妹は料理が好きです(得意とは言っていない)
玲那と駅前で別れ、電車に一人きり。
俺は心の中で玲那と呼ぶべきなのか? 早見という名字で呼んであげた方がいいのではないのか?
自問自答を繰り返す。会ってすぐに名前呼びとかチャラい人間の代表格だろう。いや、敢えて俺は名前呼びをしてみよう。まずは、第一歩からだ。
真由のことは真由って呼んでるわけだし、そこまで気にすることでもないはずだ・・・いや、俺が名前呼びをすることで勘違い野郎と思われる可能性もある。
向こうも下の名前で呼んでいいというニュアンスのことは言ってたわけだし、気軽に行こう。もし、嫌な顔をされたら、名字呼びに変えればいい。
「ただいま」
「お兄ちゃん、おかえりー」
「何か作ってたのか?」
「ちょっと、オムライスの練習をしてみようかと、晩ごはんに作ってあげようと思ってて」
「そっかー、頑張れよ」
「お兄ちゃん作ったことあるなら教えてよ」
「はいはい・・・試作品とかあるの?」
「これ一回作ったんだけど・・・」
黒く包まれたものが、お皿に乗っていた。
「まぁ、色合いは悪いとしか言えないけれど、大事なのは味だからな」
黒くて許されるのはキャビアと海苔だけだよ。
黒いものを箸で割き、中身を見る。
「これは・・・」
えげつないほどの赤。というか、混じり合ってない。ケチャップをシュークリームのような入れ方したのかと率直に思った。
「いただきます」
何でハンバーグ食った後に、得体の知れないものを食べてんだろうな。
「やっぱり、不味いよね?」
「正直に言うわ。これは不味い。料理教える」
「正直に言い過ぎ」
「料理下手キャラなんかいらないから」
「キャラとか言わないでよ。真剣なんだから」
これで真剣じゃなかったら、軽く怒ってるぞ。
「練習ぐらいはいくらでも付き合いますから、頑張りましょうか」
「よろしくお願いしまーす」
しかし、空が料理が上手くなり男に関して引く手あまたになってしまったら、それはそれで許せないな。多少出来る程度ぐらいに育てないと。
「うん。最初よりは全然マシ」
「よかったー、これでオムライスは得意料理って公言しても大丈夫だね」
そもそも最初のハードルが低すぎるんだよな。あくまでマシなのは最初に比べてだからな。勘違いしないでよね!
「公言とかはやんない方がいいぞ。ハードルしか上がらないから」
期待値とは悪魔だ。期待を超えられなければ、白い目かなんかで見られ、超えたら超えたで更に期待値が高まってしまう。これ無限に続くループなり。
「お兄ちゃんはどうやって料理覚えたの?」
「ネットに載ってるレシピを参考にしたり、料理番組を少しばかり見ていたりとして、あとは実践」
「なんだかんだでお兄ちゃんは頼りになるね」
これは最高の誉め言葉だ。頼りにされるのは嬉しい。期待されてるのなら超えないといけない。これが、悪魔に取り憑かれた人間だ。
「それじゃあ、ありがとね」
空はささっとリビングを出ていった。
あー、なるほど、俺は後片付けに関して頼りにされてたんだね。よし、頑張るぞ。
妹が使った調味料とその他諸々の後片付けをちょちょいのちょいと一時間ほどで終わらせた。
「来週も同じ時間でいいですかー?」
携帯のメールにはその文が表示されていた。俺は正直悩んでいた。その次の週から中間試験が始まるため、なるべくならその土日は家に引き籠って勉強漬けをするつもりだった。
「了解です。またあの体育館でー」
俺はこんなメールを送ってしまった。
高校生活が始まって最初の試験だ。ここで、ある程度上位の人間が見えてくる。そして、その後は上位は固まる。
ならば、ここは断っておくべきだ・・・そう思ったが、せっかく年下に誘ってもらったんだから、そのお誘いを無駄にはしたくない。というか、約束してしまったんだから破るのは嫌だ。
ならば、今から勉強を始めればいい。
俺は問題集を解き始めた。
「お兄ちゃん、ご飯~」
その声が耳に届いたときには、やるべき範囲の問題はほとんど終わらせていた。
「はいはーい、すぐ行く」
問題集を閉じ、すぐにリビングへ向かう。
テーブルには空が作ったであろうオムライスが向かい合わせに置かれていた。
「頑張って一人で作ったよぉ」
「おぉー、偉い偉い、よく出来ましたー」
俺が頭を撫でてやると、ちょっと嬉しそうに自分の手を払いのけた。笑顔でやること恐い。
「渾身の出来だから大丈夫だよ」
結果を述べるなら、普通に美味しかった。
一番最初に食べたあれからすれば、驚異の成長率であった。だが、負けてられないと思った。
この家で母さんの次に料理が上手いのは俺だというちょっとしたプライドがある。妹に抜き去られたら俺は料理しなくなりそう。今の時代、料理ができる男子は人気だ。明日は俺がやろう。
そう心に決めたのは後片付けを終えた後だった。




