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追憶  作者: たびー
6/8

クラウディオとディオンと

 クラウディオの恋人はジオでした。


 クラウディオとジオ、ふたりの恋は秘密でした。

 クラウディオは両親から反対されることが分かりきっていたので、誰にも打ち明けませんでした。エルフの(おさ)は人間になど関心がまったくありませんでした。

 ほかのエルフも、いずれジオが人に飽きると思っていました。

 誰からも祝福されない恋。ジオが黒い瞳を悲しげに曇らせます。

 あるとき、クラウディオはジオに自分の名前入りの指輪を贈りました。

 ジオは指輪を包んだ手を胸に抱きしめ、はかなげに微笑むのでした。

 指輪を贈る以外に、クラウディオはジオを喜ばせるすべが何も思い浮かばなかったのです。


 縁組みの書状が届いてからすぐ、ディオンはブラントの館に話を聞くために帰りました。

 館はすっかり、クラウディオの従弟にあたるレギナルドの好みに変わっていました。いつのまにか、金や銀の工芸品がこれ見よがしに飾られ、無駄に華やかになっていました。

 ディオンはレギナルドに詰め寄りました。

 グノスからの縁組みのことなど、寝耳に水だ、と。

 レギナルドは答えました。

 自分はもう四十、すでに妻を娶っているので無理だ。ブラント家のもので年回りで釣り合うのはおまえしかいない。なにせグノスの令嬢は十二歳だ。

 ディオンは驚きました。まだ子どもと言える年齢です。

 実は、グノスからの縁組みの話は以前にもあったとレギナルドは言うのです。そう、クラウディオの時に。

 当時も今も両家は鉱山の境界線をめぐっての諍いがたえません。

 特に、金を生み出す山はグノスとブラントの両方にまたがっているのです。

 あまりの争いの激しさに、国の領地を見分する調停院が両家に縁組みを勧めたのです。

 けれど、とうのクラウディオがかたくななまでに拒否し続け悲劇が起こりました。グノス家の長男・ライナーと鉱山への道のりで、はち合わせしたのです。

 いつもの道が嵐で流れており、しかたなく別の道を行ったのですが、グノスの領地にわずかだけ足を踏み入れていたのです。

 自身の妹との婚姻を固辞するクラウディオに業を煮やしていたのでしょう。ライナーはクラウディオを馬から引きずり落とし、切りつけたのです。

 クラウディオはその傷が元で亡くなりました。


 聞いていたディオンは、『日記』が強引に開かれその日の光景が、まざまざと脳裏に思い浮かびにわかに鳥肌がたちました。

 夢にいつも出ていた、あの男でした。

 刃が体に突き刺さるような激しい痛みを胸に感じ体を折り曲げました。

 額に脂汗を浮かべ青白くなったディオンの様子のあまりの変わりようにレギナルドはうろたえ、とにかく受け入れて欲しいと言い、逃げるように別室へと去っていきました。


 グノスの長男・ライナーは叫んでいました。

 エルフと恋仲の男になど、妹にはやれぬ。妹を愛人にする気か、と。


 ディオンは帰りの道すがら、かつてジオと住んでいた森へと馬に乗って向かいました。

 ジオと分かれた森の入り口。振り返ると、今もあのときと同じく正面にブラントの館があります。かすかな道をたどれば、あの小屋に行き着くはずなのです。

 けれど、行けども行けども、ただ木立が続くばかり。人の住む気配はないのでした。

 たしかにあったはずでした。ちいさな小屋と、ささやかな畑が。

 ディオンはグノスの令嬢と結婚するしかないのでしょうか。

 けれど、グノスの家の者にも聞こえてるはずです。

 ディオンがエルフに育てられたものだということを。クラウディオの秘密の恋人の存在を知ることができるほどの者たちです。

 刺されるまえ、クラウディオはエルフと分かれるようライナーに詰め寄られていたのです。それをはっきり断ったクラウディオは激昂したライナーに刃を向けられたのです。

 その遺恨をなくすためにも、縁組みという和平を申し出てきたのでしょうか。

 帰り道、ディオンは一人野宿しました。

 以前、ディオンはノームたちに自分がエルフに育てられたことを話しました。

 みな、口をそろえて言いました。信じられないと。

 けれど人に慣れない銀鼬のトトがディオンになついているのは、エルフの残り香のようなものを感じ取っているからかも知れぬ、長老は語りました。

 小さな焚き火のなかに、ディオンはジオとの暮らしを思い出していました。

 髪の毛がほとんどない、ジオ。ふたり暮らし、ディオンを育て、畑を耕し、糸を紡ぎ……ジオの指先はいつも荒れていました。

 エルフは働かない……いいえ、ジオは寝る間も惜しんで働いていました。

 自分の母は、ジオではないのだろうか。

 エルフは子を産まない。では、自分はどうやってこの世に生まれたのか。

 ディオンはまんじりともせず一夜を明かし、朝日がのぼると鉱山への道をたどりました。



 戻った足で、ディオンはノームのもとを訪れました。いつもなら森で出迎えてくれるはずのトトの姿がありません。今日は狩りにでも行っているのでしょうか。

 ディオンは胸騒ぎを感じて、枯れ葉の獣道を走りました。

 岩屋の入り口までだどりつき、訪ないを告げました。出迎えてくれる者がいませんでした。

 ディオンは断りをいれて、いつもの広間へと行きました。灯りはついています。年輩の女性たちが手おけや薬草を持って、布のかかった小部屋へと出入りをしています。

 なにごとかがあったのだ。

 ディオンの背中が寒くなりました。

 広間の炉に薪をくべていた背中の曲がった老人が、手招きしました。

 一昨日、思わぬことが起きてしまった。


 あんたが、あれほど気をつけろといっていたのに。

 ココと薬草摘みに出かけた子どもが、山をどんどん降りてしまった。グノスのほうへ。それで、むこうのヒトに会ってしまった。

 ディオンは片手で顔を覆いました。恐れていたことでした。

 それで、捕まえられそうになって逃げてきたんだ。なんとか逃げてきたが、転んで怪我をして。

 グノスでは、ノームを捕まえると、その身と引き換えに金や銀がえられるという野蛮な言い伝えが、まだまだ信じられているのです。

 ディオンはココの部屋を尋ねました。

 ココは岩をくり貫いた寝所で毛布にくるまっていました。そしてディオンを見ると、大きな瞳から涙をぽろぽろとこぼしました。

 トトが、追いかけてくるヒトに挑みかかって、自分たちを逃したのだと。

 トトは鋭い牙と爪を持っています。獲物に飛びかかるように、ヒトに食いつき暴れ回りココたちを守ったのだと。

 ディオンの顔がゆがみます。ふいにトトの柔らかさを思い出しました。羽のように軽くてしなやかな体。銀色に光る背中をなめて毛づくろいしていたこと。ディオンにチーズをねだってきたこと。一緒に岩山を歩いたこと。

 ココは声をあげて泣きました。ディオンは寄り添い、ココの背中を長いあいだ優しくなでました。


 ディオンにはグノス家と縁組みをする意志はありませんでした。

 けれど、それを断ることはできるのでしょうか。

 ディオンはノームの長老たちと、とあることについて話し合いを持ちました。


 またブラントのものが書状を携えて鉱山を訪れました。

 こんどグノスの者たちと面会する場を設けるので、同席するようにとの内容でした。

 いつまでも返答をよこさないディオンに焦りを感じているのかも知れません。面会の場は、鉱山を下りたところの町でした。

 また雪が降り始めてきました。


 ディオンは十九歳になりました。

|д゜) たぶん、あと一話か二話で……

終われたらいいなと。

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