表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
シーナの錬金レシピ  作者: 天ノ穂あかり
レシピ4
103/264

薄れた命

 ラインさんに案内されてやって来たのは、カリバでは一般的な民家だった。

 こんにちは、と声を掛けて暫くしてから玄関扉を開けてくれたのは、被害に遭った子の母親と思しき女性。


「どちら様ですか?」

「あの、えっと・・・」


 こちらを怪訝そうに見つめ、不信感も(あらわ)なその表情にたじろいで言葉を詰まらせた私の代わりに、ラインさんが用件を伝えてくれる。


「こんにちは。突然伺って申し訳無い。私は王国騎士団所属のラインヴァルトといいます。今日はフィアさんの様子を窺いに来たのですが、よろしいでしょうか?」


 ラインさん(騎士)の存在に気付いた途端、女性の表情は柔らかくなり、快く私達を家の中へと招き入れてくれる。

 

 失念していたけれど、見ず知らずの人間がいきなり訪ねてきて来て、事件に遭ったばかりの娘に会わせて欲しいと言った所で、会わせてくれるはずも無い。

 キナンさんの配慮と、同行してくれたラインさんには感謝しかない。


「フィアは・・・娘は、どうなるのでしょう?食事もほとんど食べず、目に見えて痩せ細って・・・このままじゃ・・・」


 私達が家に入ると、それまで気丈に振る舞っていたのだろう、肩を震わせた母親の眼が不安に揺れる。疲れきったその眼の下には深く濃い隈が刻まれていて、その苦悩を表していた。


「騎士団でも全力で犯人確保に努めています。そして今日は・・・錬金術師であるこちらのシーナさんと、シーナさんの護衛のナイル殿をお連れしました」


 ラインさんに紹介され、ナイルは「こんにちは」と軽く笑顔で応えていたけれど、私はなんだか緊張しながら挨拶をする。


「シーナと言います。錬金術師としてはまだまだ未熟ですが、今日は何かお役に立てる事があればと思い、伺わせて頂きました」

「・・・・錬金術師、様?でも、うちにはそんなお金・・・」


 錬金術師という単語に母親の顔が曇る。カリバでも錬金術師に対する認識はまだまだ芳しくない。


「大丈夫ですよ。彼女はフラメル氏の工房の錬金術師ですから」

「フラメル氏の?・・・そう言えばマリアさんの家に、猫の妖精を連れた錬金術師様が居るって聞いた事があるわ」


 いつも通り、フラメル氏の名前は効果絶大だ。フラメル氏とマリアさんのお陰で、私はこの町で信用を獲る事が出来ている。それはそれでとても有難いのだけど・・・


「じゃあ、貴女が軟膏ポーションを作ってくれた錬金術師様なのね。あれ、安価だし、使いやすくて助かってるのよ。貴女なら、信用できるわ」


 自分が創ったモノで築き上げた信用。

 それがどれ程の達成感や満足感を与えるのか、私はこの時初めて知った。


「ありがとうございます。よろしくお願いします」

 ―――嬉しい。

 胸が詰まって、ジワリと眼が潤う程に。

 でも、そんな感慨に耽っている暇は無かった。


 早速、被害に遭ったフィアちゃんの様子を見るために、失礼ながら奥の家族の寝室に案内して貰い、そっと扉を開けた私達が目の当たりにしたのは、“無事”発見されたという、その子の姿・・・。


 ベッドから起き上がってはいるものの、部屋に私達が入ってきても無反応。いや、少し視線はこちらを向いたかもしれない、程度か。

 元は元気に外で遊んでいたであろう健康的で日に焼けた肌に、似つかわしくないほど痩せてしまった腕はダランと力なく、その眼は虚ろに視界の端で私達を何とか捉えている。


 その姿は、“生気を失った”と表現する以外、思い付かない。そんな感じだ。


「拐われる前は、本当に元気で・・・元気過ぎて困るくらいだったんです。いくら危ないと言い聞かせても、森へ遊びに行ってしまったり、何にでも興味を引かれて、危なっかしい事ばかりして・・・なのに、こんな・・・」


 そう話してくれる母親の声は苦しげな涙声だった。きっと声に出して言葉にする事で、事実として現実を再認識してしまったんだろう。

 そんな彼女を、ナイルが支えて居間へと促して座らせる。彼女も相当疲れている様だし、このままでは倒れてしまう。


「シーナさん。貴女の眼で、何か分かりそうですか?」


 母親が不安にならないよう、寝室の扉は開けたままなので、ラインさんは小声で私に問い掛ける。


「分かりませんが、やってみます」


 青眼に戻して、フィアちゃんをじっと見つめる。

 彼女の魔力は淡い赤色だった。けれどその量はかなり少なく、一般的な人の三分の一程度しかない。それなら魔力欠乏なのでは?と思ってみるものの、それらしい原因は見られない。

 ならば、と魂源を調べようと眼を凝らした私は、その形をなかなか捉えることが出来なかった。

 

 ―――どうして?グレゴール司祭の時も、ナミブーの時も、集中すればすぐに視えたのに・・・。


 更にじっと観察し、漸く彼女魂源を視認した私は、その存在感の希薄さに思わず息を呑んだ。


「魂源が、薄くなってる?」


 グレゴール司祭の魂源も、ナミブーの魂源も、影の魔力に浸食されていたとはいえ、その形ははっきりとしていたし、元はどちらも綺麗な青色だった。

 それなのにフィアちゃんの魂源は、右眼だけで視ても薄ぼんやりとして輪郭が定まらず、その色はかなり薄い青色だ。


「魂源が薄い!?マズイな・・・」


 私の呟きを拾ったフェリオの焦った声に、集中を切らした私が顔を上げると、布団の上に降りたフェリオが、難しい顔をして考え込んでいる。


「やっぱり、魂源が薄いって良くないの?」


 フィアちゃんの様子もそうだし、魂源がその人の全ての源だと考えるなら、薄くて良い筈は無い。


「あぁ。魂源ってのは生命エネルギーそのものだからな。魔力もそうだが、こんな風に活力とか、生きる為の全てのモノに影響が出る」


 フィアちゃんを心配そうに見上げながら、フェリオが唸るように言葉を絞り出す。


「これもやはり、影憑の仕業でしょうか?」


 そんな会話の中で、ラインさんが険しい表情でフェリオに問い掛ける。


「多分な。こんなこと、普通に生活してて起こることじゃない」

「でも、フィアちゃんの魂源に影の魔力は視えないよ?」

「それでも・・・この子、僕達が話してても全然反応が無い・・・短期間でこんな風になるなんて、他に理由が思い付かないよ」

「そうですね・・・だとすると、やはり影憑が関わっている可能性が高いでしょう」


 改めて、フィアちゃんを見る。

 魔力や、魂源では無く、彼女の表情を。


 これだけの人間が自分の事を話しているというのに、その眼に関心の色は無く、人形にでもなってしまったかのように、表情に一切の変化も無い。

 たまに視線が彷徨う事があるけれど、その目線の先で何かを捉えているという訳でもない。


 フィアちゃんの感情を映さない眼に、何とも言い難い、可哀想とか、腹立たしいとか、どうして?どうやって?どうにかしなきゃ、とか、色々な感情が胸に溢れて、でもそれさえも苦しくて・・・。

 ぐちゃぐちゃでどうしようもないこの感情さえも、彼女には無いのだから。


 落ち着こうと深く息を吐いて俯いたその先で、自らの影が視界にはいる。

 影憑のその深く真っ黒な影が、自分の影の中にも潜んでいるかもしれない・・・。

 不意にそんな事を考えてしまい、恐怖にゾワリと身震いした私は、それを振り払うように頭をブンブンと振り、パンッ!と両頬を叩く。


 震えている場合じゃ無い。

 私はこの子を元気にする為に、ここへ来たんだから。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ