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追憶  作者: たびー


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7/8

ブラント家とグノス家

※お読みいただき、ありがとうございます。ぷち感謝祭・ふだんの倍量です(いらぬ心づかいでしょうが。区切りがつかなかったともいう)

 クラウディオとジオの恋は実を結ぶことなく終わりました。

 ふたりの恋路の果ては『日記』をすべて読み終えたディオンには分かっています。

 ディオンはグノスとの面会に出向く朝、いつもより念入りに身支度しました。髭をそり、髪を整えました。

 ノームの女たちが豆羊の毛を藍色に染め織りあげ、仕立ててくれた外套は、薄く軽いのですが、とても暖かくて丈夫です。襟から前立て、裾周りを中心に金糸で細やかな刺繍を入れてくれたのはココです。

 ノームの男衆からは、宝剣を渡されました。白銀の鞘と柄には小粒な紅玉や青玉、金剛石をあしらった手の込んだ装飾のついた小刀です。もちろん切れ味も申し分ありません。

 ディオンは鏡の中の自分と目を合わせました。

 ディオンは自分の顔や姿を真正面から見ることを避けてきました。

 誰もがディオンにクラウディオの面影を見出し、ディオン自身も体はただの入れ物でしかなく、鏡に映る自分を受け入れがたく感じてしまうからでした。

 けれどディオンは鏡を見つめました。

 肩にとどくほどの癖のない濃い茶色の髪。緑だけれど光りのかげんによっては金茶にも見える瞳。高い鼻梁に形の良い額。やや厚い唇の端をあげて笑ってみました。

 ああ、これが自分なのだ。クラウディオの思い出は胸の中にあるけれど、たしかに自分自身だ。

 ディオンは、髪を後ろで一つに結わえました。短剣を腰の革帯に挟むと鉱山の宿舎の扉を開けました。

 今日は決意の日です。今までブラントの家には逆らったことは一度もありません。

 けれど、けれど。

 ディオンは大きく息を吸い込み、ゆっくりと吐き出しました。息は白くなりました。

 胸に手を当てます。クラウディオは膝を抱えてうずくまっています。

 だいじょうぶだから……。

 ディオンは馬には乗らず、町へと降りていきました。


 会見の場は、町の貴族の館でした。ブラント、グノスの両家と知己があり中立的な立場の家柄です。

 ディオンが通された部屋にはすでにレギナルドが執事をともない貴族の男性と、円卓をかこむ椅子に座っていました。

 ディオンは短剣と外套を貴族宅の使用人へ預けました。受けとったとたんに男は目をみはり何度も預かったものとディオンを見くらべました。

 ディオンはレギナルドの隣へと着席しました。

 レギナルドは、縁組みについて何の返答をしなかったディオンに嫌みの一つも言いたげに顔を歪めましたが、新しい客の到着に口をつぐみました。

 白髪交じりの黒髪に、飛び出しそうなぎょろりとした目。それは二十と少し年を重ねたライナーでした。

 ディオンは唇をぎゅっとかみしめました。

 ライナーはクラウディオの死後、グノス家に蟄居させられていたということです。

 仮にも人を一人を死なせておいて、彼は法で裁かれることなく自身の邸宅にいたのです。

 ディオンの視線に気づいたのか、ライナーはディオンに目を向けました。瞬間、ライナーの体が後ずさりました。

 噂には聞いていたが……。

 ライナーはディオンをまじまじと見つめました。かつて自分と確執のあった男と同じ顔かたちのディオンに臆することなく、ライナーは落ち着き払っています。

 ディオンは立ち上がり、挨拶をしました。

 そして突然、会談の口火を切りました。

 わたしは縁組みをする気はありません、と。

 対峙するライナーよりも隣のレギナルドのほうがあわてました。

 ライナーはディオンの言葉を笑って受け流し、レギナルドの正面に着席しました。

 悪い話ではないでしょう。

 卓の上で手を組み、ライナーは泰然とブラントの者たちを見据えました。

 こんご両家で争わずに、鉱山を開発していけば今の数倍の鉱石が採れる。資源を共有することで、互いの領民にはよい暮らしを約束することが出来る。なにか不満でも?

 それはもっともな申し出なのです。現にレギナルドは盛んに頭を上下に振っています。

 それとも、わたしの娘に不満でも?

 そういうと、ライナーの後に控えてした侍従は手に捧げ持っていたものから布を取り払いました。

 そこには、まだ幼いとしかいいようのない少女が描かれていました。金の髪に青い瞳。青白い頬。おとなしいというより、おどおどとした表情をしています。

 ディオンは騒ぎだしたクラウディオを押しとどめ少女の絵を見つめました。

 この娘は自分の父親がかつて人を殺めたことを知っているのだろうか。

 あやしげな連中とつきあいがあるとか?

 ディオンはライナーに視線を戻しました。彼は片頬をあげて皮肉るようにディオンに問いかけました。

 あのような者たちは、わが領地には一歩たりとも入れはしない。他人の財産を勝手に喰い散らかす、地に住む汚らわしいものたち。

 ディオンは静かに言い返しました。

 あの者たちは誇り高く、礼儀正しく、情に厚い一族です。

 ライナーはからからと笑った。

 たしかに手先はきようだな。ならば捕まえて働かせようか。そなたもやつらに利するものがあって付き合っているのだろう。

 ディオンのなかに激しい嫌悪と怒りが渦巻きました。

 私はあと五年後には家督を正式に継ぐ。従わないのならば、奴らはすべて追い払い根絶やしにしてやる。力づくで。

 ディオンは握り拳を固めました。背中がこわばるほど、のびました。やにわに立ちあがると、ディオンの思いとは全く関係なく唇が動きました。

「わ、われは、クラウディオ。貴様の娘と縁組みなど、するはずがない!」

 りんとした声が響きわたり、室内が凍り付きました。

 どくん、というあまりに大きな鼓動に、ディオンは胸を押さえて椅子に崩れるように座り卓に突っ伏しました。みなはディオンからわずかに体を遠ざけ、口をつぐみ青ざめていました。

 代わりの条件を出します、とディオンはかすれた声で言いました。そして、入り口で預けた外套と短剣を持ってくるよう頼みました。


 ノームたちの広間では、宴が催されました。

 ディオンは長老の横に座り、杯を交わしました。ノームのみんなが一同に集まり、歌ったり踊ったりしています。

 ディオンは縁組みをきっぱりと断ってきたのです。そして、両家と約束をしてきました。

 それは、ノームの作る品々をグノスに人が作るものの最高級品の五倍の値で譲るというものです。

 五倍と聞けば高いように思うかもしれませんが、ノームの作るものは滅多にお目にかかれません。二十倍のお金を出しても欲しいという王侯貴族や豪商豪農がいるのです。

 会談の部屋に居合わせたものは、ディオンが身につけてきた外套と短剣に垂涎のまなざしを送りました。

 ディオンは言いました。

 グノス以外とは取引をしない。ただし、ノームたちに穏やかな暮らしを約すると誓って欲しい。

 はじめ、ブラントのレギナルドは激しく憤りました。

 当主である自分に何の相談もなく、ノームと取引をしたことに対して。

 そして、縁を切るとまで言ったのです。

 けれどディオンは落ち着いていました。

 縁を切るならば、それでかまいません。ノームのものは半分ずつ等しく両家に譲るようにします。わたしは、ただ彼らの暮らしを守りたいだけです、と。

 ディオンをないがしろにすれば、ノームの品々は手に入りません。そして、ディオンをブラントから切り離せばディオンはノームの財宝で力を蓄え、自分を脅かす存在になるかも知れないとレギナルドは勝手に考えたようです。

 けして本家には逆らわないという誓約書をディオンに書かせ、苦渋の決断でディオンには今の鉱山を与え分家とすることにしたのです。


 ノームたちはみなディオンに感謝しました。それはディオンも同じです。ノームたちのすばらしい手技が広がり喜ばれることはとてもうれしいことです。それに、ノームたちの暮らしの中で足りない綿や絹の布地や、手に入りづらい薬草などが買えるようになります。

 広間のいろりを囲んで料理や酒が並べられました。老いも若きも手を取り合い、踊ります。

 ココ。

 ディオンはココを呼びました。

 料理を運ぶ手伝いをしていたココが振り向いてディオンのところへやってきました。

 ディオンはココの手をそっと取りました。いつも働いてばかりで指先がささくれています。ココは半分はノームです。だから、精霊と契約を結びすばらしい手技を持っているのだと長老は言いました。けれど、そうばかりではないことをディオンは知っています。

 いつも遅くまで糸を紡ぎ、年嵩の女たちの熟達した手元を熱心に見つめていました。誰よりも、懸命に織ることを考えて力を注いできたのかも。

 ディオンは膝を折り、ココの丸い目を見つめました。そして告げました。

 どうか、わたしの妻になってください、と。

 ココの顔がぱっと赤くなりました。まわりの者たちが一斉に歓声を上げました。

 真っ赤になったココは涙ぐみながら、うなずきます。

 ディオンはココの手の甲に口づけしました。

 わあ、とひときわ喜びの声があがります。そして歌を歌い始めました。

 若い恋人たちの婚約を祝う歌です。

 それは心が浮き立つ旋律でした。人であるディオンにはノームたちと話はできましたが、歌は分かりませんでした。けれど、ふいに分かったのです。


 春の野にきみとでかけよう 

 キイチゴをつみに

 愛しいきみには雛菊で花の冠……


 そして。

 世界が輝き出しました。

 天井も床も、まるで小さな灯りがともるように、色とりどりに光ります。今まで殺風景に感じていた岩肌がきらめていているのです。

 手をつないだココを見ると、そこにはノームの王女かと感じるほど、まばゆいばかりの美しい娘がいました。

 これが、ノームのたちの真実の世界。

 今まで自分が知ることのなかったもの。

 ディオンはココを抱きしめました。

 歌が聞こえます。この歌は知っています。かつて、ジオが教えてくれた歌なのです。

 ココを抱きしめたまま、ディオンも歌いました。

 今までの悲しさや寂しさがすべて消されていくような、優しい旋律です。

 ひとりのノームがディオンのそばへやってきました。

 ようやく目が開いたな。あんたは正真正銘わしらの仲間だ。いままで秘密にしていたことを話そう。

 わしは若い頃に道に迷ってエルフの里へ行ったことがある。エルフはわしに気づいて、姿を隠したが大きな木に一人だけいたんだ。いた、というのか。そのエルフは一かかえもある光りの繭を抱いて半分は木と融けあっていた。

 繭の中の影が動いていた。ちょうど稚魚のように。

 ディオンは聞き入りました。

 あとで長老が言うことには、あれはエルフが子どもを抱いている姿だと。たしかにエルフは身ごもらないが、恋した男の精を受けたなら繭の中に男とおなじ子を時間をかけて作るのだと。

 ただ、そうやって子どもをもったエルフは、もうエルフの力はほとんどなくなり、ほんらいの命を削り……。

 ディオンは瞬きを忘れました。

 長い髪を失ったジオ。働かないはずのエルフが懸命に働き、自分を育てたこと。

 いつの間にか長老がそばに来ていました。

 我らの本来の言葉が分かるようになった今なら、エルフの里への道も見つけられるだろう。

 ただし、おまえを育てたエルフが今もそこにいるかどうかは分からぬよ。

 ココが心配そうにディオンを見上げています。ディオンの心は揺れました。

 行ってきて。

 ココが言いました。ココはディオンにとってジオがどれほど大切な存在なのか知っていました。

 必ず帰るよ。戻ったらきみを迎えに来るよ。

 ディオンはココの頬に唇をよせました。

残りは最終章のみです

ほんとです(`・ω・´)キリッ

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