〉ラインヴァルト~王国貴族の葛藤~
私の任務は、消えた聖杯の再出現を予言されたクロベリアの地に赴き、それを探し出すこと。
そもそも聖杯とは、神の肘掛山の神殿に安置されていた、聖女の御業によって創られた水の湧き出る杯の事であり、35年程前に消失したとされている。
消失原因は一般には秘匿されているが、影憑の襲撃によりゲートの向こうへと持ち去られてしまった、らしい。
曖昧な表現に止まっているのは、その場にいた殆どの人間が聖杯と共にゲートへ呑み込まれてしまったからだ。
唯一生き残った錬金術師も、精神を病んでまともに聞き取りが出来ない状態で、事の詳細を知るすべが無かったのだという。
この事件でアクアディア王国は国王と王妃、更には王太子までも失い、更には聖杯を奪われるという大失態も相まって、王位は生き残った王女では無く、当時宰相を勤めていた公爵家の者が継ぎ、今の王政へと至っている。
元々、当時の王族の暴政には反発する者が多くいたのも、この王家交代の一因と云われている。
しかし、その王家も・・・。
いや、今はそんな事を考えている場合では無い。
恐らく、予言にあった聖杯の再出現とはシーナさんの事だろう。
彼女は、何らかの方法で水を創り出している。それが錬金術によるものなのか、彼女自身の能力なのかは定かではないが、これは確実だ。
そしてどうやら彼女自身、意識して水を創り出している訳では無く、それを制御出来ないでいる様だ。
彼女はなんらかの感情、または衝動をトリガーにして水を創り出している。そしてその感情を与える人間は、限られる。
その中に自分も含まれていると感じるのは、思い上がり・・・では無い、と思う。
本来ならばそんな彼女を王都へと連れ帰り、「予言が示したのは彼女だった」と報告をしなければならない。
しかし彼女は聖杯では無い。
生きている生身の人間であり、この国の人間でも無い。
何より彼女は、『聖女』と呼ばれる事を望んではいない。
今、王都へ彼女を連れて行けば『聖女』として祀り上げられ、自由を奪う結果となるだろう。
更に、フラメル家の人達と別離させ、彼女からもフラメル家からも大切な家族を奪う事になる。
そんな事は・・・出来ない。
出来ない・・・が、正直に言えば彼女を連れて帰りたい。
私は、出逢った時から彼女に惹かれていた。
そして彼女と共に過ごした時間の分だけ、更に強く惹き付けられた。
このまま、カリバで彼女と共に生きられたら。
いや・・・彼等を救うまでは、そんな望みすら持つ事も許されないと分かってはいるのだ。
そろそろタイムリミットだ。王都では旧王家が王位奪還の動きを活発化させ、現国王の退位を押し進めている。
父上は私が聖杯を発見し、その偉業と共に帰都する事を望んでいた様だが・・・その願いは叶えられそうも無い。
今の王都は荒れている。そんな中で彼女を守るには、私自身もグトルフォスの家も力が足りない。
彼等さえ目覚めれば・・・王位を巡る諍いも終息するだろう。しかしそうすれは私は・・・いや、それは考えても仕方の無い事だ。
しかし、その彼等を目覚めさせるには、シーナさんの力が必要となるだろう。かといってなんの糸口もなく、闇雲に彼女に頼ったとしても、望む結果は得られない。
―――あぁ。堂々巡りだ。
彼等を救うには、シーナさんの力が必要だ。
しかし彼等の庇護が無ければ、王都でシーナさんを守る事は難しい。
せめて報告にあった魔道具が見つかれば、可能性もあるだろうが・・・あんな荒唐無稽な代物がそうそう存在するとも思えない。
それでも、早々に手は打たなくては。
聖女の噂は瞬く間に広がり、すぐに王都にまで届くだろう。
彼女は生きている限り、無自覚に世界を救ってしまうのだから。
そうなれば、いずれ彼女は見つけ出されてしまうだろう。
やはり王都へ戻り、聖杯は見つからず、聖女の噂も根も葉もない噂だったと報告するべきか。
それがどれ程の時間稼ぎになるか分からないが、私が彼女を守る為にできる事など、今はそのくらいしかない。
あぁ・・・それでも。
王都へ帰還してしまえば、再びカリバを訪れる事は難しくなるだろう。
もう、彼女に会えない。
そう思うと心が揺らぎ、決心が鈍る。
しかし、葛藤する私の元に届いた一通の手紙が、私にほんの少しの希望を見出ださせてしまった。
それは王宮筆頭魔法師、カイ・ガラクシアスからの手紙。
優秀な水系魔法士であり、博識で魔法のみならず錬金術にも精通する極めて稀有な人物。
その彼からの手紙には、例の魔道具の存在を調べあげその所在をも突き止めた、と記されていた。
まさか、本当に存在するとは・・・。
その魔道具の名は『賢者の柩』。
そしてその効果は、不老不死。
隣国、エルフの国ウールズにあるそれを用いれば、彼等を安全に助けることが出来るかもしれない。
しかし友好国とはいえ、計り知れない価値を持つその魔道具を、ウールズが提供してくれる可能性はかなり低い。
交渉は簡単な事ではないだろう。
しかし、その魔道具が本当に不老不死の効果を持つものならば、シーナさんの錬金術と併せれば彼等を救える可能性がかなり高くなる。
―――しかし、こうして考えると私は彼女に頼ってばかりだな。
いつでも力になるなどと大見得を切っておきながら、不甲斐ない事この上ない。
本当なら、彼女に迷惑を掛けたくは無いし、不甲斐ない所を見せたくも無い。
それでも・・・私は彼等を助けたい。
シーナさんも確かに大切な存在だ。けれど彼等もまた私にとっては大切な、本当の――――――。




