玉子焼き
授業中にノートを開いていても考えていることは相談のことがほとんどだった。今度の試験範囲のところなのに、このままでは色々とヤバイ。
結局、授業中は昨日考え付いた案を行ったり来たりするだけで、意味をもたらすものにはならなかった。手で髪の毛ををグシャッとかきあげるほど、自分に対して苛立ちすら感じてしまう。
このままで、授業も相談もどっち付かずの状態に陥ってしまうそうだ。とりあえず、今は授業に集中しよう。
「はぁぁ」
教室でご飯を食べる気力もなかった。座りっぱなしだったので、体を動かすという名目で別のところで弁当を食べに行くことにした。
教室を出てみる。授業終わりは食堂に向かう人達で廊下は混んでいる。そこをかき分けて、下駄箱まで歩く。そして、靴を履いて外に出る。
こういう無駄な行動をしていたい。外の空気をおもいっきり吸う。これこそが至高なのだろう。今日は昨日に比べて雲が多く、涼しく感じる。
どこで食べようか迷いながら、学校の外を歩き続ける。どうせなら、誰も使ったことが無さそうなところで食べたい。
すると、来客用の入口があった。俺はこの場所に運命を感じた。ここで弁当を食べたことがあるやつなんかいるはずがない。俺が唯一になるのだ。
俺はそこの入口前の階段に座って、弁当箱を開いた。
「こんなところで、ぼっち飯してんの?」
階段の上を見ると、担任の森野アラサー絢夏先生がそこに立っていた。
「そういう先生は、男と食べに行くんですか?」
半分適当、半分適当の百パーセント適当に質問をする。この先生に男の影が付くとは思えない。
「はぁ? そんなわけないじゃん。あんまり失礼なこと言うと試験問題難しくするわよ」
「やれるもんならやってみな」
どこかの常務と同じことを言っているな。
むしろ、好都合でもある。平均点下がるし、俺ぐらいならそこそこ良い点数は取れるぐらい勉強するつもりだし、もしかしたら偏差値が上がるかも。
「それで先生はどこか出掛けるんですか? もしかして出張ですか? 帰りのホームルームは無くなりますか?」
「今からご飯食べるだけよ。どんだけ私に出張行ってほしいのよ」
「どこで食べるんですか?」
「ここに決まってるでしょ」
俺より先にここを使ってた人を発見しました。
先生はそう言いながら、俺の隣に座り、自分で作ってきたと思われる弁当を膝の上に置いて開く。
「先生もぼっち飯ですか?」
「先生がやるのはそんなに変なの?」
「いや、変とかじゃないんですけど」
これは俺の専売特許だと思ってた。ぼっち飯をするために居心地のいい場所を探すのが俺の楽しみの一つでもあった中学時代。
外で食べるぼっち飯というのは、無限の可能性を秘めていると思っていた時代が俺にもあります。
「それ、先生が作ったんですか?」
「そうよー。料理出来るとモテるって言うからね」
結果が伴ってないんじゃないんですかとは口が裂けても言うことはできなかった。言ったら殺されるだけでは済まなそうな気がした。
「一口食べる?」
「それじゃあ、お言葉に甘えます」
先生が玉子焼きを一つ掴んで、俺の口に運んでくれる。ちょうど一口で食べれるサイズだったのは俺にとっては嬉しいことであった。
噛んだ瞬間に卵の甘みやフワフワな食感が口の中で広がった。これは美味しい。ここまでのはなかなかの努力をしないと辿り着かないほどだ。
「ど、どう?」
「これ、スゴい美味しいです。作り方教えてください。自分でもこれぐらい美味しいの作りたいです」
率直な感想だった。本当にレシピを教えてもらいたい。今日の弁当は母さんに作ってもらったものなので、玉子焼きは無かった。自分で作るときは玉子焼きを大体入れることが多い。その自分が作ったものなんかとは比べものにならないと思った。
「どーんなもんだい!!」
「そういうこと言うからじゃないですか?」
「どの言葉を省いたか説明してもらおうかしら」
「ハハハ」
渇いた笑いが俺の口から出てくる。俺が省いた言葉は、そういうこと言うから(結婚できないん)じゃないですか? の括弧の部分だよ。みんな分かったかな?
でも、料理は本当に出来る女性だとは思った。
これで結婚できないとなると、絶望するしかないレベルの内面の悪さがあるに違いない。
「ごちそうさまでした」
先に食べ終わり、その場所を後にしようとした。
「先生、玉子焼きありがとうございました。また、食べてみたいです」
これはお世辞ではない。また機会があれば、あの玉子焼きを食してみたいものだ。
「今度は大量に作ってきてあげるわ」
今日の昼休みは新たな出会いをした気がする。




