懐かしい声、見知らぬ景色
ラインさんが王都へ帰ると知って数日、私は毎夜不思議な夢を見続けていた。
最初は、視界いっぱいに広がる美しい花畑だった。
その花畑にはとても大きな樹が一本だけ立っていて、藤の花のように長く垂れ下がった花でその枝をしならせていた。その、枝元から先に向かって淡くなる花色は房によって異なり、それを映した根本の湧泉は妖精の羽の様にキラキラと虹色に輝いている。
それは、夢でしかあり得ない光景。
それ程までに美しく幻想的で、現実味の無い・・・そんな景色。
風の音すら感じないその花畑で、私は・・・懐かしい声を聞いた。
『・・・世界樹を守って』
繰返しそう告げる耳に馴染んだその声は、小さな頃に見たあの夢の声と同じだった。
次の日は、深い森の中にいた。
森の中に続く、真っ白な石畳の先。
視界に捉えきれないほど太く、見上げても天辺が見えないほどに高い、聳え立つ大樹があった。
けれど森の中に在ることが不思議なくらい、その枝には葉の一枚も付いておらず、そこだけが異様に浮いて見える・・・そんな景色。
そしてまた聞こえた、その声は―――
『彼女を・・・ラウレルールを助けて』
「ラウレルールって、誰?」
『お願い、彼女を・・・世界樹を助けて・・・』
私に訴えるその声は悲しげで、起きた後も暫く胸が痛かった。
そしてまた次の日は、大樹の中にいた。
大樹の内部は、樹の中とは思えないほどの広い空間に、幾重にも重なった幹の隙間から陽光が溢れ、枯れかけた樹の内部とは思えないほどに荘厳で美しい空間だった。
そしてその最奥からは水が流れ、それを辿ればここにも白い石で作られた泉と、祭壇のような場所。
『そこに・・・柩の中で、眠ってる』
再び聞こえたその声を聞けば、不思議と祭壇の奥にその柩があると分かる。
「柩?それって・・・」
急にホラー味を帯びたその内容に、夢の中のはずなのにゾクリと背中を震わせる。
けれど、スゥーと景色が流れて目の前に迫ったその柩は、クリスタルで作られたかのようにキラキラと虹色に輝いていて、『柩』と言うには―――美し過ぎた。
そしてその柩に横たわるのは、深い緑の髪に瞳を閉じていても整っているのが一目で分かる顔立ち、本当に眠ってるだけなのかと疑ってしまうほどに白い肌の、美しい女性だった。
そして特徴的な少し尖った耳の形は、私にでも分かる。エルフと呼ばれる種族の特徴だ。
『彼女を助けて・・・世界樹から解放してあげて・・・』
懐かしい声に促され、そこに絡み付く樹の幹を引き剥がそうと、そっと手を伸ばし―――
トプンッとすり抜けた私はそのまま柩の中に引き込まれ、次の瞬間目が覚めた。
そして昨晩は、柩の内側にいた。
柩の中とは言っても、光が射し込むその空間は不思議と恐怖を覚えない。
スフォルツァさんに閉じ込められたあの棺とは、全くの別物と言っても過言では無かった。
そしてなにより、何故かとても懐かしい・・・。
そして今度は、聞き覚えの無い女性の声が聞こえてくる。
『世界樹を守らなければ・・・。人々がゲートの発生原因を突き止め、この世界の水と魔力の減少をくい止める事さえ出来れば・・・きっと・・・世界樹も、再び蕾をつけるでしょう。だから、ごめんなさい・・・それまで、私は生きなければならない。優しい貴女は、私の事も恨んだりはしないのでしょうね。でもきっと、もう私に笑いかけてはくれないわね・・・彼の為に用意したこの柩を、私が使ったと知ったら――――』
それはきっと、この柩で眠る『ラウレルール』の言葉。その記憶だろう。
世界樹を守るという使命感、それと同時に痛いほど伝わる懺悔の心。
『世界樹を守って・・・彼女を解放して』
そして再び聞こえる、懐かしい声。
『お願い、彼女を助けて。そして伝えて・・・彼は、―――は生きてるって』
彼とは誰の事なのか。
そこは上手く聞き取れなくて、聞き返そうと上げた視線の先に広がっていたのは見慣れた薄暗い天井だった。
この夢は、ただの夢・・・とは思えない。
彼女の元へ行かなければ。
ストンと胸に落ちてきたその思いは、私の意志なのか、それともあの人の意志なのか―――。




