不意打ち
「姫、これからどうするの?」
雑貨屋を出た私が、何となくスフォルツァさん達が去った方向とは逆の、来た道を戻るように歩き出すと、ナイルがそう問い掛けてきた。
まぁ、ここから先には服やアクセサリーを売る店が多く並んでいるから、それほど用がないとも言えるけれど、何となくまたスフォルツァさんと鉢合わせるのは避けたかったのだ。
「うーん。もう少し買い物していこうかな。新しい薬を創るのに、色々な素材が欲しいしね」
「じゃあ、買い物デートだね。本当は姫に似合うアクセサリーとかを見たかったんだけど・・・今日は止めた方が良さそうだし」
そんな私の心中を察してか、ナイルも残念そうにしながらも迷わず同じ方向へ歩いてくれる。
「――――――うん。行こうか」
「あれ?デートで喜んでるのって僕だけ?酷いなぁ」
酷いなぁと言いながらも、特に気にした様子のないナイルに、デートだなんだというのは、ナイルのいつもの軽口だと判断して特に触れないでおく。いや、断じてデートでは無いのだけれど、そこに触れると絶対に面白がって誂われるのが明白だから、触れてはいけないのだ。
そうやってナイルの軽口をスルーした私は、一旦足を止めて思案する。いざ素材を買うにしても、適当に買い漁る程の財力は無い。
さて・・・何を買っていこうかな。何か、元気の出そうな食材とか・・・。
「―――・・・から、女の子に・・・」
元気が出るって言えば、やっぱりお肉かな?豚肉が良いとか聞いた事ある気がする。それからニンニクとか。いや、スタミナっていったら鰻だっけ?栄養ドリンクって何が入ってるんだっけ?
なんて一人で考え込んでいたら、ナイルが「――――・・・おーい」と目の前で手を振っていた。
「ごめん、考え事してた。どうしたの?」
ハッとして問い掛ければ、ナイルと、いつの間にかナイルの肩に乗ったフェリオが、深々と溜め息を吐いてこちらを見ていた。
「姫・・・僕以外の男の前でそんな風に考え事しちゃダメだよ?」
「え、どうして?」
「だって姫、今僕がなんて言ったか、聞いてなかったでしょ?こんな往来で無防備にボーッとするなんて、何されてもおかしく無いんだからね?」
うッ・・・確かに。何か言っていた様な気が、しないでも無いし、こんな道の真ん中で立ち尽くしていたら、邪魔だよね。
「僕はね・・・今から姫にキスするよ!嫌ならすぐ断ってね?―――ッて言ったんだよ?」
え?そんな事言ってた?言ってなかったよね?聞いてなかったけど!!
ニコニコしながら、さぁ!とばかりに近付いてくるナイルを、私は慌てて押し止める。
「嘘!絶対嘘でしょ!女の子がどうのって言ってた気がするもの!」
そう。よーく思い返せば、なんとなくそんな様な事を言っていた気がする。まぁ、内容は全く覚えて無いんだけども。
「なぁんだ、バレてたか。でも、内容は聞いてなかったんでしょ?」
「それは・・・うん。ごめんなさい」
ここは素直に謝れば、仕方ないなぁと肩を竦めてもう一度説明してくれた。なんだかんだとナイルは優しいし、軽口を言ってはいても、どこか紳士的なのよね。
「新しい薬を作るって話だけど、まずは被害に遭った女の子に会ってみるのがいいんじゃないかと思うんだ。どんな症状なのか、実際に見てみた方がいいでしょ?」
確かに、そりゃそうだ。
私は薬剤師でもなければ、外科医でも精神科医でも無いから“診る”事は出来ないと思って失念していたけれど、“視る”事は出来るんだった。
「いい案だよ。流石ナイル!」
思わずナイルの腕をぎゅっと掴んで見上げれば、何故かナイルはそのまま固まってしまった。
「ッッ―――――なにソレ、可愛すぎ・・・」
「え、なに?・・・ナイル?」
不思議に思って名前を呼べば、パッと視線を逸らし片手で顔を覆ってフゥ~と息を吐いてから、チラッと横目でこちらに視線を戻す。
「姫、無意識でソレは・・・反則だよ」
「反則ってなに?ソレってどれ?」
―――ナイルの案に賛成したのが反則?え?どういう事?本当は会いに行っちゃ駄目って事?
「―――まぁ、シーナだからな」
「そうだね。姫だからね」
頭の上に疑問符をいっぱい浮かべて首を捻る私の様子に、ナイルとフェリオが二人揃ってやれやれと肩を竦めてしまう。
「まったく分からないんですけど!それより被害に遭った女の子に会うには・・・騎士団の人に相談するのが良いかな。ほら、行こ!」
戸惑う私を余所に、なにやら二人の世界で頷き合っているナイルとフェリオはもう放って置いて、さっさと目的地へと向かう事にした。
「あッ姫、ちょっと―――」
すると、ナイルの呼び止める声と共に、肩を軽く後ろへ引かれ、振り返れば―――
――――――チュッ・・・と。
覚えのある柔らかな感触が、頬に触れる。
「お仕置き。いや、仕返しかな?」
ッッッッなっ、なん、なにを!?
今の流れでどうしてそうなったの!?お仕置き?仕返し?なんの?何で?
あまりに突然の事で呆然とする私に向かって、ナイルが自らの唇に人差し指を当て、クスリと笑って片目を閉じる。
その光景を見た私はといえば・・・。
ッッッッッ!!
―――――――ザァァァァァァ・・・
熱くなった頬に当たる冷たい雨の感触が居た堪れず、ハクハクと口を開けど言葉は出ない。
そんな私とは対照的に、雨を満足そうに見上げたナイルは、そのまま私の手を取って歩き出してしまう。
「ほら、騎士団の詰所に行くんでしょ?」
そのまま雨に賑わう街中を通り抜け、見慣れた騎士団の詰所が見えるまで、為すが儘に連れられながら、真っ白になった頭で必死に思考を巡らせる。
――――――えぇぇぇぇ・・・・何がどうしてこうなった?