プロローグ 1
――「港区」。
その甘美な響きは、もはや東京23区の中でも別格。日本最高の富裕層が息づく豪奢なエリアとして、日本国民の憧れの街のひとつである。
一流の外資企業や有名企業が集まり、深夜も眠らぬ欲望の街・六本木。
お忍びで訪れる芸能人達の御用達の店が集う、別次元の西麻布。
美食の街として知られ、親しみやすさの中に港区らしい風格の漂う、麻布十番。
高級住宅街と呼ばれ、この地域のセレブマダムの呼称にも使われている、白金。
東京タワーと増上寺という、何とも洒落たセットがインスタ映えな品性のある下町、大門。
政治家達のお膝元、赤坂。
「シティーボーイ」と呼ばれ、女性が選ぶ結婚したいランキングナンバー1。近年は官僚や経営者・医者や有名人など所謂「上級国民」の子息たちがこぞって幼少期より通う、私大の名門・K大も港区に在る。
港区在住の者は最後まで港区在住をこだわる。住み慣れた街から離れたくないという以上に、この街の風格・品性・集まる人間たちのレベルを知ってしまうと、このハイレベル・ハイセンスのコミュニティからは離れたくなくなってしまうのだ。
成功者が集う魅力的な街、港区。車離れが騒がれるこの時代に、金持ちはどこ吹く風で外車を乗り回す。美しい女性と美食を堪能し、家具や調度品も一流のものをとこだわり抜く。
一流揃いのこの街のステータスを求め、辻木次郎は20年以上前に上京した。
辻木の実家は海沿いの地方の田舎にあり、次郎は名前の通り「次男」から来ている。父は貿易商として地元では名をはせていたが、女遊びが激しく、母をいつも泣かせていた。
田舎では決して不自由なく暮らしていたが、実家を年の離れた兄とその家族が継いだのを機に、自分の居場所を求めて東京にやってきた。
「誰もが憧れる東京」にやってきた次郎は、真っ先にその魔力に憑りつかれた。
毎晩のように新宿で飲み歩き、夜通し遊び歩いては金をスられたり、喧嘩を吹っかけられトラブルを起こしたりと堕落していった。実家からの支援もすぐに底をつき、仕事も転々とした。
しまいには兄の口から勘当を言い渡される寸前のところまで家族との関係は悪化し、運悪くヤクザの愛人に手を出したときは、文字通りこの世の地獄を見た。
次郎は海沿いの地域で育った事もあり、子供の頃から海や川で泳ぐのが好きで、水泳は得意だった。父や母も比較的大柄だったこともあり、日本人男性としては大きく180センチ程身長はある。現在は運動などしていないので筋肉はすっかり落ちたが、それでも幼少期から自然と鍛えられた逆三角形の上半身は異性の目を引く。
顔も彫刻のような顔立ちで、渋谷や新宿では何度かモデルにスカウトされたこともある。見た目が良いことは良くも悪くも目立つ。色々な女と遊んでいれば、稀にヤクザの愛人や権力者の妻に誘われるがまま手をだしてしまうこともあった。