二人きり
今、分かっていることは、この教室が「恋愛相談部」の部室であること。空本さんも「結婚不適合者」であること。強制入部されたこと。
ほとんど分からない。何なんだろう、これ。
空本さんは、何故か落ち着いているし、
「とりあえず、どうする?」
俺は、空本さんに、聞いてみる。
「待っておいた方が、いいんじゃないかな」
「俺、スゲー帰りたい」
本音が漏れてしまった。でも、事実だ。
「・・・帰りたいの?」
「出来れば、退部して、勉強したい」
「勉強なら、この部室でも出来るよ」
「そもそも、他人の恋愛相談なんか、聞いてられないし、解決なんか無理」
「私も一緒だから大丈夫だよ。だからやめないで」
「うーん」
俺は渋る。そもそも、空本さんとは、会って日が浅い。話しかけられたり、共通の話題があれば、話せるけれど、自分から話すのは難しい。
人見知りは、話題提供が苦手である。
ただ、それ以上に、女子と二人きりっていうのが、とてつもなく辛い。普通だったら、羨ましいシチュエーションだけど、俺にとっては、正直きつい。
「そういえば、水本君はどうして『結婚不適合者』になったの?」
「中学校のとき、色々あったから」
「色々って?」
俺は、空本さんに、中学校のことを話した。
幼馴染に振られたこと。女子を泣かせたこと。その結果、学校で孤立したこと。そのあと、幼馴染があのときは好きだったとか言ってきたこと。でも、幼馴染には、彼氏がいたこと。
それを聞いた空本さんは、
「つまり、女の子が苦手になったってこと?」
「まぁ、そういうことかな」
「その割には、すぐに話してくれたね」
「聞かれたからだけど」
「それでも、そういう話は、あまりしたくないのが普通だよ」
「そうかな?」
「そうだよ」
「そうなんだ」
あくまで、知り合いに話すという感じだから、別に嫌とかという感情はない。
「でも、話してくれて嬉しいな」
心開いた訳じゃないんだけどな。話せって言われたら話すと思うし……。
「あの、その幼馴染の人とは、今どうなってるんですか?」
「友達の関係からやり直して、今は、結構仲は良いかな」
「え・・・な、何で?」
「何でって言われても」
真由から言われたからだろう。
「また、騙されます。絶対騙されます」
「そんなことは無いって」
「その幼馴染は、きっと好きって言われたから今度は、その気持ちを利用するつもりです」
「そんなことされたら、男を好きになるわ」
さすがに、そこまでは無いだろう。そう信じたい。
「そうならないために、この部活に入っとくべきです。だからお願いします。やめないでください」
彼女から懇願される。
「分かりました。やめませんから」
ここまで言われたら、やめることに気が引ける。
「良かった。やめないでくれてありがとうございます」
彼女から笑みがこぼれる。
「空本さんは、何で『結婚不適合者』なの?」
「えーと、話せばちょっと長くなるけどいい?」
「いや、何となくは分かってるんだけどね」
「えっ」
「空本さんは、多分『好きな相手とは結婚できないから』なんじゃないの?」
「・・・」
「結婚不適合者」に選ばれる理由は、犯罪者だったり、自己破産したとか引きこもりだからというのだけではない。
理由は、他にもある。
例えば、親の決めた相手と結婚しないといけないほどのお嬢様だからというのも理由だ。
きっと空本さんもその理由で、選ばれたのだろう。
「うん。その通りだよ」
正解だったようだ。だが、空本さんは、悲しげな表情だった。家のことは、簡単には、踏み込まない方がいい。複雑そうだし。
部室に冷たい空気が流れる。
それから、俺たちの会話は途切れた。
「暇だなぁ」
呟いてみる。特に反応もしてくれない。
「空本さんは、数学のテスト何点だったの?」
あまりに、空気が悪いので、質問をする。
「えーと、92点でした」
何でみんなそんなに、賢いの?
「あと、『さん』付けは、やめてほしいな」
「さすがに、『空本』って呼べないよ」
「じゃあ、風花でいいよ」
「『空本さん』にしておきます」
「部活の間は、『さん』付け禁止で」
こういうのを青春って呼ぶんだろうな・・・。
ガラガラガラ。
「部活の終了時間です」
担任であり、顧問でもある森野先生が来た。
「二人ともこれからは、毎日ちゃんと来るように」
「ちゃんと来ます」
「週三で、お願いします」
毎日はしんどい。学校に来るまで一時間かかるから出来る限り早く帰って、寝たい。
「それじゃあ、お疲れ。戸締まりしとけよ」
俺の言葉を完全無視して、先生が行ってしまう。
「戸締まりは俺がするから先帰ってていいよ」
「ううん。待ってる」
窓を閉め、鍵をかけて、部室を出る。
「明日、来てくれるよね?」
「多分ね」
「絶対来てください。一緒に頑張りましょう」
「分かりました。頑張ります」
そう言って、二人で職員室に鍵を持っていく。
明日から部活なんだな。
この部活大丈夫かな?
校門を出ると、高級車が待っていて、空本さんがそこに乗る。手を振り、別れる。
春だけど、少し暗い中で、俺は駅まで帰る。




