1話 【戦況:概ね優勢】
会戦における結果と簡単な説明、そして友人。
キャラクターネーム:紅夜が所属する陣営【ラルフィドローグ連合】は会戦宙域に5万3千隻の重戦艦を中心とした戦力を投入。
敵対勢力であり、今回の会戦相手である【マールグリュース宙域民族】は軽戦艦を中心とした3万2千隻を展開。圧倒的とも言える戦力差で戦闘が始まった。
高速戦闘を主軸としたマールグリュースに対し、ファランクス戦法を取ったラルフィドローグは密集陣形からの弾幕による火力を以って撃墜スコアを伸ばしていく。
だが戦闘中盤、大周りで戦域を迂回してきた少数のマールグリュース艦隊が連合右翼陣の後方に出現、戦闘指揮を取っていた艦が多数轟沈。
指揮系統が混乱した隙にマールグリュースの主力艦群が右翼陣へと突入し、1万ものラルフィドローグ艦隊が分断され撃破された。
しかし直後、ラルフィドローグ連合はヴァルーレ【リュミイクリア】の城塞艦【ミッセハオルト】の召喚に成功。
影響下艦隊のマインドリンク及び広域殲滅弾頭の一斉発射によるゴリ押しにより敵戦力の60%を殲滅、勝利した。
そして俺は。
「うあーーー!ちくしょーーー!!!」
索敵中に撃沈され、復活して戻って来た頃には会戦は既に終了。
戦闘後に行われる【ラルフィドローグ】陣営【ヴァルーレ・リュミイクリア】による昇格ポイントを得る事に失敗する。
それに加え、失った自分の艦隊の再編登録とペナルティによる経験値減少が俺を容赦なく責めたてた。
「何であの時突撃命令なんか出したんだ俺はー!」
失敗した原因は相手の装備を警戒せずに突撃した事だろう。でもまさかあのレベルの廃人があんな所に居るとは誰も思わないってーの!
俺は勝手に相手を廃人プレイヤーと決めつけて心の平穏化を図った。そもそも会戦前の索敵なんて余程の暇つぶしか低レベル帯が請け負うクエストだ。
そう思いながら俺は艦隊編成の手を止めると操作ウインドゥを呼び出して一時中断の操作を行う。そして椅子の背もたれに身体を預けて数秒を過ごした後、ゆっくりと目を開けると。
視界に入るのは無骨な金属板とケーブルで覆われた基地の天井ではなく見慣れた自室の天井。俺は姿勢を戻して正面を向く。
目の前にあるのは使い慣れた自室の机と親の顔よりもよく見るPCのモニターである。
そしてそのモニターには大きく【ユグルシアーズオンライン 艦橋のエインヘルヤル】と表示されていた。
そう。
俺が遥かな宇宙の彼方にて敵と戦闘し撃沈されたのも、自分の所属する陣営が勝利したのも全てはゲームの中。
回線を通じて全世界のプレイヤーが遊ぶ仮想世界。VR宇宙艦オンラインゲーム【ユグルシアーズオンライン】内での出来事であったのだ。
このゲームは世界的な総合企業である『V・C』が今から6年前に発表。
プレイヤーはユグルシアーズと名付けられた銀河で宇宙艦隊を指揮して戦うと言うのが基本的な遊び方である。
だが実際はかなり自由な行動が可能であり、様々な星系を舞台に往年のSF映画のような『宇宙で暮らす』というロマンを体験出来ると言う事で世界中のSF愛好者達に大ヒット。
現在もバージョンアップを繰り返しながらその規模を拡大し、今ではSF愛好者でなくてもプレイしているユーザーも多い。
更にこのゲームのもう一つの特徴として、プレイヤー以外のキャラクターや指揮下の艦達には総じて高性能なAIが搭載されているという件が挙げられる。
彼等はゲーム内でプレイヤー達とのやり取りを繰り返し、学習と思考を重ねてまるで自我があるかのように振る舞う。
勿論それらの成長等には限度や限界はあるのだが、今の所は順調に“育って”プレイヤーと交流を深めている模様であった。
そんなゲームをプレイするのに必要な物はたったの4つ。
スペックを満たしたパソコン一式と専用のネット環境、ユーザー登録後に自宅に送られてくる脳波検知タイプのヘッドセットと補助操作用グローブ。あとはそれなりの初期登録料。
プレイヤーはこの操作セットをPCに接続、装着して仮想世界“ユグルシアーズ銀河”へとダイブし、宇宙艦艇を駆って広大な銀河を冒険するのだ。
そしてこのユグルシアーズには宇宙の覇権を賭けて争う幾つかの勢力があり、それらを率いるキャラクターとして設定されているのが『ヴァルーレ』と呼ばれる存在である。
ヴァルーレとは巫女や女神の姿を模したゲームのシンボルキャラであり、他のキャラよりも高度な思考AIを組み込まれている者達であった。
それぞれが専用の戦艦や城塞艦を乗艦とし、数万単位の戦闘艦を従えて担当する勢力の中心部に“祀られて”いる。
銀河中央の最大勢力である『ラルフィドローグ連合』の【リュミイクリア】
南方銀河を支配する『マールグリュース宙域民族』の【マルンディバイア】
北方銀河を治める『ディーダ帝国領』の【ヴェールグリンス】
東方銀河を見守る『月照皇国』の【アマツボシノヒメ】
辺境宙域を拠点とした『ミクステルテ放浪船団』の【パル・ヴァ・ルーチェ】
他にも勢力は多数あるものの、現在これら5つの勢力がヴァルーレの居る公式の主要陣営として稼働している。
そしてプレイヤーは自分の所属する陣営のヴァルーレと共に戦い、勝利を勝ち取って領土を広げていくのがメインの目的なのであった。
だがしかしあえてこれらの陣営や勢力には参加せず、無所属のソロで遊ぶ事も普通に可能である。(特定星系への移動の際に通行料を取られる程度)
しばしの沈黙。
「まぁ仕方が無い。とりあえず残ったポイント使って再編成しなけりゃ話にならん」
いつまでも撃沈された悔しさに浸っている訳にもいかない。俺は操作セットを装着すると再びゲームの世界へと飛び込んだ。
「よし!次こそはぜってー負けねー!」
気合を入れて編成作業に戻る。このゲームを始めて数ヶ月、その間に貯まった戦闘勝利ボーナスの大半を注ぎ込んで新たな艦隊を再編する作業に集中する。次こそ負けないように、そして勝利する為に。
と、そんな事を思って作業を進めていると。
「やぁ、紅夜。策敵中に撃沈されたんだって?」
俺のすぐ後ろに金髪姿の色男、同じ陣営の仲間である【へリントン】が現われて『よっ!』と挨拶をしてきた。
「うおっ!ヘリちゃんかよ!」
俺は再編成コマンドの手を休め、彼と話す。
「何でヘリちゃんがここに?撃沈されるような高難易度マップにでも行ったのか?」
そう聞いた俺の言葉に、ヘリントンは少し苦笑気味に笑うと。
「いやぁ、急に助っ人頼まれて会戦に参加する事になったんよ。でも準備する時間が殆ど無かったから比較的緩い筈の右翼陣形最後尾に居たんだけど…」
ヘリントンはそう言って言葉を区切り。
「後方から回り込んで来た敵艦隊に指揮艦が落とされてさ。ステータス減少で防御が薄くなった所を突撃されて轟沈した」
そう言い終わると彼は滝のような目の幅涙を流し。
「俺、お前と違って戦闘勝利ボーナス潤ってないのにぃ!このままだと重機動艦を手に入れて乗る夢が更に遠ざかるにょー!」
だが俺に泣きつかれてもそんな事は知らん。そんなに重機動艦に乗りたければ課金の高性能艦があるだろうに。
しかしコイツは俺のその投げやりな提案をあっさり『金が無い!』の一言で却下した後。
「たのーむー!この後一緒に経験値上げの模擬戦闘に付き合ってくれー!」
と、懇願してきた。
「全滅ペナルティで艦のAIレベルも下がって非常に辛いんだ!」
それはこっちも同じ状況なんだけどな。
「再編済んだら肩慣らしの宙域探査に出ようと思っていたんだがな。バァル星系で模擬戦ポッドをレンタルしての訓練でいいなら後で付き合ってやるよ」
「お前が神か!じゃあ俺も宙域探査付き合うぞ!」
そう言ってヘリントンは親指を立てて了承、俺と同時に艦隊再編成作業を始めたのであった。