妖精との別れ
「え?」
まるで、「明日ちょっと出掛けてくるわ」みたいなトーンでサラさんは言う。
でも妖精界へ帰ってしまえば、またサラさんの魔力と合う人間が妖精花に触れるまで、こちらへは来られない。
フェリオの説明によれば、サラさん、サラマンダーはオーベロン、ティターニア級に次ぐ高位の妖精だったはず。
だとすれば、そう易々とまた人間界へ来ることは叶わないだろう。
「だって、ワタシにはもうパートナーがいないでしょう?」
「でも魔力は補給できるんだし―――」
パートナーがいなくても、私がいつでもマイナポーションを錬成出来るのだから問題無いはずなのに。そう思った私にサラさんはフフッと少し寂しそうに笑う。
「パートナーが居ないって、やっぱり少し寂しいのよね。ワタシのパートナーはあんな事になっちゃったけど、最初の頃は上手くやってたのよ?あの子の周りには宝石とかドレスとか、美しいものが溢れてて。美しさを追及するあの子の姿は・・・好きだったのよ」
私は、サラさんのパートナーにはなれない。魔力の質が違えば一緒に錬成する事は出来ないし、常に繋がっているという感覚も無い。
今となっては、魔力の質が変わってしまったスフォルツァさんもパートナーとは言えない。
この世界に一人残された。
その寂しさは、私にも覚えがある。
私はずっとフェリオが側に居てくれたし、帰る方法も分からなかったから、帰りたいとは思わなかったけれど、もしもフェリオに出会えず、帰る方法が分かっていたなら・・・帰りたいって、思っただろうな。
「それにシーナちゃんの、なんだったかしらアレ。マイナーポーション?のお陰で女の子達も回復したし、それを見届けられたから、もういいのよ」
「マイナポーションだからね」
女の子達と言うのは誘拐され、魂源を奪われた子達の事だ。
私の差し入れで少しずつ回復していた彼女達は、サラさんの為に作ったのと同じ、マイナポーションを個別に錬成して飲ませてみたところ、劇的に回復したのだ。
ちなみに、マイナポーションって言うのはマイ・マナ・ポーションの略で咄嗟に私が命名してしまった、これまた微妙な顔をされるネーミングセンスな魔法薬。間違っても個人を特定する番号でも、それで貯まるポイントでもない。
その人の一部を素材にする事でその人に合った魔力を回復することが出来るから、マナポーションみたいに魂源で魔力を変換する必要が無くて、魂源の疲弊にも効果があり、回復効率も上がっている。
「そうそう。マイナポーション!あれって凄いわぁ。ほんと、シーナちゃんって聖女様よねぇ」
「いえ、違いますよ!?」
「そうだよ、姫は聖女様じゃ無くて僕の姫だからね」
「ナイルはちょっと黙ってて」
「えー、酷いなぁ」
「ふふ、シーナちゃんは聖女様でみんなのお姫様なのよね」
「まぁ、王子がいなきゃ姫にも聖女にもなれないけどな」
いやいや、真面目な話の流れからどうしてこうなった?
どうして皆して私を見てニマニマするの?
違うからね?聖女なんかじゃ無いからね?
っていうかフェリオさん?なんか微妙にバレバレな気がしないでも無いけど、錬水の条件は極秘事項なのよ?際どい発言は控えて頂きたいのだけど!
「フフッ。それにワタシは元々、妖精界からのんびりこっちの世界を眺めてる方が好きだったの。シーナちゃんが居れば、いつでもこっちの様子を見られそうだもの」
「え?それってどういう―――」
「フフフッそれは妖精達だけの秘密。あぁ、話し込んじゃったわね。子供達が戻ってくると、また寂しくなっちゃうから―――」
サラさんはフフフッと笑うとそんな風に呟いて――――その身体からキラキラと紅い光を放ち始める。
その姿にいち早く反応したのは、マリアさんだった。
ガタンッと椅子が倒れる音がして、マリアさんが立ち上がる。
「マリアちゃん、思い出させちゃったわね。ごめんなさい」
「大丈夫・・・でも、お願いがあるの。ラクスに、あの人のパートナーだった鷹の姿をした妖精に会ったら、みんな元気よって伝えて欲しいの」
「えぇ。もちろん伝えるわ。じゃあ、ね」
キラキラした光の粒子は、サラさんの姿を段々と曖昧にしていく。そして、フワッと光が満ちた次の瞬間にはその姿は完全に光の塊となり、最後にフワリと深紅の花弁を残して、消えた。
それはあまりにも突然で、私はただその光景を見つめる事しか出来なかった。
妖精は、こうやって帰っていくのね。
もしも、フェリオがあんな風に消えてしまったら・・・そんな嫌な想像が脳裏を過る。
マリアさんは、静かに泣いていた。
そうだ。マリアさんは一度、旦那さんの妖精がこうして消えるのを見ているんだ。
涙が、ボロボロと溢れ落ちた。
私も、泣いていた。
マリアさんの切なさと、私の不安。
全部がない交ぜになって涙が溢れて、二人して抱き合って泣いてしまった。
サラさんはこうなると分かっていたから、子供達が居ない時に帰っていったんだろうか。
暫く泣いた所で、フェリオのサラフワな頭が二人の間に割り込んできて、そこにタイミング良くナイルがお茶を淹れてくれて、至れり尽くせりで笑みが溢れた。
私には、フェリオがいる。
嫌な想像はいつでも脳裏を過るけど、それに囚われていては動けない。
今が大丈夫なんだから、それで良い。
それに私には、気遣ってくれる人がいる。
寂しいけれど、なんだか心が暖かくなる。そんな昼下がり。
町はまだまだざわめいて、落ち着きなく日々が過ぎ、私のこの穏やかな生活もそう長くは続かなかったけれど。




