たまのくら
少年は、掌に逆立つ箒の上に枕を乗せて、短い声にリズムを刻んで歩いていた。
少女は道来るその姿に足を止めて、ひっそりと溜息を吐くのだ。一歩進んでは二歩下がり、二歩下がっては三歩進む少年が、視線を上に集中させている所で足を差し出す。
見事にそれにひっかかって転んだ少年から、空へと投げ出された枕を上手く抱き止める。
「なんてことをするんだお前」
「いやあ、つい」
地に突っ伏したまま非難の声をあげた少年に、少女はあっけらかんと笑ってまくらを道に置いた。少年は立ち上がると、制服についた砂埃を払って枕を拾う。
その箒と枕はなんだと問えば、少年はばつの悪そうな顔でお詫びの品だと笑った。
「実はさ、昨日、近所で同じクラスの奴の家に泊まったんだけど枕と箒壊しちゃってさ」
「なにしたらそういうことになるの?」
「さあ?」
まるで反省の色がない少年の箒を見ると、先が白く汚れている。外掃き用だろうか、これで床でも掃けば大惨事だ。
もちろん外掃き用なら外掃き箒として使うのだろうが、この白く染まったささくれにこすられた枕は、その悲劇の犠牲者だろうか。
「そんな枕でいいの?」
「ああ。あいつ、枕が代わると眠れない性質なんだけど、俺の妹の枕だと不思議と良く眠れるみたいなんだわ」
「なんで妹の枕で寝てんの?」
「あいつの部屋で遊んでたから?」
「なんか割りとサイテーだよね、あんたって」
汚れについて指摘したかった少女も、その少年のずれたの解答に思わず食いついた。
ただ登校の道を共にする関係であったのだが、最近では少女の少年に対するイメージも固定している。飄々として後腐れのない男だと思っていたが、色々な所に頓着がない子供と認識を改めている。
少年は少女の言葉に対して自覚はあるのか、バレないようにしてはいると手を振った。この枕もまた、少年の妹が修学旅行に向かったのを見計らってのことだったのだ。
まあ、しかし、自分には関係のないことだ。
少女はそう決め込んで、前を向いた。
少女が驚いたのは次の日の朝、顔に青痣をつけた少年を見てからである。見るからに不機嫌な表情は、昨日のお詫びの品が原因かと少女は問う。
少年は溜息を漏らして険しい顔からいつものしれっとした顔に戻り、昨日な、と空を見上げた。
「あいつ、枕は受け取ったけど箒はいらねってんで、学校に置いてったんだ」
「それで喧嘩になっちゃった感じ?」
「んなわけない感じ」
ただ、少年が漏らすには、その夜のこと。
枕を持たせた少年が出かけるのを見て、声をかけたと言うのだ。
「そしたらそいつ、妹が呼んでるからって言ってたんだ」
「妹を迎えに行ってたのね」
「そんなんじゃないけどな。その時の格好がさあ、肩に枕を乗せて、こう……頭を乗せて……あ、駄目だ。
思い出したらムカついてきた」
少女の言葉を一方的に否定した少年は、昨夜の出来事とやらに苛立ちを禁じえず話を切った。少女は気になる終わり方だとしながらも、少年が話したくないのならと朝のニュース番組で行われていた占いの結果を口にした。
その日の夕方、全体集会で一人の生徒が行方不明になっていることが周知された。どうも夜中に一人で家を抜け出し、見回りの警察官に家まで送り届けられたものの、また家を出てしまって消息不明とのことだった。
両親は共働きで生活リズムも違うため、消えたことにすぐには気づかなかったらしい。
それから何日も経ったが、生徒は帰って来なかった。枕が戻って来なかったため、いつもの登校路で少年は妹に怒られたとしょげていた。
生徒は一人っ子で、妹分とも呼べる存在も居なかったそうだ。少女は少年に何度かこの夜の出来事を聞こうとしたが、少年はぶすっ、としてなにも語らなかった。
生徒と持っていかれた枕は消えてしまったが、持っていかなかった箒だけは学校に残り、今でも用務員のおじさんが校門を掃くのに使われ続けている。
そろそろ、日付が変わる前に仕事を終える器量が欲しいですね。