貴族
「私はデグラット・ポンド・スエー様の従者である。スエー様直々にこのような場所へ、態々お出でになられたのだ、直ぐに歓待の準備をするがいい」
豪華な馬車から降りて来た細身で小柄な男性が、あたかも自分が貴族かの様に横柄な態度でそう告げる。
ポンドとはこの世界の貴族、その中でも子爵位の称号だったはず。
そんな子爵様が直接家に訪ねて来るなんて、一体何の用なのか、いや・・・この従者、先日来てた貴族の従者を名乗る男だ。一応、本物の貴族の従者だったのね。
「あらどうしましょう。突然の訪問で迎える準備が出来ておりませんので、暫しお待ち下さいね」
玄関口に立つ従者に、マリアさんは申し訳なさそうな声音でそう告げると、容赦なく扉を閉める。
するとマリアさんは掃除をするでも無く、お茶を淹れるでも無く、トルネに何事か言付けると、トルネは大きく頷いて裏口から飛び出していった。
「きっとシーナちゃんが目的よね」
「だと思います。あの人、この前声を掛けてきた貴族の従者です」
「だったら、シーナちゃんは隠れていた方が良いかしら」
「いえ、マリアさんに迷惑を掛けられないですし、姿も見られてしまったので」
窓越しに馬車を覗いていたら、目が合っちゃったのよね。一度声を掛けられているし、流石に誤魔化せないだろう。
貴族への対応の仕方なんて分からないから不安ではあるけれど、私の所為でマリアさんに何かあったらと思うと、そんなことは言ってられない。それに、『錬金術師』はそれなりの身分みたいだし、貴族に相対するなら私の方が良いだろう。
コウガかナイルが居てくれたら心強いけど、こんな時に限って二人とも出掛けてしまっている。
それでも、マリアさんが一緒に居てくれるだけ有り難いというものだ。マリアさんと二人、ギュッと拳を握り締め「よし!」と気合いを入れて貴族様を迎え入れる。
まぁ歓迎はしていないので、お茶は粗茶ですがなにか?
「今日は子爵であるこの私が、そなたを保護してやろうと、こうして態々迎えに来てやったのだ」
デグラット・ポンド・スエー子爵様は、中肉中背のどこにでも居そうなおじさんだった。けれど綺麗に切り揃えられた口髭と仕立ての良さそうな衣服が、彼をそれなりに貴族に見せている。
「えぇと・・・保護、と言いますと?」
私は一体、何から保護されるのですかね?
「最近、聖女だなんだと噂になっているそうじゃないか。そんな噂が流れれば、そなたを利用しようと群がる連中が後を断たんだろう。我がスエー家の名で、そなたを守ってやろうと言っているのだ」
うん。貴方も群がる連中の一人では?
「いえ。私は聖女ではありませんから、その様な配慮は不要です」
私がキッパリと断ると、それまで余裕ぶっていた表情を一変させたスエー子爵は、ズイッと上半身を前に出すと脅すように声を低くする。
「不要か不要で無いかを判断するのはそなたでは無い。貴族というのは、平民を管理せねばならんのだよ。そなたは大人しく私に従えば良いのだ」
いくら見た目は普通のおじさん達でも、女二人で対峙するのは心細い。しかも、相手は権力のある"貴族"だ。
ここで頑なに拒否すれば、貴族の権力を使ってマリアさん達に危害を加えないとも限らない。
どう答えるべきか悩み沈黙した私達に、従順になったと勘違いして増長したのか、スエー子爵は更に続ける。
「フンッ最初からそうやってしおらしくしておれば良いのだ。そうそう、この家には珍しい双子妖精の錬金術師が居るそうじゃないか。そやつ等も引き取ってやろう」
はぁ?なに言ってるのこの人。
私ばかりかトルネとラペルまで連れていく?
そんな事、許される訳が無い。
「「お断りします」」
私とマリアさんの声が見事にハモり、スエー子爵を見返す眼に嫌悪が滲む。
そんな視線を受けたスエー子爵は、プルプルと口髭を震わせて、顔を真っ赤に染める。
「このッ!たかだかケットシーの錬金術師の分際で!折角我が家の錬金術として雇ってやろうと言うのに、従わぬと言うのなら牢に繋いでもいいのだぞ!」
ガタッと身を乗り出したスエー子爵の動きに合わせ、従者の男が私の肩を乱暴に掴む。
小柄だからと油断していたけれど、なかなかどうして力が強い。
そんな従者の手に、怒りでブワッと毛を逆立てたフェリオの爪が炸裂するのと、バンッと部屋の扉が外から開けられたのは、ほぼ同時。
「―――何をしている!!」
鋭い声を上げてその場に現れたのは、ラインさんだった。その後ろにはトルネもいる。
けれど、そんな状況でもスエー子爵は全く悪びれる事無く、逆にラインさんを大仰に出迎える。
「おお、良いところに来てくれた!見てくれ!そこの妖精が我が家の従者に怪我を負わせたのだ。まったく、なんて凶暴な妖精か。私は賠償を請求するぞ!!」
まさかフェリオが引っ掻いた事を大事にするとは・・・。
「なんだと!そいつが先にシーナの肩を掴んだんじゃ無いか!」
それまであまり喋ろうとしなかったフェリオも、流石に我慢できずに言い返す。
「なるほど。では、これまでの状況を教えて下さい。判断はそれを聞いてからです」
けれどヒートアップした双方に対して、ラインさんは冷静だった。
そこから事の経緯を説明する事になったのだけど・・・スエー子爵は「自分は聖女と騒がれている錬金術師を保護してやろうとしただけだ。強要などしていない」と主張して、挙げ句の果てには「賠償の為にスエー子爵家に仕えろ」などと無茶な要求をしてきた。
「シーナさん、スエー子爵に仕える意思はありますか?」
全てを聞き終えたラインさんがそんな問い掛けをしてきて、私はそんな当たり前な事をと思いながらも、取り敢えず「ありません」とキッパリと明言しておく。
「そうですか・・・ではまず、スエー子爵、錬金術師の扱いについて。ご存知かとは思いますが、錬金術師を召し抱える場合、その錬金術師の意思の確認と、現状所属している家又は組織へ伺いを立てる必要があることはご存知ですね?」
「フンッ!錬金術師がはいと言えば良いのだろう!許可など後からどうとでもなるわ」
それは暗に、無理矢理にでも「はい」と言わせれば良いと思っているって事よね?絶対言わないけど。
でも、そんな決まりがあるなんて知らなかった。私の所属ってどこになるんだろう?
「では今ここで申し上げます。錬金術師本人が拒否している事、彼女が我が家の所属である事から、今後彼女への接触は一切許可しません。また、フラメル家の錬金術師については、まだ子供であり、保護者が許可していない事、クロベニア領主への連絡を怠っている事から、こちらも今後一切の接触を禁じます」
ラインさんの珍しく厳しい声とその内容に、私は目を丸くする。
私って、ラインさんのお家の所属だったの?そういえば、ラインさんも貴族なんだっけ。
そう言われればそうかも、なんて納得した私とは違い、スエー子爵は納得するはずも無く、ダンッと強くテーブルを叩いて立ち上がった。
「ええいッ無礼な!!たかが騎士爵家如きに、子爵たる私が許可を得る必要など無いわ!」
怒り狂うスエー子爵にラインさんが向けたのは、普段のラインさんからは想像もつかない程鋭く冷たい、けれどどこか高貴で威厳に満ちた視線だった。
「あぁ。まだ名乗っていませんでしたね。私の名前はラインヴァルト・リバー・グトルフォス。侯爵家である我が家の錬金術師に暴力を振るった事、後程正式に抗議させて頂きます」
こうしゃく・・・え?侯爵ッッ!?




