ながら歩きは危険
「帰ったらぷりん、作るんだろうな?」
美味しい物を食べさせるという当面の目的が決まり、フィアちゃんの家を後にした私は、未だフェリオにジト目で睨まれていた。
「うん。元々作る予定だったし、被害に遭った他の子達にも届けたいしね」
そう。被害に遭ったのはフィアちゃんだけでは無い。フィアちゃんの状態が一番深刻だというだけで、他の子達も似たような状態なのだ。
「それって、今度こそオレの分もあるんだよな?」
目の前でお預けされた事が相当ショックだったのか、ウルウルと眼を潤ませたフェリオの必死さに、フィアちゃんの家で味見くらいさせてあげれば良かったかな、とちょっと申し訳ない気持ちになる。
「もちろん。でも、材料買い足さないと――――」
「その事なのですが・・・」
「え?―――ぉッぷ!!」
卵とミルクの量を確認しようとスマホを見ながら歩いていた私は、先を歩いていたラインさんが足を止め振り向いた事に気が付かず、そのまま激突してしまう。
咄嗟にラインさんが受け止めてくれたお陰でそれほど衝撃は無かったものの、慌てて上を向いた先には驚くほど近くにラインさんの顔があって、心配そうにこちらを見下ろしている。
―――マズイッ!!
イケメンのアップとその腕の中という状況。今にも魔力が弾けてしまいそうになったその瞬間、グイッと後ろから突然肩を引かれ、その驚きに上書きされたお陰で、錬水の衝動は何とか雨を降らす一歩手前で霧散した。
危ない。また雨ザァァァってなる所だった。
それにしても突然何だろう?と後ろを振り向けば、私の肩に手を置いたナイルが、とても良い笑顔でラインさんと対峙していて、二人のイケメンに挟まれた形の私の状況は、寧ろ悪化したとも言える。
「ライン君。突然止まったら危ないでしょ。姫も、前見て歩かなきゃ危ないよ?」
「・・・すみません。シーナさん、怪我は無いですか?」
二人のイケメンに至近距離で見下ろされている状況に、私はウグッと喉を詰まらせる。
「いえ、私が前を見てなかった所為なので。怪我とか、ホントに全然大丈夫ですから・・・」
―――少し離れて貰っていいですかー!!
折角去ったはずの衝動が、勢いを増してブワワッと溢れてくるのが分かる。一度堰き止められた所為か、その勢いを止める術など有るはずもなく・・・。
―――――――ザァァァァァァ・・・
「おっと。今日はよく雨が降るね」
「きっとすぐに止みますから、あの店の軒下をお借りしましょう」
本日二度目の雨にも、二人は慌てること無くさっさと雨宿りを始めてしまう。
私はと言えば、堪えきれなかった自分に心の中でガックリと肩を落とす。
ちょっとスマホを見ていただけなのに、どうしてこうなった?
―――歩きスマホ。ダメ、絶対!
「今のはどっちだろうね」
「オレの見立てでは、ライン七割、ナイルが三割、だな」
「えぇ。僕三割だけ?」
「そりゃ、あの状況だからな。案外ラインも張り合ってたしな」
「ゴホッ・・・そんな事より」
私は新たな決意を胸に刻むのに忙しく、ナイルとフェリオの会話を聞き流していたのだけれど、ラインさんの咳払いでそちらに意識を向ける。
「先程のプリン、でしたか。あれを被害に遭った子供達の為に作るのであれば、材料は騎士団で用意させてください。・・・あ、いや、寧ろ出来上がった物を騎士団で買い取ります。材料費に錬成の手間賃を上乗せして請求してください」
ラインさんにしてみれば被害者のケアも騎士団で行うべき事なのだろう。でも、プリンの効果といってもほんの微々たるもので、魔法薬とは到底言えない代物な上、私なら魔力は無尽蔵に湧き出しているから、手間賃という程の手間でもない。
「いえ、何か効果があった訳でも無いですし、私が勝手にやっている事ですから」
騎士団からの依頼という訳でもなく、自分から始めた事に、対価を要求するのは気が引ける。
「しかし、先程のあの子。魂源は戻らなかったのかも知れませんが、表情はとても柔らかくなっていましたよね?母親もとても喜んでいた」
「うん。姫のプリンは、確かにあの子を元気にしてた」
「材料費くらい貰ってやらないと、騎士団も顔が立たないだろう?」
ラインさんのみならず、ナイルやフェリオにまでそう諭されて、私は「じゃあ・・・」と頷く。
なにより、フィアちゃんの家を訪れた時の教訓も有ることだし、騎士団が間に入ってくれれば、他の子の家でも信頼を得られ易いだろうから。
「材料を集めるのに苦労するかもしれないので、そこはお願いします。あッ!それと、これはお願いなのですが、何か良さそうな素材・・・例えば、色の鮮やかな野菜とか、この辺りで手に入りにくい物があれば教えて欲しいんですが」
そうだ、そうだ。折角なら色んな素材を集めて、もっといい魔法薬の研究もしよう。
ついでに緑黄色野菜があったらいいな。栄養面、特にビタミンは大事だから、充実させたいし。
さっきまで遠慮していた癖に、一気に図々しくなってしまう辺り、やっぱり私はオバサンかもしれない。
「もちろん、新しい素材探しにも協力させて頂きます」
「ありがとうございます!」
騎士団になら色んな物が集まって来そうだし、この辺りに無い物も手に入りそうだよね。期待させて頂きます!
「被害に遭った子供達には、少しでも笑顔を取り戻して欲しいですからね」
そう言って穏やかに微笑むラインさんは、どこからどう見ても、非の打ち所の無いヒーローだった。
―――うわぁ、爽やかイケメン全開。
不謹慎にも一瞬そんな事を考えてしまった私は、真面目な話で頭を切り替える。
「そうですね。後は犯人が早く捕まると良いんですけど・・・」
「そうだねぇ。あの子が元気になっても、犯人が捕まらなきゃ安心して外も出られないよね」
「そうだな。でも、あの子供の様子を考えると・・・犯人の目的の目星はついたんじゃないか?」
不安を口にした私とナイルに、フェリオが何でもない事の様にそう口にする。
「犯人の目的と言うと・・・やはり魂源が薄れていたのが?」
「だろうな。魂源を奪う、それが今回の目的だろう」
ラインさんの問い掛けに、フェリオが頷く。
「そうなると・・・そんな事が出来る存在なんて、限られるよね」
「・・・影憑だよね、やっぱり」
「まぁ、あの影憑とは限らないけどな」
「他にもいると?」
「可能性の話だ。ナガルジュナの司祭や、サパタの村長みたいになってる奴が居るのかもしれないぞ?」
「なら私が、この町に魂源が影の魔力に浸食された人が居ないか視てみるよ!」
私が意気込んでそう宣言すれば、『無茶はしないように!』と、全員から釘を刺されてしまった。納得いかない。
「さて!雨も上がった事だし、また降らない内に早く帰ろうぜ。ぷりんがオレを待っている!」
そう言いながらフワッと飛んでクルリと宙返ったフェリオを追って視線を上げれば、いつの間にか雨はすっかり上がったらしく、雨宿りしていた店の軒下には、雨粒がキラキラと陽の光を反射して煌めいている。
よし!無茶はしないけど、やっちゃ駄目とは言われなかったしね。騎士団には定期的に行くことになりそうだし、そのついでに町の中をチェックするくらいは大丈夫だろう。
事件解決に向けて一歩前進した気になっていたこの時の私は、まさか自分が狙われているなんて思いもよらなかった。




