暗殺姫と死にたがり王子 共通part
「今日はなにがおすすめなの?」
人でにぎわう市場、活気ある街の風景。
私は何も考ないで、周囲に溶け込み、ただの人間として道を歩く。
「お嬢ちゃん。ちょっとオレらについて来てくれ」
―――そう、私はどこにでもいる普通の女の子。
「……この服は、もうだめだわ」
下町の庶民の着るような青地の安布が青と対極色である赤へと汚れる。
それは紫になるわけでもなくとても、色々な意味で人前に出られるようなものではないのだ。
衣服を着替え、ため息をつきながら路地の壁や床に散らばった刃物を丁寧に広いあげる。
総てを統治するのは大主国ジュグジュプスでその周りにある六の従国の一つがヨウコク。
10年前にこの国の王がこのあたりの治安は悪くなる一方だ。
私はジュグの裏、つまりは大王様直属で他国の王や貴族の監視と粛清を担う暗殺者。
いかにジュグの従属国であろうと大っぴらに罪人を殺すのは体裁が悪い。
そのため暗殺される理由とジュグと関係がないことを偽造する。
簡単にいって、王の権威をかさに着た汚れ仕事をする人でなしでしかない。
私利私欲や貧しさから暗殺者になる者のほうが言い訳をしていない分まだいいと思う。
――私は普通の女の子にはなれない。
「ココルナー!」
普通の村娘として街にいる時の親しい友人から声をかけられ微笑む。
それと同時に今ごろ仲間が後始末をしている頃だと考える。
「最近王様がね……」
「王様が?」
噂話が好きな子で、いわゆる普通の若い子なので、顔も広くよく話す。
つまるところ情報を集めるのにてっとり早いので利用している。
個人的に悪いところはなくてとても元気でいい子だ。
「いろいろな村から若い娘を無理矢理つれてきて側女<そばめ>にするんですって!」
「酷い話ね」
ジュグの大王は女性なので、それを聞いたら間違いなく憤慨する事であろう。
「それと最近、第二王子が飛び降り自殺しようとしたらしいのよね」
「なあにそれ、うさんくさい話だわ」
普通に考えて王子を誰かが飛び降り自殺に見せかけて殺そうとしたに違いない。
「噂じゃあ第二王子は引きこもり気味で精神を病んでいるらしいけど……」
「それはたしかにやりそうだけど」
王子の引きこもりと精神が病んでいるのはかれこれ10年ほど前からだ。
病んでいるなら死にたいというのはおかしくはない。
しかし何度も未遂に終わっていたとすれば情報はこちらへ上がる。
しかしこれまで聞いたことがない。
ではなぜ今更自殺などをしようとする?
―――下手なミステリーより気になってしかたがない。
「近々、陛下がヨウコク王族の粛清をするそうだ」
ジュグの城の地下が私達の拠点だ。
「近々ヨウコクの王家でパーティーが開かれる。そこへ潜入し、ヨウコクの第二王子ルナス=ダークブルームを殺せ。それが今回下された命だ」
男は私の所属する殺し屋の頭、殺し命じられれば受ける以外に選択権はない。
「それと、今回の任務では第一王子、王を始末する同僚もいるので間違っても別の対象を狙いにいくな」
王族一人始末して逃げるのも大変だ。
任務が終わってついでに残りも殺す。
なんてことはできないだろう。それに、同僚から邪魔な存在と勘違いされるのもある。
同業が誰か、どの任務をしているかなど互いに把握しないのが鉄則。
もしスパイだったら情報が盛れるからだ。
王家のパーティーに潜入する簡単な方法はないものだろうか。
ヨウコクの王は即位して日が浅い。
暗殺やクーデタァはどこの国でもあることだが少しでも不振な人物がいると感づかれた場合、パーティーを中止されるだろう。
正攻法で入ろうにも村娘なので城に入るなどむりだ。
私は悶々と考えつつ友人の友人と会話をしていた。
「……ココルナ、ちょっといいか」
「ええ、かまわないわムール」
彼は通称、殺しの貴公子。
同業でお互いの、この国へ潜入中の偽名を知る唯一の存在。
今は私の幼馴染ということになっている。
私の師である彼は今回の任務のサポートをするという。
「どう潜入するのがいいと思う?」
「正攻法でいくならパーティーに呼ばれる貴族の女を換金し、成り済ますしかないな」
そんな楽な方法があるならとっくにやっている。パーティーにいく令嬢は誰か、招待状はどうするとか。
色々と問題だらけである。
「はー王子様のいるパーティー。だれかパーティーにいく権利を譲ってくれないかしら~」
「生まれ変わるしかないな」
これは大きな声で言っても怪しまれない。
村の娘が城に行きたがるのは普通のことだからだ。
「パーティーに行きたいなら私と入れ替わらない?」
「え?」
馬車から身なりのいい金髪の女が顔を見せた。
話をきいてみれば彼女はジュグのノングエイン地区の公爵令嬢らしい。
実は第二王子の婚約者として城へ招かれたが、第一王子狙いの上、彼は噂に違わぬ引きこもりだと知ってパーティーを逃亡。
どさくさに紛れ第一王子と近づこうと考えているらしい。
「身元はさておいて入れかわりについて信じてもいいと思う」
一緒にきたムール、もといラウス・ラマーが言った。
「あなたが村娘だってことは言わないわ。だって私もリスクを犯すんですもの」
後で裏をとるが、この雰囲気から嘘でないだろうと感じとれる。
顔が似ているかいないかはさておき、招待状で名前があったらバレるのだ。
「でもお城の人に顔を見られていらっしゃるのでは?」
「私から体調が優れないので妹を代わりに出席させると言っておくわ」
私は招待状を受けとる。書いてある日付けによればパーティーがあるのは一週間後。
彼女は城へ妹として同行させてくれるらしいので、殺す際に油断されるよう今のうちに第二王子と親しくなっておこう――――
「失礼いたします。今日はわたくしの妹をつれてまいりました」
アーザレアは扉を叩く。しかし返事がない。苛立ちをおさえ、アザーレアは自分は先に帰っているといった。
さすがに今はまずいだろうがあまりの手薄な警備にパーティー前じゃなくてもサクッと殺れるのではないかとも思った。
しかし王子が一人暗殺されたらそれこそ他二人が始末できないからだ。
任務が私一人なら他を気遣うこともないが、しかたがない。
「うう……お腹がいたた!!」
私は演技をして中に入る作戦に出た。周りに人がいないので彼がくることだろう。
「ドアの隙間からあげるからとって」
私は薬をもらったが、飲まずにしまった。だって仮病だもの。
まずこの薬が本当に腹痛の薬か怪しい。職業柄薬品などは口にしないのだ。
王子を暗殺する人間が王子に暗殺されるなど絶対に嫌だ。
「ありがとうございますルナス殿下。ですが私はあなた様のお顔を拝見したいのです」
少女小説ならきっと入れてくれるところだろう。
しかしなぜか、扉はしまったまま。
「……なんで?」
―――いや、こちらがなんで?
「君も彼女も僕より兄上がいいと思っているんだ」
「姉様はともかく、私はそんなことはありません」
だって私の標的は貴方なんですもの!
「嘘だ」
「正直な話をします。姉様はたしかに第一王子様に会いに来ましたが、私は貴方に会いにきたのです」
婚約者を違えたことを咎められたら王子に会いたくてちょっと冗談を言ったとか、アーザレアがシラを切れば大丈夫だろう。
「……」
無言で扉がゆっくりとあいた。
「顔みた。じゃ、そういうことで」
ルナスは窓から身を投げようとした。あの噂は本当だったらしい。
「まってください!!」
―――命を粗末にしてはいけません。これはこの世で一番私が言ってはいけない台詞だろう。
「死なないでください」
私はルナスを背後からホールドした。だって今死なれたら任務に支障をきたす。
「……は?」
「だっていまここから飛び降りようとして……違うんですか?」