魔道具
二日目は朝から大忙しだった。
私は昨日約束した通り、家の手伝いの為に早朝から台所に立つ。
朝食のメニューは買い置きの黒パンと、根菜のスープ。簡単なメニューだし、料理はずっと祖父と二人暮らしだったお陰でさほど苦労はしないはず、だったのだけど・・・調理器具の違いに四苦八苦してしまった。
電子レンジどころか、ガスコンロも無いなんて。
ガスコンロに似た器具はあったものの、それは「魔道具」という魔力を必要とするものだった。
どうしたものかと悩んでいると、トルネが自慢げにそれを操る。
「これは魔導火釜、父さんが作ったオリジナルの魔道具だよ。父さんは魔道具錬成が一番得意だったんだ」
錬金術って道具も作れるんだ。
「ほら、ここに嵌まってる石に魔力を流して使うんだ。魔力の量で火力も調節できるから便利だろ?普通の釜戸もあるけど火起こしが大変なんだよ」
トルネが魔導火釜と呼んだ、渦巻の電気コンロの様なものに付いた赤色の石に触れると、渦巻部分が熱を帯びて赤くなる。
魔力が必要な所以外は、ほとんど電気コンロと一緒の様だ。
「この国では一般的な家庭も魔道具を使うの?」
魔力は私達でいうところの電気みたいなものだろう。
魔力を自由に扱う技術があるなら、文化的にもう少し進んでいてもおかしくない様な?
昨日見た限りでは、現代日本ほどの文化レベルでは無さそうだった。それこそファンタジーの王道の中世ヨーロッパといった感じだ。
「魔道具は普通の家では殆ど使ってないよ。材料になる魔結晶や宝石、それに魔道具を錬成できる錬金術師は少ないからな」
「トルネのお父さんは凄い錬金術師だったのね」
錬金術師の数が少ないのはフェリオの話でも知っていたけれど、その中でも能力の優劣や向き不向きがあるのだろう。
スフォルツァさんは妖精の階級を自慢していたから、妖精の能力にも違いがありそうだ・・・そういえば、黒眼とか青眼ってなんだろう?
スフォルツァさんが言っていたもう1つのワードがふと頭を過るけれど、トルネの悔しそうな声に注意を奪われる。
「そうだよ。あんな女なんかより、ずっと凄い錬金術師だったんだ!・・・あとで父さんが作った魔道具見せてやるよ。ねぇちゃんびっくりするぞ」
「他にもあるの?それ、すごく楽しみ」
トルネは私が魔道具に興味を持ったのが嬉しかったのか、気を取り直して朝食作りを手伝ってくれた。
私はといえば、魔道具に流す魔力量の調節が全くできず、トルネとフェリオを呆れさせてしまったのだけど。
朝食を終えた後、トルネとラペルが案内してくれた離れは、まさに私がイメージしたような錬金術師の工房だった。
壁際に乾燥させた植物が幾つも吊り下げられ、戸棚には乳鉢やガラス瓶が沢山並び、窓際に置かれたサイズの違う3つの釜が印象的だ。
部屋の中央には大きな石で出来たテーブルが置かれていたけれど、毎日掃除を欠かしていないのだろう、ピカピカに磨かれている。
「ここがお父さんの工房だよ。ここのお掃除と外の薬草のお世話はラペルがしてるのよ」
ラペルが嬉しそうに説明してくれる。
確かに、外の花壇にはまだ肌寒い季節にも関わらず綺麗な花やハーブが沢山育っていた。
「あの花壇の囲いも魔道具なんだぜ。父さんは気温調節と防虫、育成補助の効果があるんだっていってた」
「魔道具って本当になんでもできるのね」
錬金術って思っていた以上に万能なんじゃ?
「でも、父さんみたいな錬金術師はあんまり居ないんじゃないかな?錬金術師は基本的にレシピ通りに錬成するだけだからな」
「そうなの?」
「シーナねぇちゃんは、錬金術に必要なモノってなんだか知ってるか?」
錬金術に必要なモノと言ったら・・・。
「えっと、まず材料と、釜でしょ。あとは魔力と妖精の協力?」
昨日スフォルツァさんの所で錬成した時の事を思い出しながら、私は答える。
「うーん。惜しいっ」
聞こえたのはフェリオの声だった。
「違うの?」
私が聞くと、今度はトルネが説明してくれる。
「錬金術に必要なのは4つ。錬金術師・妖精・材料・・・で、一番大事なのが想像力なんだって」
「想像力?」
「昨日、シーナはポーションの錬成に失敗しただろ?どんなイメージでポーションを作ったか思い出してみろ」
フェリオに促され、私は昨日の錬成を思い出してみる。
あの時は確か・・・傷薬をイメージしたはず。傷薬といえば・・・
「私が小さい頃から使っていた、アロエで出来た軟膏をイメージしてたかもしれない・・・」
つまりは、そういう事?
私のイメージが軟膏だったから、出来上がりも軟膏みたいになったって事?
「分かったみたいだな。昨日のシーナはポーションを知らずに作ったんだ。どんなものかも知らないで作るなんて、出来るわけがないだろ?」
フェリオの説明に確かに、と納得する。
「だから、錬金術で新しい物を作り出すには、完成品を正確にイメージできる想像力が必要なんだ。って父さんが言ってた」
「まぁ、イメージ出来てもそれを錬成出来るだけの魔力と技術が無ければ、失敗して魔力欠乏で死にかけるけどな。親父さんは相当な技術と勇気を持ってたって事だ」
フェリオに褒められたトルネとラペルは、二人で顔を見合わせて、誇らしそうに笑う。お父さんを褒められるのが凄く嬉しいんだろうな。
その姿に癒されながらも、フェリオの言った死にかけるという言葉はやはり恐ろしい。
「自分の能力を把握出来なければ、新しいレシピを作るのは難しいのね」
私が溜息交じりに呟くと、それを聞きつけたラペルが部屋の隅に置かれていた姿見の覆いを取る。
「このヒトヨミの鏡で見ればわかるのよ」
その姿見は縦が2m、幅1.2m程の大きなもので、木枠の右側に蜂蜜色の猫目石が嵌め込まれている。これも魔道具なのかな?
「ヒトヨミの鏡?」
私が訊くと、ラペルは自慢げに説明してくれた。
「これもお父さんが作ったの。ここの石に魔力を流して鏡を見るとね、イロイロわかっちゃうの」
「色々?」
色々って何だろう、と首を傾げると、トルネが補足をしてくれた。
「ヒトヨミの鏡は魔力を流すと、その人の能力が数値として鏡に映って見えるんだ。体力や知力、あと魔力量とか。あっ、でも本人以外には見えないから安心して」
「ラペルはね、タイリョクが135でチリョクが12なの。でもマリョクは220もあるのよ」
鏡の前に立ったラペルが嬉しそうに自分の姿を見ているけれど、確かに鏡にはラペルの姿しか見えない。
「シーナお姉ちゃんもやってみて」
ラペルに引っ張られて鏡の前に立ち、鏡に嵌められた蜂蜜色の石に触れてみる。
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名前:シーナ・アマカワ
性別:女 種族:人族/??
年齢:18歳(人族推定)
職業:錬金術師
パートナー:オーベロン級 フェリオ
体 力:135/136
魔 力:420/???
攻撃力:14 敏捷:12
筋 力:11 耐力:12
知 力:60 運:78
技能:錬成・家事全般・弓・誘惑・??
状態:泉の洗礼(防腐・防汚・状態異常耐性大)・制御
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成程、ゲームのステータス画面の様なものが自分の姿の横に表示されている。
でも、このツッコミどころ満載のステータスはいったい・・・。
所々に?マークがあるのは、私が異世界人だからだろう。でも、実年齢は34歳なんですが・・・推定18歳、推定って何?
それに、体力がラペルと1しか違わないって、どうなの?確かに最近は車での移動ばかりで運動なんてしてなかったけど・・・しかも既に1減ってるし。
技能の錬成、家事全般、弓までは、弓道を嗜んでいた事もあるから、分からないでは無い・・・・が、一番気になるのは「誘惑」だ。
私にそんなスキルありませんよ?人を誘惑したことなんて一度も・・・。
―――――――――――もしかして、アレ?
ラインさんと出会った時の格好。心当たりがあるとすればアレくらいだ。
いやいや、ラインさんは誘惑なんてされて無いし!
「シーナねぇちゃん、どうだ?」
私が鏡を前に百面相をしていると、痺れを切らしたトルネに声を掛けられた。
これは、どこまで正直に話していいモノか・・・。
「えっと、まず体力が136で知力が60。魔力は420、かな?」
魔力の後の?は気になるけど、取りあえずラペルと同じ項目を読み上げてみる。
「ねぇちゃん、体力少なっ!」
・・・うッ、やっぱり?
「オレだってもう275はあるのに。どうやって生きてたんだ」
・・・・・・いや、本当に。身体は動かさないとダメね。
「でも、流石に錬金術師になれるだけあって魔力は多いんだな」
ありがとう、その一言でちょっと救われたわ。
「シーナお姉ちゃん、すごいね。チリョクが60って、お勉強いっぱいしたってことでしょう?」
ラペル、一生懸命フォローしてくれてありがとう。
私は気を取り直して、気になっていた項目を聞いてみる。
「ねぇ、状態って所に泉の洗礼ってなってるんだけど、これは何か分かる?」
トルネとラペルは知らない、と首を横に振ったけれど、代りにフェリオが答えてくれた。
「それは境界の森の泉の効果だろうな。シーナ、泉に落ちたって言ってただろ?」
「あの泉にそんな効果があったの?もしかして、泉の水にも?」
「もちろん。境界の森は妖精界の影響を受けてるからな、あの森にあるモノは大体何かしらの特殊効果を持ってるはずだ」
「「「へぇ~」」」
私とラペル、トルネまでも感心の声を上げる。
フェリオはそんな三人の反応に満足そうに頷いている。
「でも、このヒトヨミの鏡って本当に凄いね。そんな事まで見えるなんて」
地球には無かった技術を目の当たりにして、改めて魔道具の凄さを実感した。
これは機械には出来ない事だもの。
でも、驚くのはまだまだこれからだった。
それからトルネとラペルは、自慢の魔道具を色々と見せてくれた。
家電製品と同じ様な物も多かったけれど、もっと魔法的な道具も沢山あった。
中でもやっぱり、解体袋と魔法鞄が凄かった。
解体袋は丈夫そうな大きな袋で、中に入れたものを解体、分別する事が出来るらしい。
例えば、牙狼を倒したとして、この解体袋に入れると、錬成に必要な毛皮・牙・骨・魔結晶に解体され、必要なモノだけ取り出すことができる。
ちなみに、魔結晶はこの世界にいる全ての生き物が持っている。勿論人間も。
大きさや純度はそれぞれ違うらしく、トルネが持っていたのは牙狼のものなんだとか。
後は限られた鉱山からも、純度の高い大きな魔結晶が採掘されるらしいけど、それは古代生物の魔結晶なんだそうだ。
要するに、解体袋があれば動物の解体なんて、ちょっと恐ろしい作業も簡単に出来てしまうのだ。
田舎で暮らしていたから、近所の猟師さんが狩ってきた鹿や熊なんかを解体しているのを見たことがあったけれど、なかなかハードな作業だった事を覚えている。体力的にも、精神的にも。
まだ小さいトルネやラペルが魔結晶を集める事が出来たのは、きっとこの袋のお陰だろう。
まぁ、その前にあの牙狼を倒しちゃうトルネが子供とは思えないんだけど。
流石、体力275よね。
それと、魔法鞄。これは本当に凄い。
見た目はただの肩掛け鞄と指輪なんだけど、指輪をした手をバッグに入れたいモノにかざすと、シュッと消えてなくなる。
トルネ曰く、バッグの中に収納されたらしい。
しかも、どんなに重い物を入れても重さは変わらないという夢の様なバッグだ。
指輪には黒い石が嵌められていて、その石に魔力を流すと出し入れが出来るのだけど、使用者制限があるらしく残念ながら私には使えなかった。
私が明らかに残念そうにしていたからか、トルネが気を使ってあるモノをバッグから取り出してくれる。
「そういえば、シーナねぇちゃんはポーション見たことないだろ?この中に入ってたはずなんだけど」
そう言ったトルネの手の中には、小さな小瓶が握られている。
「これが、ポーション?」
手渡された小瓶の中には青汁のような色の液体が入っている。
「それは下級のポーションだよ。中級のポーションはもっと綺麗な、フェリオみたいなパステルグリーンになって、上級になるとそれが半透明になるんだ」
ポーション1つとってもランクがあるのね。なかなか奥が深そう。
トルネは取り出したそのポーションを私に差し出す。
「試しにこの下級ポーション飲んでみるといいよ。シーナねぇちゃん、昨日膝怪我したんだろ?」
「いいの?大切なものでしょう?」
「これでシーナねぇちゃんがポーションの錬成が出来るようになれば、いつでも作ってくれるだろ?」
確かに、効果は昨日聞いたけど、飲むだけで傷が治ったり体力が回復したりって、イメージが出来なかったのよね。
錬金術にはイメージが大切、なら実際に効果を知っていた方がいいに決まってる。
「そうね、折角教えて貰えるんだから、しっかり教わらないとね」
トルネから小瓶を受け取り、蓋を開ける。
でも、色からしてちょっと不味そう。
一瞬躊躇うけれど、それも失礼なので一気に飲み干す。
・・・・・・って、甘い?
独特な青臭さは少しあるけれど、甘味の方が強い。
味に気をとられていると、フェリオが私の膝をチョイチョイッとつつく。
慌ててスカートを膝まで捲れば、トルネがパッと目を逸らしてくれた。紳士だ。
!?・・膝の怪我が・・・消えていく。
しかも、身体が軽くなった気がする?
傷が治るって、あっという間なのね・・・。
ほんと、百聞は一見にしかずとはよく言ったものだ。
「よし、じゃあポーション、錬成してみるか」
感動する私を他所に、フェリオがそう切り出した。
「材料もあるし、道具もあるんだし?」
「そうね。場所と道具、借りてもいいかな?」
私が聞くと、トルネとラペルは「もちろん」と返事をすると、手際よく準備を始め、私が自分のバッグに入れっぱなしだったリコリスの葉と水筒を取ってくると、既に準備が整っていた。
「じゃあまず、この小さい釜のこの線まで水を入れて、リコリスの葉を5枚。これでポーションが5本分作れるんだ」
トルネ先生の丁寧な説明に涙が出そう。やっぱり分量は大事よね。
言われた通りに材料を釜に入れ、よし!と気合いを入れる。
「フェリオ、お願い」
「任せとけ!」
今度こそ、ちゃんとポーションをイメージして、また念?を送る。
――――――シュゥゥゥゥゥゥ・・・。
湯気が消えるて出来上がったのは、青汁の様な液体。
フェリオの顔を見ると、「やったな!」と猫手でガッツポーツしている。
――――――できた・・・成功した!
昨日の失敗を思うと、とても感慨深い。
釜の中のポーションを見つめてニヨニヨしていると、ラペルが私の足に抱きついてくる。
「シーナお姉ちゃんおめでとう!」
「ありがとう。トルネ先生の教え方が上手だったからね」
ラペルの頭を撫でながら、トルネに感謝の意味も込めてニッと笑いかける。
「あぅッあ、当たり前だろ・・・ほら、早く瓶詰めするぞ」
トルネは照れたようにプイッとそっぽを向いて、ポーションを手際よく小瓶に詰めていく。
可愛いなぁ、子供を見守る母親ってこんな気持ちなんだろうか。
ついついそんな事を考えていると、トルネが「あれ?」と不穏な声を上げる。
「えっ!もしかして、失敗してた?」
5本の小瓶には緑色の液体がしっかりと詰められている。
でも、トルネは釜の中を覗き込んで不思議そうな顔をしていた。
「5本分、ちょうどの分量で作ったハズなのに・・・なんで余ったんだ?」
なんだ、ちょっと多かったのね。そのくらいなら問題・・・・・・あるの?
トルネがもう1本用意した小瓶に余ったポーションを詰めると、小瓶のだいたい3分の1位の量だった。
「私が分量間違えたのかな?」
「そんなハズ無い。オレだってちゃんと見てた。水の量さえ間違えなければ、減ることはあっても増える事なんて無いハズなんだ」
確かに、水はきっちり線の所まで入れたよね。
「リコリスも水も境界の森のだからな、その辺の特殊効果とかじゃ無いのか?まぁ、ポーションとしてちゃんと効果があれば問題無いだろ」
フェリオの言葉は最もだ。量が多い云々よりも、ポーションとして効果が無ければ失敗なんだ。
でも、どうやって確かめよう?怪我はもう無いし。
「それなら、この道具で調べてみよーよ」
ラペルが持ってきたのは、ボックスティッシュ位の箱だった。
それはどうやら糖度計のようなものらしく、上の丸い窪みにポーションを垂らすと、その隣にあるガラス板に1瓶あたりの体力回復量が表示される仕組みのようだ。
ヒトヨミの鏡と同じ原理なのかもしれない。
その魔道具で回復量を計測した結果、その数値は120。通常の低級ポーションは100前後。
「量が多い上に効果が高いなんて・・・こんなの初めて見た・・・スゴい!」
「シーナお姉ちゃんスゴーい!」
キラキラした目で見詰められて、なんだか照れてしまうけれど、これってきっと私の力っていうよりも境界の森効果よね。
「材料が良かったからかな?でも、お得なのは良い事よね」
とにかく、ポーションの錬成には成功出来たみたい、これでようやく第一関門突破・・・かな?