ピースサイン
「・・・・・・ん~」
フィアちゃん達の為の新しい魔法薬と美味しいおやつに使えそうな素材を探して、私はスマホの魔法鞄の中身を眺める。
改めて見ると、思っていた以上に様々な物が入っていて、ここでの生活の長さを感じさせた。
最初に境界の森で採取した物に、カリバの町で買った物や、周辺の森で採取した物、それにナガルジュナやサパタに行って手にいれた物・・・。
「うん。一度整理した方が良さそう・・・」
スマホ機能で検索や並び替えは出来ても、目的の物が決まっていないこの状況では、それも余り役に立たない。
こうなったら、今まで避けて通っていたあの機能を使うしかない。
それは――――――フォルダ分け機能。
これは私が苦手とする分野だ。
実は私・・・昔から掃除は出来ても片付けが苦手なのだ。
本を本棚に仕舞うにしても、分類を細分化し過ぎて結果纏まらなかったり、どこに何を仕舞ったのか分からなくなったり・・・。
適度に大雑把で、分かりやすく、使いやすい。それが出来れば苦労はないけれど、変な所で凝り性が出てしまって、なかなか上手く行った試しは無い。
だから開始早々、獣の肉は『食材』にするべきか、『獣の素材』として分類すべきかで悩んでいる訳で・・・。
「うぅ~ん。ホントに苦手だぁ」
「何をそんなに悩んでるんだ?」
机に突っ伏した私の頭に、フェリオがトンッと飛び乗ってくる。
「・・・うん。ちょっと整理整頓をね」
ムクリと顔だけ上げた私の頭から、肩へと移ったフェリオにスマホの画面を見せながら、フォルダ分けをしたい事を説明すれば、キョトンとした真ん丸の眼でフェリオが首を傾げる。
「そんなの、使う時の事考えて分けたら良いんじゃないか?」
さも当たり前だと言いたげなフェリオに、私はショックを受ける。
「え・・・そんな感じ?」
「そりゃそうだろ。いざ使う時って時に、別々の所にあったら面倒臭くないか?」
――――――――確かに。
取り出すだけならイメージするだけだから問題無いけど、今回みたいに材料を見て作るものを考えたりするにはその方が分かりやすい。
日々の献立だって、冷蔵庫にあるものを見て考えるものだ。
でも何故だろう。掃除はおろか片付けさえした事の無いフェリオに言われると、妙に悔しい。しかも「何を当たり前の事を」みたいな感じだったし。
「――――――うん。やっぱりそれが一番だよね」
咄嗟に自分も考えてました~的な言い回しになってしまったのは、許して欲しい。私の小さなプライドなのよ。
まぁ、そんな私の埃程のプライドはさておき、フェリオの言う通りに作業を進めていた私は、ある物の仕分で少し悩む。
それは、私がこの世界に来た時に持っていた・・・と言うか、胸に挟まっていたあの大きな鱗だ。
スマホの説明には――――
『逡ー逡檎・槭?魍』
??????????
???????????
となっていて、明らかに文字化けしていて正体不明だったのだ。
正体不明。何なのかすら分からない物をどう仕分れば良いのか。
まぁでも、ここに来た時に持っていた物だし、『地球の物』でいいかな?このフォルダは、私がここに来た時に持っていたバッグや服なんかを入れてある。使い所が限られる物ばかりだから、丁度良いだろう。うん、うん。
自分の決断力の早さに納得しながら、更にサクサクと作業を進めていた私は、苦い思い出の品に今度こそ指を止める。
『ミストドラン草』
境界の森に咲くと云われる伝説の花
幾重にも重なる薄透明の葉と花弁が、ドラゴンの鱗に似ていることからこの名がついた、と云われている。
この花が開花する際に発生する霧には、空間を歪め、繋げる効果があると推測される。
そう。境界の森で見つけたあの白い可愛らしい花だ。
あの時はフェリオが居なくて出来なかったけれど、私はカリバに戻った後、この花を使って何時でも境界の森へ行ける魔道具を創ろうとしたのだが・・・。
結果は失敗。
軟膏ポーション以後は失敗なんてしなかったし、軟膏ポーションでさえ“形”にはなったと言うのに、その時は素材全てが跡形もなく消失してしまったのだ。
しかも魔力消費が尋常じゃ無くて、スマホを作る時以上の魔力を注ぎ続けた結果、フェリオが倒れてしまった事もかなり堪えた。
幸い車酔いのような状態になっただけで、すぐに回復したとは言え、フェリオのあのぐったりした姿はもう二度と見たく無い。
「あぁ、何かと思えばソレか。あの時は失敗したけど、シーナのイメージを固めるいい素材があれば、今度は成功するんじゃないか?」
指を止めた私に、フェリオは画面を覗き込んでその理由を悟ったのか、そんな風に励ましてくれる。
「そうかな?」
「もちろん。まぁ次やる時は加減してくれよ?魔力を注ぐのは20秒までだ」
猫の手で器用に爪を二本伸ばしてピースサインをするフェリオに、私は思わず笑ってしまう。
うん。私のパートナーは本当に良くできた良い妖精だ。ほんと・・・敵わない。
「わかった、20秒ね!」
私もフェリオに応える様に二本の指をフェリオに向け、ニッと笑う。
この世界にピースサインなんて文化は無いだろうから、きっと伝わらないはずなのに何故だかフェリオも嬉しそうで、二人して笑い合う。
それは、これから起こる事など微塵も感じさせない、穏やかな午後の一時だった。




