後輩はいい娘
「私この駅だから」
そう言って彼女は、電車から降りていく。
一人取り残された形となった俺は、空いている電車の中で席に座らず、目的となる駅まで立っていることにした。
「お兄ちゃん、おかえりー」
「はぁ、死にたい、ただいまー」
開口一番に妹に死にたいと言ったお兄ちゃんがここにいます。土曜日というのは子供は基本的に何もしなくていいのが一般的な家庭だが、俺はそこそこ家でも働かないといけない。
この時期は何を作るべきか悩みがちである。夏なら素麺を湯がいたりして、冷えた麺つゆを用意し、ちょっと具材を切ったりして出せばすぐに完成。
「何作ればいい?」
「何でもいいよ。お兄ちゃん作るの美味しいし」
何それ、めちゃくちゃ嬉しいじゃん。腕めっちゃ振るえそうなんですけど、血の繋がった妹に褒めてもらえるお兄ちゃんなんてこの世の一割にも満たないという時代に俺は選ばれしお兄ちゃんと認められたのだ。
「んじゃ、頑張って作りますわ」
疲れは一瞬にして吹き飛ぶ、それが妹の力。
二人での晩ごはんも終えて、一度部屋に戻る。
ベッドの上で、今日渡された紙に書かれていたメールアドレスを登録し終えて、体が重くなる。
「寝たい」
その声は誰にも届くことなく、俺はそこで意識が消えていくのを何の抵抗もなく受け入れる。
「お兄ちゃん、お風呂入ればー」
その声が聞こえてくるけれど、立ち上がることすら俺にとっては苦痛である。
ベッドからゆっくりと落ちて、ごろごろと風呂場まで行こうとするがドアは閉まっているので仕方なく、無い気力を振り絞り上半身を起こして一時停止する。ただ、上半身だけ起こすだけで立ち上がろうとは脳からの指令が来ないのが現状だ。つまり、動きたくないと俺の心とは裏腹に体がそうさせているのだろう。無意識に動きたくない。働きたくない。
「あぁー、生き返りそう」
湯船に浸かると人は毎度こう言ってしまいがちである。あれから、三十分ほど携帯を見ながらごろごろし続けて空に「早く風呂入ったら?」とちょっとキレ気味の声で叱られたため、今は疲れを癒すためにこの風呂場を占領しているわけである。
「明日も外にいかないといけないのか・・・」
今日遊んだから明日休めるとは限らない。明日は体育館に赴き、早見さんのとこの玲那ちゃんとバレーボールの練習に付き合うことになっている。本当は土曜日にする予定であったが、急遽恋愛相談の件もあり、日曜日にしてもらったのである。
「早く寝ないといけないんだよなぁ」
もう既に十一時で、良い子ならおやすみしてる時間帯である。俺が夜更かしを始めたのは小五ぐらいだけどな。はい、俺は悪ガキです。本当なら十五で不良と呼ばれないといけない年齢なんだけどな。それが今や「結婚不適合者」ですよ。
湯船から上がり、そこそこ締まっている体を観察してみる。これなら問題は無さそうだな。
運動部に入ってないから、運動不足に陥りそうだが、なるべくベッドの上で腹筋や腕立て伏せをしてたのが結果にコミットしてるのかもしれない。
冷蔵庫から冷えた麦茶をコップにいれ、それを一気に飲み干す。一気コールがあっても無くても、多分この麦茶は一気で飲まないと気が済まない。
そのコップを流しまで持っていき、サッと洗ってから自分の部屋に帰っていく。
「先輩、お疲れですか?」
体育館前に着くや否や、そう言ってくれる優しい女子が一人いる。それが将来の後輩、早見玲那だ。
俺の経験上、待ち合わせとなった場合に俺より早く来る人なんてほとんどいない。
「ちょっと色々あって」
少しぼやかして話を進める。
「それじゃ、今日も練習よろしくお願いします」
「はいはい、よろしくお願いします」
お金を払ってから体育館に入り、それぞれの更衣室で運動着に着替える。
必然的に俺の方が着替える時間が短く、先に更衣室から出ていき、バレーボールの準備をする。
今日のためにバレーボールに関して、体育の教科書やネットを利用し、その知識を深めた。
「先輩、私も手伝います」
小走りで来る玲那は、とても走るフォームが綺麗に見えた。素人だからよく分かってないけれど、それでも理想的なフォームだとは思っている。
「これ運べばいいんですか?」
玲那はバレーボールの支柱を運ぼうとしていた。
「それは重いから一緒に運ぶぞ」
「了解しました」
二人で両端を持ち、重いながらも運んでいく。これが二人の共同作業なのだと俺は確信している。
「先週の練習でやったことやろっか」
俺の提案に素直に乗ってくれるのも、なんだかんだ可愛いと思ってしまう。俺はバカなのでしょう。
先週はトスを練習したんだっけ? とりあえず、今日もトスの練習から入ってから、サーブも少し教えるのもありかな? まあ、後々決めていこう。
「あっ、ごめん、準備運動してから」
怪我しないようにするためだからね。
二度目となる練習ものんびりになりそうだ。




