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第114話 Side Story とある海上保安官の決断 前編

今回はほとんど説明で終わってしまった……


あ、あと、感想でコミカライズ希望という嬉しい声をいくつかいただきました。

そうなったら最高なんですが、その前に4巻以降も出してくれるかが……


と、いうわけで、スタートです。

サイドストーリーは次で終わりっすw

「こちらでしばらくお待ちください」

 案内された応接室で制服姿の女性警察官がそう言って部屋を後にするのを見送る。

 俺はソファーに腰を沈ませながらひと息つく。

 ここに来るのは久しぶりだが、相変わらずでかい建物だ。

 東京都内の5万人近い警察官を統括するとはいえ、建物丸ごと全部が警視庁本部だと、うちだって関東地域全海域を統括する三管本部(第三管区海上保安本部)なのに、他の省庁との雑居だぜ? 扱いに差がありすぎだろ。

 

 先ほどの女性警官(最近は婦人警官とかいうと怒られる)がお茶を持ってきてくれたのも、実に気にくわない。

 見た目で採用しやがって! うちなんか上が退職しないもんだからいつまで経っても若い女の子なんて採用しちゃくれないってのに。トレードしてくれよ。

 そんな馬鹿なことを考えながら目的の人物が来るのを待つ。

 まぁ、こんなことを考えること自体が現実逃避であるのは重々承知しているのだ。

 

 5日前に俺の所属する三管の警備救難部に緊急要請が入った。

 房総半島の沖合650キロ地点、水深4200メートルの日本海溝内で日本の深海調査船が遭難したとの連絡だった。

 すぐさま高速巡視船とヘリポート搭載の大型巡視船を現場へ急行させる。

 とはいえ距離が距離だ。到着までには10時間以上かかる。

 最初の入電から5時間後、調査船の所在は明らかになったが、大きな岩に押しつぶされ自力での脱出は不可能とのことだった。

 幸い、搭乗者のいる耐圧殻は700気圧にも耐えられるほど頑丈に造られていたためか、全員今のところは無事とのことだったが、問題はその後だ。

 

 状況が明らかになるにつれ、救出の困難さが浮き彫りになってくる。

 翌日未明には高速巡視船が、それに遅れること数時間で大型巡視船が現場海域に到着したものの、4千メートルを超える深海では何一つ有効な手を打つことはできなかった。

 当然ただ手をこまねいていたわけではない。

 深海調査船の母船に搭載されている、複数の無人探査船による詳細な調査と遭難した深海調査船周囲の土砂の除去作業を行うとともに、海上自衛隊への応援要請も行なっている。

 しかし実際は海自でも有効な手段は持っていなかったのだ。

 搭乗者が生きているのに、何もできず、ただ無為に時間だけが過ぎていく。

 調査船のライフサポート時間はおよそ130時間。つまり約5日間は水、食料、酸素が生命を維持できるだけの備えがある。

 だがそれもリミットは近い。

 

 

「待たせてすまない」

 応接室に通されてから15分ほどで1人の男が入ってきた。

「よお、忙しいところ悪いな、名探偵」

 気持ちを落ち着けるためにわざと軽い調子で挨拶を交わす。

 ちなみに『名探偵』はこの眼前の人物、明智吾朗の学生時代からのあだ名だ。

 コイツと俺は中学、高校と同じ学校で見事に全て同じクラスだったという腐れ縁で、くそ真面目で完璧主義、大雑把で細かいことを気にしない対照的な性格の俺たちだったが何故か妙に馬が合った。警察官と海上保安官に立場が分かれた今でも時々連れ立って飲みに行く程度の交流は続いている。

 見た目通り、コイツは昔から目茶苦茶頭が良かったし、読みは違うものの江戸川乱歩の小説に出てくる名探偵と同姓だったから同級生から『名探偵』と呼ばれるようになった。もっとも本人は嫌がっていたけどな。

 

「久しぶりだな。それにわざわざ警視庁(こっち)まで来るとは、いったいどうしたんだ?」

 俺の挨拶に少し嫌そうな表情をしたものの、普段来ることのない警視庁に俺が来たことで何かあると感じたのか、明智は単刀直入に聞いてきた。

「シージャック事件の『クロノス』と名乗った男に接触したい」

 時間もないし、コイツ相手に余計な前置きも必要ないので直球で答える。

「…………本気か?」

「ああ」

 一瞬絶句した明智がマジマジと俺を見る。

 が、冗談でこんなことが言えるほど今の俺には余裕がない。

 視線で理由を答う明智に、深海調査船遭難の件を話す。

 

「打つ手がないのはわかった。だが、あの『クロノス』と名乗る男でも何かできるとはさすがに思えないな。海自はダメなのか?」

「海自にある飽和潜水設備を使っても作業ができるのはせいぜい水深400、いや限界でも500メートルだろう。そもそも海自が誇る世界最高峰の『そうりゅう型』潜水艦ですら最大深度は1000メートルらしい。どうにもできん。確かに可能性は限りなく低いだろうが、長野のトンネル崩落事故のこともある。今はそれに縋るしかない」

 

「しかし、私は専門家ではないからなんとも言えないが、それでも深海というのは相当特殊な環境だろう。本当になんとかできると考えているのか? それに、上の説得はどうするつもりだ」

 明智の当たり前すぎる指摘。

 だがそれでも俺は可能性があると思っている。

 シージャック事件、いや、その前の美術館襲撃事件の時もだが、目撃者の証言によると、あの『クロノス』と名乗った男はテロリストが自動小銃を発砲したにもかかわらずなんらかのバリヤーのような不可視の障壁で弾丸を止めたという。

 そしてトンネル崩落事故。現場にいたレスキューの証言では手をかざしただけで触れることなく土砂を生き物のように動かし移動させた。さらに数百キロはある瓦礫を軽々と持ち上げたとの証言もあった。

 どれも容易く信じることのできるような内容ではないが、もしこれが事実であり、直接触れなくてもそのようなことができるならば、予備の深海調査船を使って『クロノス』を現場まで派遣し、岩盤と土砂に埋もれた調査船を解放できるかもしれない。それに、一番の障害となっている巨大な岩盤も、あの不可視のバリヤーを調査船に使うことができれば水中爆薬を使用することができるかもしれない。

 

 あくまで可能性の話であり、実際に何ができるのかは本人に話を聞いてみないことには何一つわからないのは確かだ。水中爆薬も深海で使用できるのか検証も必要だろうしな。

 だが、このままでは何もできないまま深海調査船の搭乗者3名は死ぬ。

 調査船の母船乗組員も今現場海域で作業にあたっている海上保安官も自分たちにできることに力を振り絞っているのだ。

 上手くいったとしても上は煩いだろうが、俺の権限でできることは全てやる。

 なぁに、要救助者が助かるなら後でいくらでも始末書を書くなり降格人事なり責任はとってやる。

 俺の決断を明智は腕を組んだまま黙って聞いていた。

 そして、「ちょっと待っててくれ」そう言って部屋を出ていき、すぐに戻ってくる。

 

「現在までにわかっている美術館占拠事件のテロリスト撃退の人物とシージャック事件及びトンネル崩落事故で『クロノス』を名乗った人物の資料だ。ただ、残念ながら物的証拠は何もないがな」

 明智の言葉を聞きながら渡された封筒から書類の束を出す。

 結構な量だな。A4の紙で50枚ほどもある。

 最初に『クロノス』が関連したと思われる事件、事故の概要が3枚の用紙にビッシリと書かれている。相変わらずの几帳面さだ。とはいえ、これらは俺も把握しているので軽く読み飛ばす。

 次に出てきたのが早速核心を突く『クロノス』の容疑者、いや、犯罪者ってわけじゃないから、候補者か。

 そこには1人の若い男の写真がプリントされていた。

「『柏木裕哉』か。年齢は21歳、大学生。家族構成は両親と妹が1人、か。確度は?」

「言っただろ? 物的証拠は何もない。だが、私はほぼ確信している」

 ほう? コイツがそこまで言うなら間違いなさそうだが。

 

「根拠はあるんだろ?」

「まず、昨年の美術館占拠事件の時にテロリストを制圧した、仮面○イダーのコスプレをした人物。それと、今年の、仙波のところも関わった、客船のシージャック事件の時に現れた『クロノス』を名乗る人物は、体格、体型、歩き方などを映像分析した結果、同一人物であると確認されている。

 この2つの事件の被害者の中に、1人だけ両方の事件に巻き込まれた人物がいる。その男の妹だ。さらに、シージャック事件の時は男も一緒にいたことが確認されているが、その男がいたレストランだけが従業員と客の全員がなんらかの方法で事件の際眠らされている。証言によると急にあたりが薄暗くなり強烈な眠気に襲われたらしい。だが、店内にも、眠らされた人の体内にも睡眠薬などの薬物は検出されなかった」

「それだけか?」

「いや、その時点ではまだ単なる重要参考人といったところだ。だが、その男に絞って調べてみると色々と出てきた」


 次の書類を見るように促され紙を捲る。

 そこには『柏木裕哉』が関わった“公式”の事件と関連が疑われる事象が列挙されていた。

 所属している大学のイベントサークルで起こった違法薬物売買と連続集団婦女暴行事件、ゲームや漫画の有名イベントで起こった盗難未遂事件、つい最近のアイドルタレントのストーカーによる自作拳銃発砲事件、これが公式の事件か。所轄の警察による報告書の写しがある。

 関連が疑われる事件は、大学のサークルに違法薬物を販売していた半グレ集団の壊滅、前述のアイドルタレントがイベント出演中に刃物をもった男に襲われた事件、親しい先輩の交際相手の家を脅迫していた指定暴力団関係団体が銃刀法違反と覚醒剤所持の現行犯で全員逮捕された事件。

 

「アイドルタレントがイベント中に襲われた事件の直後、柏木裕哉が当該タレントのボディーガードになっている。それに、トンネル崩落事故で『クロノス』の仲間と考えられる3人の女性と特徴が一致する人物が柏木裕哉及びその家族と同居中。さらにその3人は無戸籍者だ。男の両親が身元引受人として戸籍取得の申請がされ、2人は既に許可、もう1人も現在手続き中となっている。

 そしてもう一つ」

 明智はそう言って、自分の胸元からネックレスを引っ張り出して外し、机に置く。

 材質はシルバーか? 10代後半から20代くらいの女の子が好みそうな花をモチーフとしたペンダントヘッドと同じ材質らしい1つの輪に2つのリングが通るタイプの微細な装飾チェーン。作りは見事だが正直それほど高級感はない。警察官僚ならプラチナとかもっと別のアクセサリーを着けるんじゃないか? それにデザインも明智(コイツ)らしくない。

 

「男が去年から通信販売のサイトで売っている装飾品だ。サイトでは効果・効能は一切謳っていないが、評価レビューや口コミサイトで「疲れが取れる」「持病が改善した」「肌の調子が良くなり若返った」さらには糖尿病や癌が治ったなどと書かれている。書かれたアカウントのIPから複数の地域、人物が書き込みをおこなっていて不審な点もないからサクラではないようだ。

 実際に私が試しに購入して使用してみたが、少なくとも疲労回復の効果は認められた。妻や友人にも試してもらったが事前情報を伝えていなかったにもかかわらず例外なくなんらかの効果は発揮されている。

 材質は普通の、一般的なクラフトショップでも入手できる銀製でそれそのものには不審な点は無いんだが……」

 明智は少し言い淀んでから続ける。

「見ての通りかなり細かな細工が施されているんだが、顕微鏡で見ても研磨の擦過痕が見られない。チェーンも同様にリングの継ぎ目が無い、異常な代物だ」

 説明を聞いて絶句する。

 

「…………なあ」

 暫しの沈黙の後、ようやく言葉を絞り出す。

「……なんだ」

「コイツ……本当に正体隠す気あるのか?」

「私に聞くな」

 いや、色々やり過ぎだろうが。

 イベントサークルの事件と親しい先輩の事件はまぁわからないでもない。巻き込まれたか自分で首を突っ込んだかは知らないが、友人が当事者ならば関わることもあるだろう。美術館占拠事件とシージャック事件もだ。家族や自分自身が巻き込まれたんだからな。

 だが、他の事件や事故は明らかに自分から首を突っ込んでいる。とはいえ、普通じゃない能力を身につけているのなら若者らしい正義感で突っ走ることもありえるか。

 

「といっても、一応できる限りの用心はしているんだろう。販売している装飾品も特別効果を謳っているわけではないし、販売価格も品質から考えれば妥当もしくは安いくらいだ。事件の方も物的な証拠は何も残していないうえに周囲の人間に誇るようなこともしていないようだしな。ただ、一般に販売するアクセサリーに特殊な効果をわざわざ付けたり、やたらと目立つ派手な格好で容姿を隠す意味は理解できないがな。

 特に明確な犯罪行為を行なっているわけではないから警察が本気で捜査するとは思っていないかもしれない。

 実際に各所轄ではそれほど調べていないようだしな」

 明智(オマエ)はしっかりと調べているけどな。

 何にせよ正体がはっきりしているのは助かる。コイツのことだから絶対に正体不明のままにしておかないとは思っていたが予想以上の成果だ。

 

 次の書類には確認されている能力が疑わしいのも含めて記載されている。

 ・異常な運動能力

 ・飛行能力(美術館占拠事件突入時)

 ・自動小銃の弾丸を止める能力(不可視の障壁のようなものか弾丸単体に作用するものかは不明)

 ・液体窒素或いはそれに近い性質の液体を作成、操作する能力

 ・カバンサイズの荷物を見えなくする又は消す能力

 ・銃で撃たれ負傷した男性及び崩落事故で重傷を負った男女を触れることなく10数秒で治す能力

 ・数Kgのプラスティック爆弾の爆発を不可視の障壁或いは力場で覆い周囲に被害を出させなかった能力

 ・何もない空間で水を作成し生き物のように操る能力

 ・36口径の拳銃から発射された弾丸を素手で掴み取る能力

 ・推定数トンの土砂を流動性の生物のように操り、移動させる能力

 ・推定300kgの瓦礫を持ち上げる能力

 ・姿を消して高速移動する或いは瞬間移動のような能力(第三者に対しても使用できる可能性あり)

 ・金属を道具を使わず変形、加工する能力

 ・触れることなく対象を吹き飛ばしたり昏倒させる能力

 

 追加情報

 ・レスキューの私見で致命傷と思われる負傷をした児童と母親の2名を一瞬で完全に治癒させた経口の液体を所持

 

 …………なんだこりゃ?

 いやいやいやいや、ありえないだろ?

 シージャック事件の詳細は俺も知っている。警察と合同で捜査したのはウチだしな。報告された能力だけでもとんでもないものだったが、その他の事件は報道でしか知らない。

 マスコミがかなり面白おかしく騒ぎ立てていたのは覚えているが、この内容はそれ以上にぶっ飛んでる。

 完全に月刊ム○の案件じゃねぇか。

 特殊能力を持ってるとかのレベルじゃない。ここに書かれている内容の半分でも実現できれば100年前なら確実に神様扱いされるぞ。

 

「そこに書かれているのは目撃情報のある能力だが、実際には不明だ。なんらかのトリックの可能性もある。だが、その内の何割かは能力を所持していると考えて間違いないだろう」

「最後に書かれている液体ってのは?」

「崩落事故の時に『クロノス』がレスキュー隊員に提供した、150mlほどの小瓶に入った液体だ。最初に肺のほとんどが潰れ心肺停止状態だった5歳の女の子に一部を飲ませ、残りは下腹部から下が押しつぶされた母親に使用された。どちらもレスキュー隊員の目の前で瞬く間に治ったそうだ。最初の子供には『クロノス』自身が、母親にはレスキューが飲ませたが効果は同じだったらしい。

 後で回収された瓶に残っていた液体を県警の科捜研が調べたが主成分は水とある種のミネラル、それと植物由来と思われる有機物が検出されているが詳細はわからないままだ」

 とんでもねぇな。

 まるでアニメやらゲームやらに登場する魔法薬みたいなもんだ。解明されたら医学界がぶっ飛ぶぞ。

 

 だが、今回重要なのは7番目と10番目の能力だ。

 これが本物なら深海調査船の救出に望みができる。

「助かった。悪いが資料は少しの間貸してくれ」

 ここまでわかれば後は本人と会って話をするしかない。

 俺はソファーから立ち上がる。時間が無いからな。

「行くのか? なら私も同行しよう」

 明智がそう言ってくれたのでその言葉に甘える。

 俺は電車で来たからな。確かコイツは車通勤だったはずだし。

 けど、仕事は大丈夫なのか?

 

 

 明智の車に乗って移動し、ほどなく『柏木裕哉』の通う大学に到着した。

 時間的にまだ大学にいるかどうかは微妙だったが、大学職員が確認したところ学内にはいるようなので会えるようだ。運が良い。

 来客用の応接室に案内され、そこで目的の人物が来るのを待つ。

 さほど待つこともなく扉がノックされた。

「失礼します」

 そう言って入ってきたのは長身の若者。

 180センチ台半ばくらいで、細身だがかなり鍛えられているのが見て取れる。

 それ以外の外見はそれほど特筆するような特徴は見られない。

 が、それは見た目だけだ。

 別に威嚇しているとか迫力があるとかじゃない。何か、凄まじいほどのエネルギーがそのまま形をとったかのような存在感。

 一目見て分かった。

 コイツは普通じゃない。

 別に人間じゃないとか異常者だとかじゃなく、存在としての格が俺たちとは違う。

 こいつは……期待できそうだ。


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