〈ある冒険者の顛末
俺とゲルルフは片田舎の小さな村で生まれ育った。
そんな小さな村で、簡単な身体強化のみとはいえ唯一魔法を使うことが出来た俺は、広い世界に憧れ「冒険者」なんて肩書きで村を出た。
それにくっついて来たのが、二歳下で幼馴染みのゲルルフだった。
ゲルルフは昔から野心家で我が強く、村人との衝突が絶えなかっただけに、一緒に行くと言われたときも、「やっぱりか」と思ったものだ。
まぁ、そんなゲルルフでも俺にとっては数少ない幼馴染み。弟分だという気持ちもあり、一緒に村を出たんだが・・・
最初のうちは順調だった。
仲間も増え、狩りで収入を得てたまに魔獣討伐なんかの依頼を受けながら、様々な村や町を渡り歩き、大きな町にも、辺境の村にも足を伸ばした。
その日々は思い描いた「冒険者」としての華々しいものでは無かったが、俺は満足していた。
そんなある日、良心的で腕の良い錬金術師の噂を耳にして、俺は故郷を思い出した。
故郷の村には、毎年夏になると麻痺毒を持った蛾が多く発生する。なかなか強力な毒の持ち主で、誤って羽に触れただけで四肢に麻痺が残る事もある厄介者だ。
もし、少しでも多くの解麻痺薬があれば、被害も最小限で済むかも知れない。
その薬を持って久しぶりに帰郷するのも良いだろう。そう考えて向かったカリバの町で、あの女に出会ってしまった事が、俺達の間違いの始まりだったんだ。
カリバに辿り着いた俺は、噂の錬金術師がつい最近死んでしまった事を聞かされた。それから、代わりに王宮の錬金術師がやって来た事も。
王宮の錬金術師と聞いて尻込みしたものの、折角ここまで来て手ぶらでもつまらないと、意を決して訪ねた俺達にあの女・・・カロリーナ・スフォルツァは最初はとても優しく、大した怪我も無いのに疲れているだろう、と無償でポーションを振る舞ってくれた。
こんな良心的な錬金術師は初めて出会った!と感激したものだが、解麻痺薬を依頼した俺達に、あの女は困ったように嗤ったのだ。
今思えば、あの時から俺達はあの女に目を付けられていたんだろう。
それ以来、解麻痺薬の材料が無いからと素材採取の手伝いを頼まれるようになり、「ついでに」とちょっとしたお願いをされる事が増え、その度に何故かポーションを渡されては飲んでいた。
あの女はずっと何かの研究をしていたが、どうやらあまり成果は出ていない様だった。でもある時珍しく上機嫌で「あの方に新しい魔道具を頂いた。これで私の願いが叶う」と嬉しそうに語り、それからだろうか・・・お願いがエスカレートしたのは。
森で牙狼を狩り、町中に流通している魔結晶を買い漁り、あの女が欲しいと言ったものは何でも手に入れた。
時には牙狼を生け捕りにして森に繋ぎ、あの女に言われるがまま数日に一度、怪しげな黒紫の粉を混ぜた肉を与え続けた。
そんな頃だったろうか・・・彼女がカリバの町にやって来たのは。
あの女からは、彼女は王都で噂になっていた『影憑』だと教えられたが、実際に会った彼女はとても美しく、謙虚でいて芯の強い女性だった。
そして彼女の言葉通り、カリバの雑貨店で解麻痺薬を買うことができ、この町での目的は達成することが出来たのだが・・・この時の俺達は、徐々にエスカレートするあの女のお願いに怪我が増え、更にポーションを飲む機会が増えて、段々とポーション無しでは居られない様になっていたのだ。
更には正常な判断力を失い、お願いが「ちょっとした」では済まなくなり、「犯罪」と呼ばれる類いのものになったとしても、俺達はあの女の言いなりだった。
特にゲルルフはあの女に心酔し、俺を含めた"自分とあの女以外"の存在を拒絶するようになっていた。
そんな折り、町を出ていた彼女が戻って来た、と町の人達が嬉しそうに話すのを聞いた。
俺は何故か、彼女の事を考えると少しだけ理性を取り戻す事ができた。だからだろうか・・・気が付けば救いを求めるように、彼女が教えてくれた雑貨屋に足を向けていた。
そこで店主に強く勧められたのが、特別なマナポーション、なんと言ったか・・・確か、マメナポーション、だったか。
正直、なんだそれ?と思ったものだが、それを飲んだ瞬間に感じた、頭に掛かった靄が晴れていく様な爽快感が今でも忘れられない。
俺はそれを他の仲間にも飲ませようとしたが、激しく抵抗された挙げ句、ゲルルフに至ってはあの女に益々傾倒し、自ら怪しげな魔道具を身に付ける結果となってしまった。
その頃から、俺達は少女誘拐を指示されるようになり、ゲルルフを人質に取られた状況に迷いながらも逆らう事が出来ず、あの女の隙を窺いながら細々と邪魔をする事で、何とか自分の中の罪悪感を誤魔化していた。
そんな日々が続き、あの女の容貌が気味が悪いくらい若返り、町から子供の姿が消えると、ゲルルフ達は遂に『彼女』を誘拐して来た。
あの女が彼女を疎ましく思っているのは知っていたから、このままでは彼女の身が危険だと思った。彼女を守らなければ、と。
何とか逃がす方法は無いかと隙を窺い、彼女からあの女を引き離す事に成功し、ナイフを手渡した所までは、上手く行ったと思う。
実際、彼女はあの気味の悪い箱から逃れ、影魔獣の様子を窺っていたあの女の前に姿を現したのだから。
しかしその姿を認めた瞬間、俺は背後に迫っていたゲルルフに、絞め殺さんばかりの勢いで首に何かを巻き付けられ・・・気付いた時には、魔道具によってあの女の奴隷と化していた。
誰かに助けを求める事も、あの女以外を助ける事も出来なくなり、あの女の命令には絶対服従。そうしなければ、俺は死ぬ。
・・・怖かった。自分が死ぬことも、これからずっと罪を重ねて生きていくことも。
しかし絶望する俺をあの女は一瞥することも無く、ひたすら彼女を射殺さんばかりに睨め付け続けていた。
そんなあの女に、突如虚空から現れた黒ずくめの男が何やら囁きかけ、消える。
するとあの女は「魔石・・・あの魔石さえあれば、私は・・・」と、どこか壊れた様に呟き、「ゲルルフ、あの女を捕らえて」と指示を出すと、ユラリと動き出した。
そこからは、もうよく分からない。
あの女は禍々しいナニかに姿を変え、あの方と呼んでいた黒ずくめの男と消えた。
俺とゲルルフは、呪われた魔道具を着けられたまま、いとも容易く捨てられた。
それは、かつて自分達が鎖に繋いだ牙狼と同じだ。自由を奪われた上に最後は放置され、いずれ化け物へと姿を変える。
湖に落ちた彼女とゲルルフ。
彼女を追って飛び込む男達に続き、俺だけはゲルルフを助けてやろうと走り出し・・・喉元を襲う痛みと息苦しさに踞る。
これは、報いだ。
深い絶望と共に、意識が遠退く。
ただ、この時の俺はまだ知らない。
最後の足掻きへの報酬が、自分に待っている事を。




