図書館では静かにしましょう
二日前にも図書館には来ている身からすれば、単純に他のところに行きたいと思ってしまう。
「それじゃ、ここのテーブルにしよっか」
それぞれが学校指定のとは違うカバンを椅子の横に置いて、一旦、全員が席に座る。図書館ってサイレントマナーだから喋ったら駄目なんだよな。つまり小声で話さないといけないので、距離を縮めてこそこそ話をしないといけない、あー、女の子に耳元で囁かれたい。
レストランと同様に、俺は空本さんと隣同士で、羽柴さんと柴崎君が俺たちの向かい側に座る。
勉強道具を机の上に出して、やっと本来の勉強会というのが始まる。四人が四人とも集中する。
多分、この中だったら勉強の効率の良さ的なものだったら俺が一番だろうな。
高校の勉強は中学校の延長線る。だから、何とかなってしまう。もし、大学に進学するならその分野の勉強を予習がてらしておくべきだろう。
だから、俺は推薦で合格を決めたいと思う。
「ねえ、空本さん、ここわかる?」
柴崎君が空本さんを相手に話しかける。羽柴さんにとっては少し辛い現実かもしれない。空本さんは賢いわけですから、そうなるのも自然なんだよな。
「どこ? そこはね・・・」
「あ、ごめん。見えづらいならちょっとこっちに来てもらえるとありがたいかな」
そう言うと、空本さんは席を立ち柴崎君の横に行ってしまう。これが女子に近付く方法か。
軽く勉強させてもらえたのだが、本来の目的にはそぐはない結果に俺はどうしようもなかった。
「水本・・・君、私にこれ教えて」
羽柴さんは渋々、俺にそんなことを言ってるようにも聞こえた。俺はすぐに立ち上がり、羽柴さんの隣まで近付いた。ごめんなさい、俺がこんなばっかりで、月曜日ぐらいに本気で土下座でもしよう。
「どこ?」
「ここの問題」
重く響くその声は嬉しいなんていう感情は存在するはずもない。俺はこの事実をそっと噛みしめて、彼女の解けない問題を代わりに解いてあげたくなった。まあまあ難しい数学の問題ではあるが、ここに来る前に既に家で解き終わってる。
「この式を変換したら、この法則が成り立つだろ・・・」
「でも、ここってそれだけじゃ解けないんじゃ?」
「問題文に、条件を書いてるからそれも使う」
「あっ、見落としてた」
少しだけ二人きりの空間が出来ている気がした。きっと柴崎君と二人でこうしたかったのだろう。俺には持ってない魅力が柴崎君にはある。俺にはそれを補うほどの魅力なんてない。だから、自分の得意な部分である勉強の面だけは精一杯献身する。
「よし、出来た」
「お疲れ」
小声で言い、俺は席に戻ろうとした。
ギュッ。
「課題まだ終わってないからもう少し教えて」
俺って袖を掴まれるとドキッとするんだな。
優しく掴まれたその袖を振り払うことも出来ず、俺は家庭教師ポジションとして彼女の隣にいることにする。
「どこまでやってないの?」
「あと、六ページ程度」
「それじゃ、すぐ終わるな」
「えっ、でも」
「すぐ終わる終わる」
軽口を叩く俺であったが、すぐに終わるわけでもない。でも、今はこれでしか不安を取り除けない。
俺は隣でそっと彼女を手伝うことにした。
というか、半分やけくそというのもある。
「ここは?」
「こうすればいける」
「分かった」
淡々とした説明にもちゃんと聞いてくれている彼女は優しいのだろう。気が付くと、空本さんは自分の席に戻っており、俺だけがヒートアップしてるような感じさえ持ってしまう。
「はい、あと一ページ」
「代わりにやって」
「試験の時に困るのは羽柴だからな」
釘を少し刺した上で、俺は一瞬代わってやろうとした。
「最後の一ページは自分でやるから」
「それならいい」
「教えてくれてありがと」
「力になれなかったかもしれないけど」
「そんなことないよ」
「んじゃ、頑張れ」
俺は自分の席に戻る。これこそが勉強会なんだと俺は自分でそう言い聞かせて、やっと自分の勉強を始めようとする。すると、電話がかかってくる。
本来ならするはずだった作戦だ。俺はそっと立ち上がってトイレに行く。
電話の相手は言うまでもなく、空本さん。
俺はもう一度空本さんに電話をして、少し籠る。
この後も、勉強会は続いた。
だが、恋愛相談としては、俺は彼女の希望に添うことはできなかった。それだけが心残りだ。
空本さんと柴崎君。俺と羽柴さん。
この二人組で勉強会は終えていった。
「今日はお疲れさまでした」
空本さんの締めの挨拶も終えて、それぞれが自分の帰宅方面に向かう。俺と羽柴さんは電車、空本さんは車、柴崎君は自転車だったため、とりあえず、羽柴さんと俺は並んで帰ることにした。
「今日は色々とごめん」
「本当ですよ。全然協力になってないじゃないですか!?」
本当に不徳の致すところでございます。
「はぁ、ごめん……」
自分の頭がうなだれているのが分かってしまう。
「もう別にいいですから」
「いや、本当にごめんなさい」
「いや、私も積極的に行こうとしたんですけど、上手くいかないなぁって思ってたんで、悪いのは水本君だけじゃないから安心して」
「その言葉がまるで神様のように優しく思えるよ」
改札口を抜けて、同じ方面に向かう。
「はい、これ」
渡されたのは一枚の紙と缶ジュースだった。缶ジュースは羽柴さんも持っているため、羽柴さん自身が二本買ったのだと推測される。
紙を見るとメールアドレスと電話番号があった。
「本当は柴崎君に渡そっかなと思ってたんだけど、渡すタイミング無くて、せっかく書いたから水本君にあげる」
「あ、ありがと」
「少しは喜んでもらってもいいですか?」
「わーい、わーい」
「フフッ」
彼女が笑ってくれたのが何より嬉しかった。何だかんだで辛いことをさせたのかもしれない。
俺はこの恋愛相談で何を学んだのだろうか?




