予兆
ラインさんの腕の中でその温もりや匂いにクラクラしながら、この状況をどうしようかと思案していると、私が何かするまでも無く、ラインさんは私の肩に手を置いたままスッと身体を離した。
それから伏せていた視線をフッと上げると、私を真っ直ぐに見据えて口を開く。
「あのッ―――」
「姫!!雨降ってるんだけど!?今は誰も居ないハズじゃッ―――て、ライン君か」
けれどラインさんが言葉を発するのと同時に、ナイルが部屋へと入って来てそれを遮ると、ラインさんは再び口を閉ざして、今度こそ私から距離を取ってしまう。
「すみません。お見苦しい所をお見せしてしまいました」
「いえ、そんな。ラインさん、あの何か?」
「いえ・・・では、今日の所はこの辺で。また、何か困った事があれば何時でも呼んで下さい」
ラインさんはいつもの穏やかな笑顔でそれだけ言うと、止める間も無く帰ってしまった。
でも、何か言い掛けた時に見せたのは、縋るような、焦っているような、そんな思い詰めた表情だった気がする。
「ライン君、どうしたの?なんか元気無かったけど」
割って入った形になったナイルが、ラインさんの出て行った扉を気まずそうに振り返る。
「確かに、ラインくんには珍しく歯切れが悪かったわね」
マリアさんも心配そうに表を歩くラインさんを見送くる。
「うーん・・・また明日にでも声掛けてみます」
「そうね。もしかしたら、あまり人に聞かれたく無い話かもしれないわね」
「なんか悪い事したなぁ。今日は雨降る要素が無いと思ってたのに雨が降ってたから、また誰か増えたのかと思って焦っちゃったんだよね」
――――――ん?
雨が降る要素ってなに?
ナイルの言葉に引っ掛かり、首を傾げる私を余所に当たり前のように話が進む。
「そうね。今日はコウガくんも外に出てたから」
「そう言えば、どうしてライン君が?もしかして、何かあった?」
「それがね、変な貴族が来ちゃって―――」
マリアさんがナイルに先刻までの経緯を説明し始めてしまって、"雨が降る要素"について深く聞く事が出来ず―――いや聞けたとしてもなんて聞くんだ?
私がドキドキする以外に、錬水の条件なんてあるの?なんて、正面切って聞く勇気は私には無い。だからコッソリと小声で、フェリオにそれとな~く聞いてみる事にした。
「ねぇ、フェリオ。雨が降る要素ってなんだと思う?」
「え?」
するとフェリオは、キョトンと目をまん丸くした。
「え?」
「いや・・・自分で気付いて無いのか?」
「何を?」
「あぁ、いや―――そうか、無自覚なのか」
一体私は何を自覚してないというのだろう。
フェリオは困惑していたかと思えば、ニヤリと悪い顔をした。とても嫌な予感がする。
「なに?なんなの?」
「いやぁ~何でも無いぞ。雨が降る要素だろ?何だろうなぁ~。オレもよく分からないなぁ」
わざとらしい物言いが凄く嘘臭いけど、こうなってしまうとフェリオは面白がって絶対教えてくれない気がする。
それに、ここで深く突っ込むと薮蛇になりそうな気がするし・・・。
そんな私とフェリオの側に、いつのまにやって来たのか、トルネが難しい顔をして立っていた。
「トルネ、どうしたの?」
声を掛けると、トルネはジッと私を見詰めてグッと拳を握る。
「オレ、ねぇちゃんより早く大人になるから!そしたらオレだって兄ちゃん達みたいになるんだからな!」
えぇっと、どういう事?
私より先に大人にって、それは無理・・・でも無いのか。なんといっても私は不老不死かもしれない訳で。外見だけ見ればトルネの方が先に大人になると言えない事もない。
でも兄ちゃん達みたいにって、何故今それを宣言したの?いや、トルネならきっと三人と同じくらい男前に成長するだろうけど。
「トルネ、よく言った!トルネならきっとなれるぞ。なんと言っても錬金術師だからな、将来有望だ」
そんなトルネを何故か煽るフェリオ。
でもまぁ、確かにトルネは将来有望だ。
「そうね、トルネは勇気も男気もあるし、優しくて面倒見も良いし、思いやりもあるし、勉強熱心で・・・て、あれ?」
フェリオにつられてトルネの良い所を挙げていけば、トルネがプルプルと震えながらそっぽを向いてしまった。
照れてしまったのかその顔は真っ赤で、そんな所は可愛い・・・なんて言ったら、トルネは怒るだろうか?
「クククッ。トルネ・・・トルネが雨を降らすのも、案外時間の問題かもしれないぞ?」
そんなトルネにフェリオがボソッと何事か呟けば、トルネの頬が益々赤く染まる。
どうしたの?と視線を送れば、フェリオはニヤニヤしていて、トルネはフイッと視線を逸らしてそのまま部屋を出ていってしまった。
でもその顔はどこか嬉しそうだったから、照れ隠しかな?
「姫・・・罪作りだよねぇ。まぁ、トルネだから良いけど」
「あの子は自慢の息子だもの。もう少し大きくなったら、ナイルくんだってうかうかしてられないんだから」
そんなトルネを見送ったナイルとマリアさんがニヤニヤしながら、そんな風に盛り上がっているのを私は敢えて見なかった事にして、ふとラインさんの事を思う。
本当に、どうしたんだろう。
明日、ちゃんと話を聞きに行こう。
でも、翌日ラインさんに会いに向かった騎士団の詰め所で聞いた話は、あまりにも突然で・・・結局、ラインさんに会うこともできなかった。




