新しい日常
ポーション錬成に成功してから数日、私は順調に錬金術師としての毎日を送っていた。
錬成できる魔法薬もポーション、解毒薬、解麻痺薬、と更にマナポーションの四つに増えた。
そう、マナポーション!小瓶一本弱の量だけど、マナポーションの錬成にも成功したのだ。もちろん効果を確認してすぐにマリアさんに飲んでもらって、体調もかなり良くなったと思う。
けれど、マナポーションの材料を集めるのは本当に大変だった、主に魔結晶が。
マナポーションの材料は、水・リコリスの根・グリーンミント・魔結晶の4つ。リコリスとグリーンミントはラペルが世話している花壇や菜園にもあったけれど、私に採取の知識を教える為と魔結晶を手に入れる為に、毎日三人で森へ出掛けた。
初めて森に出掛けたのは二日目の午後。
森に行くのに、庭に咲いた綺麗な薔薇の花を採りに行ったラペルを不思議に思いトルネに尋ねたら、盛大に溜息を吐かれたのが今でも少しショックだ。
「シーナねぇちゃん、しるべ草を持たずに森に行ったりするから、迷子になるんだぞ!」
フラメル家の三人にも、ラインさんと同じ説明をしてあるせいで、私は森で迷子になった事になっている。
そう言えば、フェリオが説明する時に「しるべ草」って言っていたっけ?
「しるべ草ってあの薔薇の事?」
「ホントに知らないの?しるべ草は境界の森に迷い込んだ時用に皆持って行くものだろ?」
どうやら世界レベルの常識みたいだけど、私はこの世界の人間じゃないんだもの。
助けを求めてフェリオを見ると、仕方ないなぁと言いたげな顔をする。
元はと言えばフェリオが教えてくれなかったのも悪いと思うのよ。教えてくれるって言ってたのに!
「境界の森は知っての通り、一度迷い込んだら何処に戻ってくるか分からない。でも、こっちの植物を持って入ると、その植物が生息している地域に戻って来る事ができるんだ。だから限られた地域にしか生息していない植物を総称して、しるべ草って言うんだよ」
「ちなみあの薔薇は父さんが知り合いに創ってもらった、世界でここにしか咲いてない薔薇なんだ。マリアローズっていうんだぞ」
マリアローズ、ベージュがかった白にピンクの縁取りの花弁がマリアさんっぽい。
ここにしか咲いていないから、確実に家に、マリアさんの所に帰って来れるって事なのね。なんだか素敵。
「とても綺麗な薔薇よね。すごく素敵。それに、しるべ草は確かに大事ね。境界の森に行く度に知らない場所に出るんじゃ大変だものね」
「オレはシーナねぇちゃんがしるべ草を知らなかった事が驚きだよ」
「・・・でっでもまぁ、そのお陰で今こうしてトルネと知り合えてる訳だし、いいじゃない。ね?」
ここはなんとか話を上手いこと纏めておこう。異世界から来たなんて説明出来ないしね。
「まぁ、それはそうだけど・・・」
ちょっと訝しむような視線を送るトルネに、内心ヒヤヒヤしながらニッコリと微笑んでおく。
「シーナお姉ちゃん、準備できたよ~!早く行こう♪」
するとタイミング良く戻ってきたラペルに急かされて、そのまま出発する事になった。
ラペルありがとう、お陰でなんとか誤魔化たよ。
森では、基本的に私とラペルが採取を行い、トルネが弓を使って牙狼を狩るという役割分担だ。
けれど私も一応大人の端くれ、十歳の子にばかり危険な事をさせられない!と、次の日からは予備の短弓を借りて戦力になれるよう頑張った・・・んだけど、牙狼への恐怖と生き物を射るという恐怖に足がすくんで、まともに当たらなかった。
それにトルネ曰く、最近この辺りの森は牙狼が減っているらしく、今までなら一日で五匹遭遇する事もあったという牙狼が、三日森へ通ってやっと五匹という成果だ。
まぁ、本来なら近くの森の狼が減るのはいい事なんだろうけど、市場でも魔結晶が不足している現状では諸手を挙げて喜べないのが現状みたい。
森には牙狼以外にも野生動物は生息してるけれど、材料として使用できるだけの魔結晶を持っている動物はいないらしい。マリアさんの病気も根本的な原因が分かっていない以上、魔結晶は1個でも多く欲しいところなんだけど・・・。
それでも、森での収穫は沢山あった。それこそ森でキノコや木の実、それにガスル野鶏という鳥の卵、魔法薬の材料になるダンドリオンやエフェドラという薬草。
それらを市場に卸したり、錬成した魔法薬を雑貨店に買い取ってもらったりしたお陰で、お金を稼ぐ事もできたし、なにより町に知り合いができた。
私が錬金術師だと知った雑貨店の店主は、魔結晶が入荷したら一番に教えてくれると言っていたし、市場に素材を卸しに来ていた狩人の青年も魔結晶を集めてくれると言っていた。
「私も少しは錬金術師らしくなってきたかな?」
ペタンッとホットケーキをひっくり返しながら、私は昨日までの成果を思い返して嬉しさを抑えきれずにニヤニヤとしてしまう。
だって、窓の外ではトルネとラペルが嬉しそうにマリアさんと洗濯物を干しているんだもの。
「シーナ、あんまりよそ見してるとフライパンの中身が焦げるぞ!オレも食べるんだから失敗なんてするなよ?」
ついつい気が逸れていた私を、定位置に決めたらしい肩の上からフェリオが注意する。
「フェリオはご飯食べなくても、私の魔力があれば大丈夫なんでしょう?」
驚いたことに、フェリオは私の魔力で生活しているらしい。とはいっても錬金術師とパートナーの妖精は傍にいるだけで魔力を共有できるから、魔力を与えたりとか、吸収されたりっていう感覚は全くない。
それなのに、フェリオは私達のご飯をいつも食べたがるのだ。まぁ、問題ないとはいえ、飲まず食わずっていうのも味気ないのかもしれないけど。
「いいじゃないか、妖精だって美味しいものは食べたいし、シーナが作る料理には少なからずシーナの魔力が入っているからな、ちゃんとオレの栄養として役立ってるんだぞ」
「そうなの?私は魔力を注いでるつもりは無いんだけど」
「シーナは本当に魔力を感じられないんだな。そんなだからいつまでたってもその魔導火釜を使いこなせないんだぞ」
人が気にしている事を!
そう、錬成も上手く出来るようになったし、こうして魔道具を扱う事も慣れてきた私なんだけど・・・未だに魔力を感じたり、調整したりって事が出来ないのだ。
今使っている魔導火釜もフライパンを熱源から遠ざけて火力を調整して、なんとか料理をしているくらいだ。
「むぅ。そんな事言うフェリオはやっぱり朝食なし!」
「なっ、そっ・・・そんな!シーナ、ごめん、オレが悪かった。だからそのホットケキってのオレにも食べさせてくれよ。な?な?」
ウニャーンっと猫の様な声を上げながら、頬にスリスリと頭を擦り付けるフェリオのあざとい仕草に、私はつい負けてしまう。だってやっぱり可愛いものは可愛いし。
「仕方ないなぁ。あと、ホットケキじゃなくて、ホットケーキね。あとはハチミツをかければ完成だから、みんなを呼んできて」
「わかった、すぐ呼んでくる!」
フェリオは目を輝かせ、ピョンッと肩から降りるとそのまま走って外への扉へ向かう。もしかして、自分が飛べることを忘れてるんじゃないかな?と、ちょっと心配。
フェリオの浮かれた後ろ姿を見る限り、なんだか凄く期待されてるみたいだけど、ホットケーキを作るのなんて久しぶりだし、みんな食べた事ないって言ってたから、口に合わなかったらどうしよう?
この世界の主食はイモと小麦らしく、パンやマッシュポテトをよく食べているけど、ホットケーキは無かったらしい。昨日ラペルにホットケーキの話をしたら食べたいと言っていたので、森で集めたガルス野鶏の卵と市場でハチミツと、あとオーロックスっていう動物のミルクも売っていたので試しに作ってみたのだ。本当はバターも欲しかったんだけど、なかなかに高価で買えなかった。
「シーナお姉ちゃん、今日の朝ごはんはなぁに?」
一番に飛び込んできたのは、フェリオを肩に乗せたラペルだった。フェリオがニヤニヤとしている所を見ると、ラペルが喜ぶ顔が見たくて一番に連れて来たんだろう。
「今日は・・・昨日話した、ホットケーキだよ」
私がホットケーキの乗ったお皿をラペルに見せると、眩しい笑顔を返してくれる。
「やったー!シーナお姉ちゃん、ありがとう」
フェリオと手を取り合ってクルクルと嬉しそうに躍るラペルに、私の頬も緩んでしまう。・・・あとは味を気に入ってもらえるといいんだけど。
「すごぉーい!甘くて、ふわふわで、おいしーい♪」
私の心配は、ラペルがホットケーキを一口食べた瞬間に解消された。
「ホントだ。こんなふわふわのパン初めて食べた」
「フライパンでこんな美味しいパンが焼けるなんて知らなかったわ。今度作り方を教えて貰わないと」
トルネもマリアさんも美味しそうに食べてくれる。
「レシピならいつでも教えますよ。ただ、本当はバターがあるともっと美味しいんですけど、今回は種油で代用してます」
私が言うと、トルネが不思議そうな顔をする。
「シーナねぇちゃん、ミルク買ってたよな?バターならミルクと塩があれば錬成で作れるぞ?」
「・・・・・・・・・え?錬金術って魔法薬とか魔法的なものを作るものでしょ?」
「錬金術はなんでも作れるよ?なんなら料理だって錬金術で作れるんだし」
――――――――――――トルネ先生、それ初耳です。
「まぁ魔力使うから、なんでもかんでもって訳にはいかないだろうけど。それにしても、シーナねぇちゃんって、本当に錬金術の事なんにも知らなかったのな」
今更ながらに感心するトルネに、私はガックリと肩を落とす。
「うん。ほんと、なんにも知らないの。フェリオもちゃんと教えてくれなかったし?」
八つ当たり気味に恨みがましい視線を向けると、器用に両手でホットケーキを持って食べていたフェリオが、ゴホッとむせる。
うん、思い当たる節があったのね。
これ以上フェリオに八つ当たりするのも可哀想だし、その反応で許してあげる。
「じゃあ、もしかして他にも出来ることってあったりするの?」
私が訊くと、フェリオが慌てて説明してくれる。
「色々あるぞ。例えば錬金術師なら解体袋無しでも分解出来るし、特殊効果を持った素材を別のモノに合成したりとか、新しい植物を創り出したり。魔力さえ有ればなんでも創り出せる」
「魔力さえあればって、それってどのくらい?」
なんでも創り出せるなら、もしかして錬金術だけで生きていけるんじゃ・・・。
「ん~それはオレにも分からん。実際やってみた事が無いからな」
「父さんは魔道具錬成には最低でも魔力が400は必要だって言ってたけど。だからそうそう新しい魔道具は錬成出来ないんだって」
魔力420の私はギリギリのライン。それじゃ流石にまだ魔道具は作れないかぁ。
「でも、お父さんも初めはどのくらい魔力が必要か分からなかったのよね?初めて錬成するのって怖くないのかな?」
「そりゃ怖いよ。でも、錬成してる最中に魔力が枯渇しそうになったら、そこで止めればいいだけだって父さんは笑ってた。失敗して材料無駄になるけどなって」
「なんていうか、豪快だね。でも、だからこそ新しいモノを創り出せたんだ」
私が感心していると、マリアさんが頬に手を当ててフウッと溜め息を吐く。
「本当はとても繊細な技術が必要な作業なのよ?あの人、何度も魔力欠乏で倒れたんだから。シーナちゃんは無理しないでね」
マリアさんの呆れの中に愛を感じる言い方が、仲の良い夫婦だったことを窺わせる。
「気を付けます。本当は早く魔法鞄が欲しいんですけどね」
悪戯っぽく肩をすくめて見せると、マリアさんにコラッ!と可愛らしく怒られてしまった。本当に美人は何をしても様になる。
マリアさん、今日は顔色も良いし体調も良さそうだな。マナポーションをもっと沢山錬成して、マリアさんがいつでも元気でいられる様にしないと!
「まあ、最初は地道に頑張ります・・・という訳で、今日も材料集めに行くぞー!」
私が右手を上に掲げると、トルネとラペルの元気な拳と、フェリオのピンクの肉球が、オーッ!と返事をしてくれる。
意気込んで出掛けた私達は、まず雑貨店に向かう。
昨日錬成した魔法薬を買い取って貰う為と、魔結晶が入荷しているか聞く為だ。
「おはようございます!」
「「ハリルおじさんおはよ~」」
「シーナちゃん!トルネとラペルも、おはよう。今日は早いね」
私達がお店に入ると、人の良さそうな垂れ目のお兄さんが出迎えてくれる。
トルネとラペルはおじさんと呼んでいるけれど、おそらく私(34歳)と同じかちょっと上くらいなんだよね。
・・・間接的に心が痛い。まぁ、今は推定18歳だから、大丈夫!うん、大丈夫。
「ハリルさん、今日はポーションと、解毒薬を持ってきたんですけど、買い取って貰えますか?」
マリアさんに借りた籠の中から小瓶を取り出すと、ハリルさんが嬉しそうに受け取ってくれる。
「助かるよ。王都から来た錬金術師様は殆ど魔法薬を卸してくれなくてな。品薄で困ってたんだ」
「あの女は平民の為には錬成しないんだってさ。期待したってムダだよ」
王都から来た錬金術師とは、スフォルツァさんの事だ。彼女は何やら研究が忙がしいからと、なかなか錬成の依頼を受けてくれないらしい。
「トルネは厳しいな。けど、あれでも一応宮廷錬金術師様だ、公衆の面前でそんな事言ったらダメだぞ?じゃあ、ポーションと解毒薬を3本ずつで、金貨1枚で買い取らせて貰うよ」
ハリルさんはトルネにそう釘を刺しつつ、手早く魔法薬を確認し、買取り額を提示してくれる。
「良いんですか?相場より少し高めですよね?」
相場だと下級ポーションの卸値は銅貨1枚、解毒薬が銅貨2枚。銅貨10枚で金貨1枚だから、銅貨1枚分、相場より高く買い取ってもらえるということだ。
「今は品薄だからな。それにシーナちゃんがウチのお得意様になってくれれば安いもんだろ?」
要するに、何か買って行けって事ね。
「わかりました。でも、今日はこれからラインさんの所に寄ってそのまま森へ行くので、帰りに寄らせて頂きます」
私がラインさんの名前を出すと、ハリルさんは分かりやすくガックリと肩を落とす。
「シーナちゃんもライン君がいいのか。やっぱり騎士であの顔だもんなぁ」
なんだか、物凄く誤解を受けている気がする。
「あの、ラインさんにはこの町に来たときにお世話になったので、お礼を渡しに行くだけですからね?」
「いいんだ!分かってるよ。ライン君は性格も良いからな、俺じゃ足元にも及ばないさ」
大袈裟に傷付いた風に語るアナタは、ご結婚されてましたよね?しかも、奥さんなかなかの美人でしたよね?
「そうよ、シーナお姉ちゃんにはラインお兄ちゃんくらいカッコイイ人でないとダメなの。だから、ハリルおじさんは諦めてね?」
冗談のつもりで言ったであろう台詞に、ラペルに真剣に返されて、ハリルさんが物凄く凹んだのは言うまでもない。
「ラペル、ハリルさんには美人の奥さんがいるんだから私なんかに余所見しないよ。ね?ハリルさん?」
なんとか励まそうとニッコリ微笑むと、ハリルさんは更にガクッと肩を落としてしまう。
「オジサンはシーナちゃんが心配だ」
なんで?私、何か悪いこと言ったかな?
「オレも、シーナねぇちゃんが心配だ」
トルネにまでそんな風に言われて、訳が分からずトルネとハリルさんの顔を交互に見ると、ハァァァと深い溜め息を吐かれてしまった。
――――――なんで???
「シーナちゃん、とにかく知らない男の人に無暗に優しくしたり、そんな風ににっこり笑顔を向けたらダメだよ?・・・まぁ、ライン君がいれば大丈夫かもしれないけど、彼はずっと町にいる訳ではないからね」
なぜそこにラインさんが?それに、優しくしてもらっているのは私の方で、恩返しをするのは当たり前だし、親切にされたら笑顔で返すのが当たり前だよね?
「優しくなんて・・・逆に私が皆さんに優しくしてもらってばかりで、申し訳ないくらいなのに。それにしても、この町の人って皆さん親切ですよね」
私がそう答えると、ハリルさんは片手で目を覆って天を仰ぐ。
「シーナねぇちゃん、自覚無さすぎ」
トルネもそう言ってフウゥゥとまた溜息を吐いている。よく分からないけど、呆れられてしまったらしい。
「それがシーナちゃんの良い所ではあるんだけどねぇ。やっぱりオジサン心配だなぁ」
「もう、なんなんですかさっきから。私は子供じゃないんで大丈夫です!じゃあ、また後で寄りますから、魔結晶が入荷したら取り置きお願いしますね」
なんだか居たたまれない雰囲気を無理やり断ち切って、私はハリルさんのお店を後にする。去り際「魔結晶は任せとけ。シーナちゃんの為だからな」と手を振るハリルさんにペコッとお辞儀をしながら、なんだかんだ良い人だよね、と感心してしまう。
それから私達はラインさんがいるであろう、騎士の詰所へ向かった。
ラインさんの勤める騎士団の拠点はどうやらもっと大きな町に在るらしく、この町にずっと居るわけではないので、会うのはこの世界に来た日以来だ。
詰所の一階を覗くとそこには鎧を身に纏った数人の騎士達がいて、出入り口付近の椅子に座っていた一人が私に気付き、ラインさんいる部屋まで案内してくれて、「ありがとうございます」とお礼を言うと、彼も嬉しそうに「またいつでも来てください」と言って去って行った。
扉の無い部屋の入り口から覗くと、そこにはラインさんの外にもう二人、髭を生やした如何にもといった感じの騎士と、赤茶色の短髪が勇ましい20代半ばの騎士、更に魔結晶を集めてくれると言っていた狩人の青年もいた。しかも何やら4人とも難しい顔をしている。
「失礼します・・・お邪魔でしたか?」
重苦しい雰囲気に遠慮がちに声を掛けると、顔を上げた彼等が一様に顔を緩める。ラインさん以外の騎士さんとは初対面だったはずだけど?あぁ、トルネとラペルが居るからか。
「シーナさん!トルネとラペルも。お久しぶりです」
「ラインさん、お久しぶりです。クイルさんもこんにちは」
狩人のクイルさんと、他の騎士2人にもペコリと頭を下げると、ラインさんが部屋に入るよう促してくれた。
「私から頼ってくれと言っておきながら、何日も町を離れてしまって申し訳ありませんでした。何か問題が?」
「いえ、ラインさんが町に居ると聞いたので、先日のお礼も兼ねて、挨拶に―――」
「ラインお兄ちゃん!シーナお姉ちゃんね、スゴいんだよ!お薬作ると増えるの!増えるのにスゴいの!」
私が言い終える前に、ラペルが嬉しそうにラインさんに駆け寄る。
「増えるのに凄い??」
けれど、如何せん言葉足らずな為に上手く伝わらず、髭の騎士が首を捻っている。
それでも、ラインさんは優しくラペルの頭を撫でて、うんうん、と訊いてあげている。
その横ではやっぱり顔見知りだったらしいトルネが、他の騎士達にも説明していた。
「それは、シーナさんが魔法薬を錬成すると、質の良い薬が通常よりも多く錬成出来るってことかい?」
ラペルの説明を訊いていたラインさんが、驚いたように私を見る。
いや、ラペルのあの説明でそこまで理解出来るラインさんの方が私は驚きです。
「原因は分かりませんが、そう・・・みたいです」
本当は内緒にしておきたかったんだけど、この二人に口止めするのは無理よねやっぱり。
初めてポーションを錬成した時、通常よりも効果の高いものが多くの出来たのは境界の森の特殊効果だと思っていたけれど、どうやらそうでは無かったようで、その後森で調達した材料で錬成した薬にも同じ現象が起こったのだ。
これで異世界人だってバレたらどうしよう?そうじゃなくても怪しい奴だって思われるかもしれない。
「シーナさん・・・」
ラペルの背に合わせて膝を折っていたラインさんが立ち上り、私の方へ歩み寄ってくる。
その顔からは笑顔が消え、真剣な眼差しだ。
どうしよう、異常な奴だって思われた。トルネやラペルがそこまで気にしてなかったから、他の人も大丈夫かも、なんて甘い考えだった。
他と違うのは"罪"。嫌と言うほど分かってたのに・・・。
「ごめ―――」
「貴女がこの町に、いや、この国に来てくださった奇跡に感謝しなければなりませんね」
ごめんなさい、すぐに町を出ます。そう言おうとした私の言葉は、ラインさんの思いがけない言葉によって遮れらた。
「―――――――――え?」
―――奇跡?――――――感謝?―――――――――それって・・・疎まれて、無い?
「―――ッッッ!申し訳ありません。この国に来たのは貴女の意思では無いというのに、無神経な事を・・・そんな辛そうな顔をさせてしまうなんて・・・」
私はどうやら疎外される恐怖と不安で、随分酷い顔をしていたみたい。しかも予想外の言葉に驚いて暫らく呆然としていたから、ラインさんに誤解を与えてしまったらしく、彼の方が辛そうな顔をしている。
「いえ、違うんです!どこの誰かも分からない、得体の知れない私がこんな風に受け入れて貰えるなんて思ってもみなくて。他の人と違うなら、尚更疎まれてしまうかもしれないって思っていたんです。だから・・・ラインさんに出会えて、この町に来られた事は私にとってとても幸運でした。ほんとうにありがとうございます」
ジワリと涙が込み上げてくるけれど、これは嬉し涙だ。
こので町なら、私もありのままの自分でいてもいいんだろうか?
「シーナさん――――――こちらこそ、ありがとうございます。貴女のような稀有な才能を持った錬金術師でしたら、どこに行っても疎ましく思う者などいませんよ。それに、なんといっても既にこの町の人気者のようですから」
ラインさんでもそんな軽い冗談を言うのね。でも、私を気遣ってわざと明るくそう言ってくれたんだと分かる。
「確かに、町の皆さんは私にもとても良くしてくれます。本当に皆さん親切な方ばかりで、いい町ですよね」
私が言うと、ラインさんは何故か苦笑し、狩人のクイルさんがガクッと肩を落とした所を、訳知り顔の短髪の騎士が慰めるようにその肩をポンッと叩く。
―――――――――?
「あっ!そうだ。今日はラインさんにお礼を持って来たんです」
良く分からない空気に疑問を覚えながらも、私は今日の目的を思い出し、籠の中に残っていた小瓶を、全て近くにあったテーブルの上に出す。
ポーションが3本と解毒薬2本、あと解麻痺薬も2本。
「これ、トルネとラペルに手伝ってもらいながら、私が錬成した魔法薬です。ラインさんに使って頂ければと思って持って来たんです」
テーブルに並ぶ小瓶に、ラインさんが驚いた顔をする。
「こんなに沢山・・・しかし―――」
「頂けません、なんて言わないでくださいね?ちゃんとお礼させてくれるって言いましたよね?」
ラインさんの言葉を遮って、私は言い募る。今は魔法薬でしか恩返しが出来ないから、受け取って貰わないと困る。
私が控えめにラインさんの顔を窺うと、彼と目が合ってしまった。今までなるべく人と目を合わせないよう生きてきた私にとって、なかなかの試練だ。
けれど、ここで目を逸らしたら押し負けてしまいそうで、じっとラインさんを見上げる。
「――――――その顔は反則です」
すると、ラインさんの方が先に視線を外し、困ったように口元を押さえて何事が呟いたけれど、それは聞き取れなかった。
「分かりました、魔法薬は騎士の務めには欠かせませんし、有難く使わせて頂きます」
けれど、気を取り直したかの様に私に向き直ると、そう言って素敵な笑顔を返してくれた。
「あっ、でも、それはまだ洋服の、シャツのお礼なので、これで終わりじゃないですからね?」
「―――――――――えッ!?」
付け加える様に私が言うと、ラインさんは持っていた小瓶を取り落としそうになった。その姿が穏やかな彼らしくなくて、なんだか可愛い。
フフッと笑っていると、髭の騎士が思わずっといった感じでプッと吹き出した。
「ライン様もその様なお顔をなさるのですね。初めて見ました」
「シーナさんには敵いませんね」
ラインさんの一言で、その場にいた人達がみんな笑い声を上げた。
なんとも和やかで平和な光景だよね。