波紋
―――ゴポゴポッゴポゴポゴポッッ―――
空中に、夥しい数の水塊が現れては、
―――バシュンッ―――ザァァァッ―――
盛大な水飛沫を飛ばしながら弾ける。
でもそれだけじゃ足りず、私の頭上には辺りを覆う程大きな水塊が、今にも弾けそうにフルフルと震えながら、更に大きさを増していく。
わぁ~!水族館の水中トンネルみたーい!なんて呑気な考えが一瞬だけ頭を過るけれど、現実逃避もそう長くは続かない。
「シーナ、落ち着け~。ほら、息を吸って~・・・吐いて~・・・」
フェリオの声に合わせて深呼吸を繰り返し、落ち着きを取り戻した風を装って、重い身体を起こす。
いや、だって・・・相変わらず私の周囲をグルッと動悸の原因達が取り囲み、ジッと私を覗き込んでるんだよ?そんなの落ち着けるわけが無い。
でも、頭上の巨大な水塊は今にも弾けそうで・・・これが弾けたら、膨大な量の水が一気に私達の上に降ってくる訳で。大洪水間違いなし。私はまた水に流され、水中に逆戻りだ。
「大丈夫。そのままそぉ~と、そぉ~っとだぞ?湖の真ん中まで、あの塊を移動できるか?」
フェリオの指示で、溢れる魔力をなんとか抑えつつ、頭上の水塊をどうにか穏便に湖に着水させようと試みる。
けれど一度乱れた感情を平静に戻すのは、なかなかに難しい。
どうにか頭上から湖の真ん中まで巨大水塊を移動させることには成功したものの、その間にも小さな水塊は絶え間なく弾け続けている。
加えて、いざ巨大水塊を湖へ着水させようとしているにも関わらず、周りの男達が意図せず邪魔をしてくる。
「シーナさん、すみません。アレはその・・・口付けでは・・・」
「じゃあ、シーナのハジメテは俺ダナ」
「コウガ!今はそんな事を言っている場合では」
ラインさんはフォローのつもりだったのだろう。でも、今は思い出させないで欲しい。
それにコウガ、得意気な顔でなんてことを!いつ私が初めてだなんて・・・・
あぁぁぁぁ!そうですよ!!
ファーストキスでしたよ。
34年間生きていて、初めてでしたよ!人工呼吸も!キッ・・・キスも!
もう!変なコト意識させないでよー!
巨大水塊が激しく波打つ。
せっかく湖に着水出来そうだったのに、このままでは物凄い勢いで爆散させてしまいそう。そうしたらカリバの町に大量の水が襲いかかり、水災害を引き起こしてしまう。
そんな想像をしたら益々心は乱れて、巨大水塊は湖の上で激しく波打ち、少しでも動かそうものなら一気に弾けてしまいそうで・・・。
もう・・・無理。この状況、どうすれば良いの。
今日は色々ありすぎて、既に限界を超えていた。頭はグルグルするし、涙が出そう。
もうどうすることも出来なくて、微動だにできず途方に暮れていた私の顔に、スッと影が落ちる。
―――チュッ。
唇の端、頬と唇の境目。
覚えのある感触。
「二人だけなんて、やっぱりズルいよね?」
片目を閉じ悪戯っぽい笑みを浮かべたナイルの、その最後の一押しによって更に膨れ上がった巨大水塊は、その表面が湖面に触れる程の大きさとなり―――
―――トプンッ・・・と大きな水冠を上げただけで、存外呆気なく湖へと吸い込まれるように消えていった。
高めの波が少し遅れてやって来て、桟橋に座り込んだままの私の足を濡らしたけれど、町にはそれほど被害は出ないだろう。
―――よかった・・・
対岸に寄せる波を呆然と見つめ、町の無事を見届けた後、再び瞼を閉じた私は、力の抜けた身体を支える数本の腕の中で、水中ですら手放せなかった意識を漸く手放すことに成功した。
けれど私が意識を手放している間にも、カリバの町ではこの出来事が波紋の様に広がっていく。
カリバの町で起きた大事件。
ゲートから現れた影魔獣。それにより、一瞬で失われた湖の水。それは、人々が絶望するには十分な出来事だった。
しかしその直後、減ったはずの水嵩が一瞬にして戻り、干上がっていた岩場にまで水が満ちたのだ。
夕焼け空に上がった花火の様に、キラキラと輝く水飛沫と、水で形作られた大きな冠。
人々の目に焼き付いたその光景の美しさは、聖女アメリアの偉業と重なり、奇跡として語り継がれる事となる。
そして多くの騎士達が、その現場を目撃していたことから、直後に箝口令を敷いたにも拘わらずジワジワと滲み出す水の様に、人々の口から口へ、聖女復活の噂が広まっていくことを、この時の私はまだ、知る由もない。




