〈ある女の怨嗟の滴
―――ガチャンッ!!
「許さない。あの女、どこまでも私を馬鹿にして!!」
バンッと乱暴に扉を開け、豪奢な調度品や高そうな家具が並ぶ部屋へと入って来た女は、枯れた薔薇の飾られた花瓶を薙ぎ倒しながら甲高い声を上げる。
良く見れば、その室内には様々な物が散乱し、ソファに張られた布地は切り裂かれ、強盗にでも襲われたかのような有り様だ。
「―――様、その様に暴れては怪我をしてしまいます」
女に付き従っていた男が、おどおどと控えめに声を掛けるが、その男の、先ほどあの女が連れていた褐色肌の男よりも数段劣る容姿に、女は更に苛立ちを募らせる。
「だったら早く、次の素材を連れてらっしゃいッ!!」
「しかしッ・・・最近では警戒され、子供は家から出なくなり、騎士の目も厳しくなって居るのです。そう簡単には―――」
「煩いわねッ!外に居なければ家に押し入って拐いなさい!騎士が怖いなら、隣の町へでも行って連れて来なさいよ!この役立たず!!」
女が男をギッと睨み付け、手近にあった燭台を投げつければ、燭台が掠めた男の腕からは赤い染みが広がり、男の顔には恐怖が浮かぶ。
すると女はその表情を一変させ、その青っぽいグレーの瞳を潤ませると、男の腕にスルリと自分の腕を絡ませる。
「・・・あぁ、悪かったわ。怪我をさせるつもりなんて無かったの。さぁ、これを飲んで?」
女が取り出した小瓶の中身を飲み干した男の怪我はみるみる内に消えていき、それと同時に男の顔に浮かんでいた恐怖は掻き消え、その眼には陶然とした濁った光だけが残る。
「どう?」
「あぁ・・・やはり、貴女の薬は最高です。堪らない・・・」
「ウフフ、そうでしょう。私が一番なの。私が一番でないとならないの。その為には、まだまだ足りないのよ」
女が男の頬に手を這わせ、艶かしい上目遣いで懇願するようにそう告げれば、男は言葉もなく頷き、膝を折る。
「だから、ね?早く、私の為に素材を集めに行きなさい」
「仰せのままに・・・」
男は一度深く頭を垂れると、緩慢な動きでフラフラと部屋を後にする。その間も終始ブツブツと女の命令を復唱する様は、明らかに常軌を逸していた。
しかし女は、そんな男の様子には一切興味がないと言わんばかりに、去っていく男を一瞥する事も無く部屋の奥へと向かった。
鍵の掛かった扉の先、窓の無い薄暗い部屋の中央には、人一人が横たわれそうな黒い長方形の箱。
その箱に腰掛けた女は、上面にうっすらと浮かび上がる怪しげな模様を辿り、そこに嵌め込まれた黒紫の石に触れる。
「これももうダメね。新しいのが来たら棄てましょう」
女は、嵌め込まれた黒紫の石を取り出すと、大きく開いたドレスの胸元を更に押し下げると、その胸元に埋め込まれた同じ黒紫の石と触れ合わせる。
「う゛ッぅぅ・・・ッはぁぁ・・・」
石同士はゆっくりと融け合いやがて胸元の石と一つになり、一瞬苦し気に眉を顰めた女は、その様子を見て満足げに嗤った。
そしてそのままゆっくりと立ち上がると、壁に掛けられた大きな鏡の前に立つ。
「・・・まだ、まだ足りない。もっと、もっと・・・あの女よりも、もっと・・・」
女は、田舎貴族の二女として生まれた。
その青を帯びた眼の色に、両親は彼女を大層可愛がり、彼女の為に妖精花を探し回り、高額なそれを手に入れては女に与えた。
そんな環境で育った少女は、高慢で傲りに満ちた女へと成長し、錬金術師となり宮廷へ上がった時も、自分が一番優遇されるべきと疑いもせず、誰もが自分に媚び諂い思い通りの人生を歩めると信じていた。
しかし、錬金術師としての女の実力は、宮廷錬金術師としては然程高く無く、その仕事は女の自尊心を満足させるものでは無かった。
とは言え女は、錬金術師という職に誇りも、未練も無かった。ただ王宮で、自分に釣り合う男を探していた。
事実、女には伯爵家から数え切れない程の縁談が来てはいたのだが、女はそれに満足しなかった。
伯爵は論外、侯爵ではいまいち、公爵か、王族に連なる身分の嫡子。自分にはそれだけの価値がある。そう信じていた。
しかし、女の望む程の縁は終ぞ訪れず、気が付けば人より長い生を持つ女でさえ、老いを感じさせる年齢を向かえ、社交界でも“年増”“行き遅れ”と陰口を囁かれる様になると、女は禁忌のレシピの研究に没頭するようになる。
――――――若返り。そして不老。
大昔、偉大なる錬金術師が残したレシピ。
必要な魔力が膨大過ぎ再現不可能であり、使用する素材から禁忌とされた、そのレシピを。
「・・・私は誰よりも価値ある存在・・・もっと、もっと、もっともっともっと・・求められるはずだわ。そうよ、私があの女よりも若ければ・・・」
研究の為に恐ろしい実験を繰り返した結果、王都を追放された女は、そこで自分に見合う男に出逢った。
「あの方だってきっと、私を選んで下さるわ。でも・・・あの女は・・・邪魔・・・」
―――許さない。私を馬鹿にして、見下している、あの女。
自分よりも若く、容姿端麗な男を侍らせるあの女が、憎くて憎くて堪らない。
―――何故、あの女ばかり・・・。
自分よりも劣るはずのあの女が、貴族でもないあの女が、人々からの称賛も、あの方の関心も、一身に受ける事が気に入らない。
―――消えろ、消えろ、消えろ消えろ消えろ!!
バリンッ!!
「・・・やっぱり、次はあの女ね。あの女の魂源は、欠片も残さず奪い尽くしてやるわ・・・フフフッ・・・フフフフ・・・」
鏡に叩きつけた掌から滴る血が、そこに映る女の頬に重なり伝う。
血の涙を流し嗤う女の顔は・・・ひび割れて酷く歪んでいた。




