入学説明会(後編)
体育館での説明会が終わり、いよいよメインイベントが始まった。生徒の数だけでも三百人、親も含めば五百人ぐらいの大移動なので、一歩間違ってしまえば、かなりの時間がかかるかもしれない。
しかし、そんな心配は、いらなかったようだ。
生徒会の人達が、三つのグループに分けて、順番に回っていくというやり方を始めた。
俺がいるグループは、制服の採寸+学生カバンの購入、体育館シューズと校舎用のスリッパの購入、教科書の購入の順番だった。
生徒会の人に連れられて校舎の中に入っていく。
制服の採寸は、教室二つ分を使って男女で分けて使用していた。制服は後日、学校で引き渡しになるので、先にお金を払い、控えをもらった。そして、カバンを購入して教室を出た。
すると、生徒会の人から次の体育館シューズの購入する教室までの行き方を教えてもらい、その教室に向かった。
目的の教室に着くと、少しだけ列が出来ていた。列に並び、待っているとすぐに順番が回ってきた。靴のサイズを伝えシューズとスリッパを購入した。
あとは、教科書の購入だけだった。これが最後で良かったと思う。教科書はかなり重いから、それを持って他の教室に行くのはしんどいだろう。
教科書販売の教室の場所は、制服の採寸に向かう途中で、見つけていたから、特に迷うことなく着いた。列はかなり混んでいた。お金の準備だけでもしておこうと思い、財布を取り出そうとしていた。
その時だった。
「あの~?」
突然横から声をかけられた。
俺は思いっきりビックリしてしまった。
声をかけられることがほとんどないので、体がビクッと反応してしまう。
「何ですか?」
俺は何とか冷静に返した。声をかけたきたのは女子だった。しかもかなり可愛い女子でした。
「教科書販売の教室って、ここですか?」
「そうだと思いますよ」
「じゃあ、この列に並べばいいんですよね?」
「そうだと思いますよ」
「ありがとうございました」
「どういたしまして」
会話が終わると、その女子は俺の後ろに並んだ。
久々の女子との会話。上出来だなと思った。
ただ、短時間に二度も「そうだと思いますよ」と使うのは、駄目だなと少し反省した。
可愛い女の子が自分の後ろにいるというだけで、背中が熱くなる。俺はなるべく前の人との距離を詰めようとした。早く順番よ回ってこいと心に念じ、待っていた。
そして、自分の順番が回ってきた。俺は財布を取り出すのを忘れていた。慌ててカバンから探しだして、教科書を購入した。
教科書はやっぱり重く、購入したカバンに出来るだけ詰め込んで持って帰ることにした。
多分、次にカバンを開けたら、教科書は折れ曲がっていることだろう。
そして、帰ろうとするとさっきの女子が教科書を持ち運ぶのに苦労していた。
けれど、誰もその子を助けようとしない。
その子は、一人で来ていたようだった。
俺は意を決して、彼女に、
「手伝いましょうか?」
そう言ってみた。彼女が「大丈夫です」と言ったら、一応引き下がろうと思っていた。
すると、彼女が、
「え、でも、これかなり重いですよ」
「二つ分ぐらいなら、多分持てると思いますよ」
絶対持てるとは肯定しなかった。
一つでも結構な重さだから、二つ持てる自信が少し無かった。
「本当にいいんですか?」
「いいですよ」
「じゃあ、お言葉に、甘えさせていただきます」
その女の子の笑顔は、俺の力の源になった。
彼女いわく、
「校門に車を待たせてあるので、そこまでお願いします」とのことだったので、校門まで持っていくことになった。その間、特に何の会話もなかった。
こういうときに、友達が多い奴を羨ましく思う。
自分のコミュニケーション能力の無さにいっそう悲しくなる。
校門まで行くと、そこに高級車が止まっていた。
恐る恐る彼女に、
「これがその車?」
「はい、そうです」
彼女が来たことに気づいた運転手が、車から降りてきて、彼女をお出迎えしていた。
後部座席のドアを開けて、彼女に乗るよう促していた。彼女が車に乗り教科書を運転手に渡した。
その際に「ありがとうございました」と言われ、なんとも言えない空気が出来ていた。
彼女が窓を開けて、俺に、
「今日は、ありがとうございました。お名前聞かせてもらってもいいですか?」
彼女のその問いかけに、俺は、
「水本翼っていいます。」
「私の名前は、空本風花です。同じクラスになれたらいいですね」
彼女は、そう言い、俺に手を振った。
そして、俺も手を振り返すと、彼女は、笑った。
そして車が走っていった。
空本風花という女の子は、お嬢様だった。
「空本風花か・・・」
そう呟き、俺は一人駅まで、歩き始めた。
(そうだ......ケーキでも買って帰ろうかな)
余ったお金の使い道を考えながら、しばらく寂しさを感じていた。
きっと彼女とはもう接することは、無いだろう。
会ったとしても、挨拶を交わすぐらいだろう。
彼女は、多分俺のことを、忘れるだろう。
だから、彼女の優しさを信じることが出来ない。