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シーナの錬金レシピ  作者: 天ノ穂あかり
レシピ5
130/264

家名

「なッ―――グトルフォスだと?嘘をつくな!!中央貴族家の者がこんな所にいる筈が無いでは無いか。私を謀るとは・・・この場で斬り捨ててくれる」


 一瞬怯んだ様に見えたスエー子爵だったが、何を思ったのか自らの剣に手を掛け、それを見た従者の男が再び私の方へと手を伸ばす。

 恐らく、私を人質にしようとでも考えたのだろう。

 けれど従者の手は私に届く事は無く、ゴテゴテと装飾された見た目ばかりのスエー子爵の剣も、抜かれる事は無かった。


 スエー子爵と従者が動き出したと同時に、ラインさんは素早く左手を従者に向け、右手は自らのよく手入れされた剣を抜き放った。

 すると従者はその首辺りでバチッと何かが弾けた瞬間崩れ落ち、スエー子爵は扱い慣れない剣にもたついている間に、その喉元にラインさんの剣が突き付けられていた。


「この剣がグトルフォスの証です。まだ抵抗しますか?」


 ラインさんは喉元に突き付けた切先はそのままで、スエー子爵に剣の柄を示す。

 そこには半馬半魚の、たしかケルピーといったか・・・それを模した意匠が刻まれていて、それを見たスエー子爵は、今度こそ観念したのか両手を上げて膝をついた。

 恐らく、ケルピーの意匠がグトルフォス家の家紋か何かなのだろう。


 なにより、常日頃から騎士として鍛練しているラインさんに、剣を抜くのも儘ならないスエー子爵が勝てるはずが無い。

 フフンッと自分の事の様に得意な気分で見ていれば、テーブルの上のフェリオも自分の事の様にドヤ顔をしていて、隣ではマリアさんとトルネが視線を合わせて、グッと親指を立てていた。

 そんな私達を余所に、剣を下ろしたラインさんは堅い表情と声でスエー子爵に再び告げる。


「今後、彼女とこの家の錬金術師に一切の接触を禁じます。いいですね?」

「はぃぃぃッッ!!今後一切接触しないと誓います!ですからどうか、どうかお許し下さい」


 スエー子爵は上げていた手をそのまま床に突いて、頭を擦り付けんばかりに謝罪しているけれど、今更?と思わなくもない。


「では、そこの従者を連れて早々に退去して下さい」


 ラインさんの許しが出たと思ったのか、スエー子爵は「有難うございます」と言いながら、小柄な従者を引き摺る様にしてあっという間に帰って行った。

 まぁでも、ラインさんは()()()抗議すると言っていたし、侯爵家の人間であるラインさんに対して剣を抜こうとしたのだから、お咎め無しとはいかないんじゃないかな。

 その辺りはラインさんにお任せするとして・・・。


「ラインさん、ありがとうございました!」

「いえ。それよりもお怪我はありませんか?肩を掴まれていた様ですが」

「大丈夫です。フェリオが反撃してくれましたし、直ぐにラインさんが来てくれたので。トルネも、急いでラインさんを呼んで来てくれてありがとう」

「オレはまぁ、そのくらいしか出来ないからな」

「ううん、充分だよ」

「ラインくん、本当にありがとね。うちの子達の事も守ってくれて。でもラインくんが()()グトルフォス家の人だったなんて、知らなかったわ」


 そう。貴族かもとは思っていたけど、まさか侯爵だなんて。

 最初の頃は身分制度なんて馴染みが無かったから、貴族と言われてもいまいちピンと来なかったけれど、この世界で生きていれば貴族が絶対的な権力者であることは嫌でも理解出来る。


「・・・そうですね。家名まで名乗った事は、無かったかもしれませんね」


 ラインさんは作ったような笑顔で、何時になく歯切れの悪い返事を返すと、すっと視線を落としてしまう。

 私は初めて会った時に家名まで名乗って貰っていたけれど、それは私がグトルフォスという貴族を知らなかったからなのかも。

 ラインさんは貴族として扱われる事を好まないのだと思っていたけれど、もしかしたらグトルフォスを名乗ることにも躊躇いがある?

 グトルフォス侯爵家って、どんな家なんだろう。マリアさんの口振りからすると有名な家みたいだけど、ラインさんはあまり話したく無いみたいだし。

 そんな私の心配を余所に、フェリオは興味津々と言わんばかりに話を広げる。


「なぁ、()()って、ラインの家って有名なのか?」

「有名も何も、グトルフォス侯爵はこの国の宰相様よ」


 宰相・・・日本でいう総理大臣みたいなものだろうか?何はもとあれ、貴族の中でもより有力な貴族なのは間違い無さそうだ。


「へぇ~。宰相って偉いんだろ?」

「もちろんよ。それに今は国王様方が臥せっていらっしゃるから・・・実質的に国を支えているのは、グトルフォス侯爵だって話よ」

「ラインさんって、凄い人だとは思ってましたけど・・・家も凄いんですね」


 思わず漏れた感嘆の呟きに、ラインさんは困ったように眉を下げた。


「宰相を勤めているのは父ですし、いずれグトルフォスを継ぐのは兄ですから、私は自身は凄い事なんてありませんよ」

「そうなんですか?でも、騎士としてのラインさんが凄い人だっていうのは、本当の事ですから!」


 珍しく自分を卑下するような事を言うラインさんに、私は思わず詰め寄っていた。

 貴族の事はそれほど詳しく無いから「そんな事無いですよ」なんて無責任な事は言えないけれど、騎士としてのラインさんが凄い人だって事は知っているもの。


「―――ありがとうございます。シーナさんにそう思って貰えるのなら、騎士としての私を誇りに思います」


 そう言ってラインさんは、私をギュッと抱き締めた。

 いや・・・うん。詰め寄っていたのは私だし、騎士である事に誇りを持って貰えるのはとても良いことなんだけど・・・コレは、ちょっと・・・。


 ――――――ザァァァァァァ・・・。


 あぁ。聖女の噂が立ってから、あんなに気を付けていたのに。

 ラインさんの腕の中。

 なんとか外へ逸らす事には成功したものの、ラインさんの縋るようなその抱擁を押し退けることも憚られて・・・雨は暫く止みそうに無いです。

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