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シーナの錬金レシピ  作者: 天ノ穂あかり
レシピ5
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〉ラインヴァルト~王国貴族の葛藤~

 私の任務は、消えた聖杯の再出現を予言されたクロベリアの地に赴き、それを探し出すこと。


 そもそも聖杯とは、神の(ディバイン)肘掛山(テーブル)の神殿に安置されていた、聖女の御業によって創られた水の湧き出る杯の事であり、35年程前に消失したとされている。

 消失原因は一般には秘匿されているが、影憑の襲撃によりゲートの向こうへと持ち去られてしまった、らしい。

 曖昧な表現に止まっているのは、その場にいた殆どの人間が聖杯と共にゲートへ呑み込まれてしまったからだ。

 唯一生き残った錬金術師も、精神を病んでまともに聞き取りが出来ない状態で、事の詳細を知るすべが無かったのだという。

 この事件でアクアディア王国は国王と王妃、更には王太子までも失い、更には聖杯を奪われるという大失態も相まって、王位は生き残った王女では無く、当時宰相を勤めていた公爵家の者が継ぎ、今の王政へと至っている。

 元々、当時の王族の暴政には反発する者が多くいたのも、この王家交代の一因と云われている。


 しかし、その王家も・・・。


 いや、今はそんな事を考えている場合では無い。

 恐らく、予言にあった聖杯の再出現とはシーナさんの事だろう。

 彼女は、何らかの方法で水を創り出している。それが錬金術によるものなのか、彼女自身の能力なのかは定かではないが、これは確実だ。

 そしてどうやら彼女自身、意識して水を創り出している訳では無く、それを制御出来ないでいる様だ。

 彼女はなんらかの感情、または衝動をトリガーにして水を創り出している。そしてその感情を与える人間は、限られる。

 その中に自分も含まれていると感じるのは、思い上がり・・・では無い、と思う。


 本来ならばそんな彼女を王都へと連れ帰り、「予言が示したのは彼女だった」と報告をしなければならない。

 しかし彼女は聖杯では無い。

 生きている生身の人間であり、この国の人間でも無い。

 何より彼女は、『聖女』と呼ばれる事を望んではいない。


 今、王都へ彼女を連れて行けば『聖女』として祀り上げられ、自由を奪う結果となるだろう。

 更に、フラメル家の人達と別離させ、彼女からもフラメル家からも大切な家族を奪う事になる。

 そんな事は・・・出来ない。


 出来ない・・・が、正直に言えば彼女を連れて帰りたい。

 私は、出逢った時から彼女に惹かれていた。

 そして彼女と共に過ごした時間の分だけ、更に強く惹き付けられた。

 このまま、カリバで彼女と共に生きられたら。


 いや・・・彼等を救うまでは、そんな望みすら持つ事も許されないと分かってはいるのだ。

 

 そろそろタイムリミットだ。王都では旧王家が王位奪還の動きを活発化させ、現国王の退位を押し進めている。

 父上は私が聖杯を発見し、その偉業と共に帰都する事を望んでいた様だが・・・その願いは叶えられそうも無い。


 今の王都は荒れている。そんな中で彼女を守るには、私自身もグトルフォスの家も力が足りない。

 彼等さえ目覚めれば・・・王位を巡る諍いも終息するだろう。しかしそうすれは私は・・・いや、それは考えても仕方の無い事だ。


 しかし、その彼等を目覚めさせるには、シーナさんの力が必要となるだろう。かといってなんの糸口もなく、闇雲に彼女に頼ったとしても、望む結果は得られない。


 ―――あぁ。堂々巡りだ。


 彼等を救うには、シーナさんの力が必要だ。

 しかし彼等の庇護が無ければ、王都でシーナさんを守る事は難しい。

 せめて報告にあった魔道具が見つかれば、可能性もあるだろうが・・・あんな荒唐無稽な代物がそうそう存在するとも思えない。


 それでも、早々に手は打たなくては。

 聖女の噂は瞬く間に広がり、すぐに王都にまで届くだろう。

 彼女は生きている限り、無自覚に世界を救ってしまうのだから。

 そうなれば、いずれ彼女は見つけ出されてしまうだろう。


 やはり王都へ戻り、聖杯は見つからず、聖女の噂も根も葉もない噂だったと報告するべきか。

 それがどれ程の時間稼ぎになるか分からないが、私が彼女を守る為にできる事など、今はそのくらいしかない。


 あぁ・・・それでも。

 王都へ帰還してしまえば、再びカリバを訪れる事は難しくなるだろう。

 もう、彼女に会えない。

 そう思うと心が揺らぎ、決心が鈍る。


 しかし、葛藤する私の元に届いた一通の手紙が、私にほんの少しの希望を見出ださせてしまった。


 それは王宮筆頭魔法師、カイ・ガラクシアスからの手紙。

 優秀な水系魔法士であり、博識で魔法のみならず錬金術にも精通する極めて稀有な人物。

 その彼からの手紙には、例の魔道具の存在を調べあげその所在をも突き止めた、と記されていた。

 まさか、本当に存在するとは・・・。

 その魔道具の名は『賢者の柩』。

 そしてその効果は、不老不死。


 隣国、エルフの国ウールズにあるそれを用いれば、彼等を安全に助けることが出来るかもしれない。

 しかし友好国とはいえ、計り知れない価値を持つその魔道具を、ウールズが提供してくれる可能性はかなり低い。

 交渉は簡単な事ではないだろう。


 しかし、その魔道具が本当に不老不死の効果を持つものならば、シーナさんの錬金術と併せれば彼等を救える可能性がかなり高くなる。



 ―――しかし、こうして考えると私は彼女に頼ってばかりだな。

 いつでも力になるなどと大見得を切っておきながら、不甲斐ない事この上ない。


 本当なら、彼女に迷惑を掛けたくは無いし、不甲斐ない所を見せたくも無い。

 それでも・・・私は彼等を助けたい。

 シーナさんも確かに大切な存在だ。けれど彼等もまた私にとっては大切な、本当の――――――。

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