7話 【バァル星系外縁部、転送門宙域戦1】
海賊艦隊を射程範囲内に捉える。
敵から放たれた巡航ミサイルをビーム砲で迎撃しつつ、俺の艦隊はひたすら前進する。
迫り来るミサイルの数は最初の奇襲時に比べて半分程度にまで減っていた。
その理由は時折俺の艦隊を追い抜き、敵の密集するエリアへと飛んで行くヘリントン隊の放った巡航ミサイルだ。
発射間隔は二秒毎、一度に発射する数は2発のみで目標はランダム。
だが放たれ続けるミサイルは海賊艦隊の展開するエリアへと間断なく飛来し、その度に海賊達は迎撃と回避の為に艦を動かさざるをえない。
しかし相手は全艦によるミサイル発射にこだわり過ぎているのか、迎撃に当たる艦の動きは非常に鈍い。
撃つ為には艦を静止させなければいけない巡航ミサイル。
そんな状況にも関わらずミサイル発射を強行しようとした海賊艦の1隻にこちらのミサイルが直撃、爆散する。
「よしっ!」
敵の攻勢が一瞬とは言え劇的に緩んだ。
その隙に俺は艦隊の速度を更に上げ、敵艦隊との距離を一気に詰める。
『長距離ビーム砲の攻撃可能距離に到達しました。攻撃を行いますか?』
「いや、敵の詳細調査を優先、スキャンシステム起動」
AIの報告に俺は攻撃よりも敵の構成を看破する事を優先、命令通りに敵艦隊へのスキャンが開始された。
ちなみに敵の大まかな構成は通常のレーダーでもある程度は分かるし、武装等のセッティングに至っては相手に接近、交戦する事で判別が可能である。
そう言った理由からこのシステム自体はプレイヤーの半数近くからは軽視されがちであり、中には使った事すらなかったり搭載すらしていない者も多い。
だがその一方、対人戦を行う戦闘系ランカー達にとってはこのスキャンシステムを活用する事は基本の一つである。
これを活用し、可能な限りの遠距離から相手の詳細を看破する事が出来れば交戦距離に入るまでに有利な戦術を組み立てる事も可能なのだ。
勿論スキャンを始めとするレーダーを無効化したり、逆にその無効状態を看破するような装備もあるのだが、そこまですると搭載枠を圧迫して肝心の武装が積めなくなるといった事もあるので実際は何事も程々ではあるのだが。
なお、この"クリューデアビスⅡ"に搭載しているスキャンシステムはランカー達が使うような高性能品ではなかった。だが一応それなりのモノを積んでいるという自負はある。
スキャンに要する時間はほんの一瞬。そしてその性能は十二分に果たされた。
『敵艦隊構成判明。重護衛艦5。軽戦艦1。機動艦3。コマンドリンク接続中。武装は』
AIによって敵の艦隊構成、状態、搭載されている主武装の名が挙げられ、そしてここで。
『敵旗艦判明、中央の軽戦艦の模様』
「よし!」
スキャンがクリティカル判定を出したのだ。敵艦隊を指揮している旗艦の割り出しに成功したのだ。
このゲームの戦闘において、リンクで繋がっている敵集団の旗艦を落とせばその指揮下にある他の艦の性能を一時的ではあるが大幅に低下させる事が出来るのである。
そしてその情報はこちらのコマンドリンクを通じて後方のヘリントンにも伝わり。
「いよっし逆襲タイム!紅夜、いつもの戦法で行くぞ!」
ヘリントンがそう言うと同時、彼の操る機動艦【アクリス】の姿がレーダー上から消失した。
いや、リンクで繋がっている俺の側からはうっすらとは見えているが、敵の側から見るとその姿は完全に消えているだろう。
ヘリントンがアクリスに搭載している特殊装備【ステルスシステム】を起動させたのである。
それは防御や移動速度と言った性能が低下する代わりに、相手のレーダーやスキャンに反応しにくくなるという名前の通りなシステムだ。
「おう、任せろ」
総合力で見るとアクリスは同レベル帯プレイヤー達の艦と比べると貧弱とも言える部類であった。
しかしそれは彼がとあるロマンを追い求めた結果から来るものであり、そしてそのロマンは一つの結果としてそれなりの戦いの場でいくつかの名を残す戦績を打ち立てている。
そして俺のこれからの行動は彼が存分にそのロマンを発揮できる状況を作り出す為の布石だ。
「敵左翼方向に回り込む。護衛艦AからFは敵機動艦3隻に向け範囲攻撃を三斉射。機動艦GからJは敵護衛艦を旗艦から引き剥がせ!」
それに付け足すように後方ヘリントン隊の護衛艦に巡航ミサイル発射準備のコマンドを与えた。目標は旗艦である軽戦艦。
「突撃!分断するぞ!」
こちらの護衛艦6隻が敵の機動艦3隻に範囲攻撃を実行。
威力は低いが緩く拡散する為に攻撃範囲が通常の砲撃よりも広く、その高い命中率によって軽微なダメージを与える事の出来る攻撃法である。
重装甲の戦艦や護衛艦相手だと効果は殆ど望めないものの、回避率は高いが装甲の薄い機動艦相手にはそれなりに効くセオリーな戦法だった。
『敵機動艦群に攻撃命中。与えた損害は軽微』
間髪入れず二回目と三回目の範囲攻撃が実行される。
流石にこれ以上の攻撃を嫌がったのか敵機動艦3隻は態勢を立て直す為に後退を始めた。その開いた隙間を埋めるように敵重護衛艦4隻が割り込んで来た。
「命令変更。機動艦GとHは敵護衛艦と軽戦艦に通常砲撃。I、Jは先頭の敵護衛艦を集中攻撃。これ以上の前進を押し止めろ」
AI達は命令に従い攻撃を実行する。互いの砲火が交差し、損傷を与え与えられながらも当初の目的である敵護衛艦と軽戦艦を引き剥がす事に成功した。
「よし、行くぞ!」
俺は今まで回避に徹していた乗艦【クリューデアビスⅡ】を最大まで加速。
敵艦隊の腹側へ潜った後、軽戦艦に艦首を向けそのままの速度で上昇。
「目標敵軽戦艦、撃て!」
その号令に答えたのは巡航ミサイルの発射準備をしていたヘリントン隊の護衛艦だ。攻撃目標は軽戦艦の四つあるエンジンの一基。
号令と同時にクリューデアビスⅡは搭載しているビームキャノンと小型ミサイルでエンジン部分に攻撃を仕掛ける。
『目標に攻撃命中。損害判定は小破』
しかし敵軽戦艦のエンジンブロックを破壊するには今ひとつ威力が足りなかった。
「やっぱ機動艦クラスの装備だと戦艦相手は厳しいか」
機動力確保の為に装甲が薄い軽戦艦だが、それでもやはりその防御や耐久力は凄まじい物がある。
だがそれでも一定の損害を与えた事によってその機動力の一部を削ぐ事には成功。そこにヘリントン隊から放たれた巡航ミサイルが到達、着弾した。
『巡航ミサイル。命中3、損害判定は中破』
観測情報とコマンドリンクによる補正下で放たれたミサイル五発の内、その三発が軽戦艦に命中。
だが命中箇所が目標のエンジン部分から微妙に外れた装甲厚めの部分であった為に撃沈には至らず。そして攻撃を耐えきった戦艦からの猛烈な反撃が始まる。
嵐のようなビームガトリングの弾幕によって何発か被弾はしたもののクリューデアビスに致命的な損害は無し。俺はトップスピードのまま軽戦艦の脇をすり抜けると。
「後は頼んだぞ」
ヘリントンにそう通信を飛ばし、戦艦の防空圏内から離脱した。