雨の後は
「シーナさん?」
ナイルに半ば引き摺られる様にしてやって来た、騎士団の詰所。その玄関先で別方向からやって来たラインさんと偶然出会った。
ラインさんはサパタ村の一件のあと、事件の報告の為に一度王都へ戻ると聞いていたけれど、戻って来たのね。
「あぁ、久しぶりだねライン君。王都から戻って来たんだ」
「ナイル殿、お久しぶりです。カリバへは昨夜到着したばかりです。ところで・・・シーナさんはどうされたのですか?」
ラインさんの視線が私に向けられ、スッと落ちて繋がれたままの手に注がれる。
その視線と訝しむようなラインさんの声音に、そこで漸く正気を取り戻した私は、慌ててナイルの手から逃れると、何事も無かったかのように平静を装ってラインさんに挨拶をした。
「ラ、ラインさん、お久しぶりです!」
「シーナさん、お久しぶりです。少しボーッとしていた様ですが、大丈夫ですか?顔も少し赤いですし・・・」
「へ!?そんな事無いですよ?大丈夫です。全然元気です!」
思わず裏返った声に、更に動揺して頬が熱くなるのを感じて、誤魔化すようにブンブンと頭を振って大袈裟に否定すれば、ラインさんはそのままナイルへと視線を移し、「そう言えば・・・」と言葉を続ける。
「先程、町の一部で雨が降っていたようですが、雨に濡れたりはしませんでしたか?」
―――ドキッ!!!
それはさっき私が降らせてしまった雨の事だろう。ラインさんは雨に降られていないか心配しただけだろうけど、原因が原因だけに、その話をされると恥ずかしいというか・・・居たたまれないし、何故だか後ろめたい気持ちになる。
「あぁ。少し降られたかな。でも、局地的なものだったから、そこまで濡れては無いよ。ねぇ、姫?」
ナイルは錬水の事情なんて知るはずも無いから仕方が無いけれど、今は私に振らないで欲しい。
「えぇッ!?う、うん。そう・・・雨に濡れない様に、走ってきたから!そう。雨を避けて走って来たんです。だから、少し疲れてしまっただけです」
それでも何とか誤魔化せたとラインさんを窺えば、何故だかナイルと二人、笑顔のまま無言で睨み合っている様に見えた。
二人とも笑顔で一見すれば友好的に見えるのに、何故か冷ややかな空気が流れている気がするのは何故だろう?
いや、気がするだけで気のせいなのかもしれない。多分気のせいだ。
「・・・シーナさん。シーナさんは色々と無防備ですから、気を付けた方が良いと思いますよ」
――――――?
雨に濡れたら風邪を引くかもって事?確かに、私は体力もまだまだ少ないし、他の人よりも気を付けないとね。
「そうですね・・・風邪を引かないように気を付けます。あッ!でも今回はそれほど濡れなかったので、服ももう殆んど乾いてるので、大丈夫ですよ」
「・・・そういう所なんですけどね」
「ライン、シーナは最近益々磨きが掛かってるからな。言うだけ無駄ってもんだぞ?」
私の答えに、何故かラインさんは深く息を吐き、そんなラインさんの肩をフェリオがポンポンッと慰める様に叩く。
「そうですね。でも・・・本当に気を付けて下さい。私が王都に行っている間に物騒な事件も起きている様ですし」
ラインさんとフェリオのやり取りに釈然としないものを感じながらも、物騒な事件と聞いて、自分達がここへ来た目的を思い出す。
「そう!その事件について、お願いがあって来たんです」
「お願いですか?」
「はい。誘拐された女の子達がその・・・元気が無いと聞いたので、何か役に立つ薬を作ろうかと思いまして」
私の言葉に、ラインさんの肩がピクリと動く。
「それで参考までに、被害に遭った子達の様子を見せて貰えないかと思ってね」
私の説明を途中で引き継いだナイルがそう付け足すと、ラインさんはフム、と少し考える仕草をする。
「そうですね・・・この件に関してはキナン殿に確認した方が良いでしょう。少し待っていて下さい」
キナンさんとは、カリバに駐在している騎士団の分隊長で、髭を生やしたダンディなオジさま・・・と思ったら実は36歳と自分と殆んど変わらない年齢だったという、若干老け顔・・・コホンッ・・・渋味のある騎士さんだ。
え?三十代は立派なオジサンだって?いやいや、四十代まではまだまだお兄さん、お姉さんでしょ?
―――話が脱線してしまった。元に戻そう。
町の女性達曰く、ラインさんは周辺にいる騎士の中では一番の上位職にあたるらしいのだけど、それでもこの町で起きた事件に関しての主導権は、キナンさんという事になる様だ。その辺りはラインさんも彼等の領分に介入し過ぎない様にしているのだろう。
「お待たせしました。騎士立ち会いの下であれば、とキナン殿の許可が得られましたので、私が同行します。すぐに向かいますか?」
ラインさんのお陰か、すんなりと下りた許可にホッとする反面、王都から戻って来たばかりのラインさんに同行してもらうのは、少し申し訳無い気もする。
「ラインさんの都合は大丈夫ですか?」
「えぇ、私でしたら問題ありませんよ。それよりも、被害者の家に行く前に一つ、約束して下さい。これから行くのは、誘拐事件の被害に遭った子供の家です。しかも、犯人の目的は未だ不明のまま―――」
ラインさんの心配ばかりしていたけれど、彼の真剣な眼差しにハッとする。
「―――ですから、犯人はまだ彼女達の様子を窺っている可能性だってあるんです。なので不審な人物見掛けても、追い掛けたりしないよう―――」
そうだ。誘拐された間の記憶は無いとはいえ、きっと本人やその家族も不安な思いや、辛い思いをしているはず。不用意な言葉や態度には気を付けろ、という事ね。
「―――重々注意して下さいね?」
「えぇ!分かってます。重々気を付けますね」
グッと拳を握ってしっかりと返事を返した私に、けれどラインさんも、他の二人も、何故か半眼でこちらを見ていた。
「本当に分かっているんですかね?」
「どうだろうな~」
「うん。僕達が気を付けておいた方がいいかもね」
こういう時の彼等は、何故かいつも息ピッタリでなんだか悔しい。けれど、かといって自分も混ぜて欲しいと駄々を捏ねるのも子供っぽい気がして、私は気にしないことに決めて歩き出す。
しかしその行為自体が、子供が拗ねているようにしか見えないなんて、気付いていないわけだが・・・。
そうしていつも通りの他愛ないやり取りをしながら、ラインさんに案内されてやって来たのは、二番目に被害に遭った女の子の家。
彼女の名前はフィア。
今回の事件で、話すことすら出来なくなってしまった女の子だ。




