも一緒という、考えていたよりも随分と大所帯となっていた。
本当はラインさんの他にも、騎士団の人が数名護衛につく予定だったのだけど、これ以上人数が増えると目立つ上に、ナイルとコウガがいるならば、と騎士団からはラインさんのみ同行という形になったらしい。
カリバから王都まではおよそ10日の道程。
それから王都でウールズへの通行許可を取るのに数日。それさえ済めば、王都からミョーサダールへは神山を通って1日で到着出来るそうだ。
往復でおよそ1ヶ月の長旅ではあるけれど、荷物は全てスマホに入れられる上に、今回はナガルジュナに向かった時とは違い、しっかりとした箱馬車での移動になるみたいだから、割合と快適な旅路になりそうだ。
次第に高まる旅行気分に、浮き足立ってしまうのは仕方がない。楽しみじゃないと言ったら嘘になる。
それもこれも、帰ってくる場所があるからなんだけど。
とはいえ・・・
「―――ウゥ・・・ヒック・・・」
それまで気丈に振る舞っていたラペルが、大粒の涙を溢す。つられるように、私の目からも涙が溢れた。
やっぱり、寂しい。
「ラペル。お土産いっぱい持って帰るからッ。それにあの魔道具が完成したら、一番に帰ってくるからね」
ラペルと抱き合い別れを惜しむ私に、トルネの冷静な声が掛かる。
「あの魔道具は流石にムリじゃない。一度失敗したんでしょ?」
あの魔道具とはミストドラン草を使った、いつでも好きな時に境界の森へ行ける魔道具の事だ。
「そこはホラ、新しい素材が手に入るかもしれないし・・・私だっていつでもここに帰って来たいもの。何度だって挑戦するよ」
「あんまり無茶すんなよ?ホントに危ないんだからな」
だって完成すれば、しるべ草を持っている所ならば何処でもすぐに行けるようになるんだよ?
それに真剣に心配してくれるトルネには申し訳ないけれど、私の魔力は『湧出』してるから魔力が尽きて死ぬことは無い・・・まぁ、流石にそれはまだフェリオと私だけの秘密だから、トルネの心配は尤もなんだけど。
「大丈夫。無理はしないから」
一度は失敗してしまったけれど、私には少しだけあの魔道具を完成させるアテがある。
世界中に根を張り、妖精界にも存在する『世界樹』を素材にすれば、或いは・・・と、思っているのだ。
「でも、旅をしたら新しい素材やレシピが手に入るもしれないでしょ?そしたら、案外出来ちゃうかもしれないしね。あッ!トルネにも色んな素材、いっぱい持って帰ってくるからね」
「うん。それは・・・楽しみだけど」
研究熱心なトルネは、下手なお土産を持って帰るよりも、珍しい素材の方が喜んでくれる。
前に境界の森に迷い込む原因になったマリルベリーも、経緯を聞いて一瞬複雑な顔をしながらも、キラキラと目を輝かせて受け取ってくれたしね。
「完成したらすぐ来てね、約束ね!」
私の腕の中から顔を上げたラペルは私にそう念押しすると、スルリと腕から抜け出すと、今度はルパちゃんと抱き合って別れを惜しむ。
空になった腕の中が少しだけ寂しい・・・。
「これが親離れなのね・・・」
「「いや、違うだろ」」
私の感慨に、すかさずフェリオとトルネのツッコミが入る。
良いじゃない、少しくらいそんな気分を味わったって。
「シーナさん、そろそろ」
「わかりました」
出発の準備をしていたラインさんに呼ばれ、私はラペルに声を掛ける。
「ラペル、みんなとお別れはしなくていいの?」
するとラペルは良い笑顔でキッパリと言い切る。
「うん!お姉ちゃんが帰ってくるなら、みんな一緒に帰って来るもの」
・・・えっと?
まぁ、確かにコウガは一緒に来そうだけど、ナイルは微妙だし、ラインさんに至っては難しいんじゃないかと思うんだけど・・・なんでそんな自信満々なの?
「まぁ、全員シーナの婿だからな。嫁と一緒に行動するのは当たり前だよな」
「あら。じゃあ将来的にはトルネも連れて行って貰えるのかしら」
「ちょッ!マリアさん!?」
「もちろん。トルネは2号だからな!」
ウフフッなんて笑ってますけど、御宅の息子さんを2号呼ばわりしてるんですよ、この妖精。怒る所ですよ?
「シーナ、そろそろ良いカ?」
そんなやり取りとをしている内に、既にみんなが乗り込んだ馬車からコウガが顔を出す。
ちなみにラインさんは最初は馬での移動。御者席にはベグィナスさんだ。それを四人で交代しながら行くらしい。
とか、そんな事考えてる場合じゃなかった。
「すぐ行きます!」
ラペルとマリアさんと最後にハグを交わし、トルネを抱き締めようとしたら然り気無く躱されてしまった。
年頃だものね・・・でもちょっとショックだよ。
ホロリと心の中で涙を流しながら、それならば・・・と手を差し出せば、今度はちゃんと手を重ねてくれた。
「じゃあ、行ってくるね」
そう言って離そうとした手を、ギュッと握り返したトルネが引く。
前屈みの所へ引き寄せられバランスを崩した私の身体を、少し後ろによろけながらも抱き止めたトルネが、ギュッと抱き締める。
「オレ、ねぇちゃんのこと好きだから」
・・・え?それって―――
耳元で囁かれたその言葉は、勘違いでも聞き間違いでもない、どこを取っても『告白』だった。
―――チュッ。
そして言い訳も出来ない程の追い討ちが、唇へと落とされる。
「―――ッ!?」
「あ~ッ!僕より先に!!」
え?―――え?え?えぇ~!?
――――――バシャァァァ。
あまりにも予想外で、衝撃的で、空に逸らす余裕なんてあるはずもなく・・・
頭から水を被ったびしょ濡れのトルネが、何故か「よしッ!!」なんてガッツポーズをしている。
「うん。これでトルネも正式な一員だな!」
「へへッ。じゃあ・・・行ってらっしゃい」
耳を真っ赤に染めたトルネに送り出され、半分呆然と馬車に乗る。
どうしよう。トルネに・・・ときめいちゃった!?




