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トトとココ
ディオンはノームのところへ、仕事の合間をぬって足しげく通うようになりました。
ノームの岩屋へ向かう道すがら、気づけばいつも銀鼬のトトが姿を見せて、岩屋へつくと鳴いてディオンの到着を知らせました。
ジオとの別れまぎわには、ジオの言葉が分からなくなっていたディオンには、ノームと言葉が通じるか心配しました。けれどエルフよりも人との付き合いのあるノームは、人の言葉も話すことができました。
岩をくりぬいて作った住まいはディオンには少し窮屈でしたが、整えられて清潔でした。皆が集まる広間を中心にして網の目のように通路が作られ、小さな部屋がいくつもありました。そこでノームは一族で共同生活を送っているのでした。
ディオンはノームの手仕事を見るのが好きでした。
長老や男衆と土産に持ってきた蜂蜜酒やノームの造ったヤマナシの酒を酌み交わすのも好きでしたが、それよりノームたちとふだんの生活をともにするのが好きだったのです。
ノームは大人でも、ごくふつうの背丈のディオンの腰くらいの大きさでした。それでも力持ちで、固い岩を砕いて掘り進め、金や銀を採掘していました。
手先の器用なものたちは、金や宝石で目を奪うような首飾りや耳飾り、宝剣を作ります。
ディオンは長老に作り方をぜひ鉱山の人々に教えて欲しいと願い出ましたが、ノームの手業には本人の技量のほかに精霊たちと契約を結べた者だけが素晴らしい輝きを手に入れられるのだと言いました。
ヒトは精霊と契約することはできない、と。
ディオンは落胆しましたが、ノームと付き合うことをやめようとは思いませんでした。
ディオンを岩屋で最初に出迎えたノームの娘は、ココといいました。銀鼬のトトはココにいちばん懐いているようでした。
そしてココはすばらしい絨毯の織り手でした。
ノームたちは猫より少し大きいくらいの豆羊を飼っています。羊から採れる毛を草木や花で染めて、絨毯を織ります。あらかじめ図案など作らず、すいすいと織っていくのです。ココの織り出す鳥や花の模様は、彩りがほかの誰よりも鮮やかで美しいのでした。
ココは働き者でした。自分の仕事のほかに、幼い子たちの面倒を見、食事のしたくなども手伝っています。
自分には親がなくて、みなに育てられたから。だから、こんどは私がお世話するのとココは言いました。
ディオンはときおりココの隣で糸を紡ぐのを手伝いました。そうしていると、森でジオの機織りを見ていたことを思いだします。糸紡ぎのやり方を教わった時のことを思いだします。そしてジオと過ごしたことが夢ではなく、そのことをココに話して聞かせることで確かなことだったと感じられるのです。
ココは、はにかむような笑顔をみせます。ココはほかのノームより背丈がありました。といっても、ディオンの胸までは届きませんでしたが。あかるい茶色の巻き毛は肩にかかり、大きなハシバミ色の瞳と、すこし低い鼻の愛らしい乙女です。
ココの歌を聞きながら柔らかな羊の毛を紡ぐディオンの膝には、いつの間にかトトが乗ってまどろみ始めます。小さな温かさが体に伝わり、仕事の大変さからも解き放たれ、岩屋にいるととてもおだやなか気持ちになるのでした。
ココの父親はヒトだと長老は言いました。ヒトとノームの合いの子、そのため他の者よりも背が高いのです。
ノームの血が一滴でも入っていたなら、精霊と契約できる。だから半分ヒトのココでも技に優れていると。
ディオンはたずねました。
エルフと人の間に子どもはできるのでしょうか、と。
長老は答えました。
エルフは子どもを生まない、何も育てない。何も食べる必要もなく、ただ日々を踊り歌って暮らす。時おり気まぐれのように恋をする。
……ディオンの知るエルフとかけ離れています。ジオはディオンを育てました。畑を作り、糸を紡ぎ……。
ジオはエルフではなかったのでしょうか。
夢の中に、見覚えのない青年が現れるようになりました。
ブラントの家のものではないようです。
いつもいらついたような瞳をクラウディオに向けます。服装からして卑しくない身分、おそらくはブラントと同等の家柄らしいのですが。
男は刃をクラウディオに向けます。そして、ひび割れた鏡に映った姿のように、さいごは粉々に崩れていくのでした。
反してエルフ……ジオとの夢は甘美でした。
仲むつまじく森の大樹の根元で語らったり、水浴びをしたり。ふたりはいつも寄り添っています。
夢のなかのジオは長い黒髪を日に輝かせています。雛菊の花冠を編み、頭に載せると軽やかに踊ります。
絹の長い裾を指先でつまみ、足取りはまるで宙を泳ぐようです。
甘やかな夢と、灰色になって崩れていく夢と。
ディオンは、クラウディオが亡くなった十九になるのを、恐れていました。
ディオンには気がかりなことがひとつありました。
ノームたちの生活の場が、グノス領にも入っていることでした。住まいにしている岩屋の穴はグノス側にもありました。豆羊たちを放牧したり、ミツバチを飼ったりするのにノームたちは使っているのでした。
もっとも、そこは人の足でたどり着くには余りに不便な場所でしたので、見とがめられることもないのかもしれませんが。それでも、気をつけたほうがいいとディオンはココたちに伝えました。
春から夏になりました。
鉱山にブラント家から使いがやってきました。
手渡された数枚の書状をディオンはためすがめつ見つめ、何度も読みました。
それはグノス家からの縁組の申し込みでした。
グノス家の令嬢とディオンとの。
「あと二話くらいです」と毎回いう口はどの口だー!!
嘘つくトボケた小母さんはいねがぁぁぁぁぁ!!