放課後
彼女は、俺のことを覚えていたのかな?
翼と名前で、呼ばれていたのだが、出席確認のときに、先生から翼と言われたので、もしかしたら、それを覚えていただけなのかもしれない。
簡単には信じない俺の悪いところが出てしまう。
「入学説明会のときは、ありがとう」
彼女は、俺のことを覚えていた。
信じていいでしょう。疑った俺は、ばかだ。
「それじゃあ、前期の委員長と副委員長から一言ずつお願いします」
突然、先生から振られて、びっくりしてしまった。
「えーと、水本翼といいます。頼りないかもしれないですけど、よろしくお願いします」
教室から拍手が起きる。
「あの、えーと、空本風花です。頑張るので、よろしくお願いします」
俺以上に、拍手がとんでいる。
「それじゃあ、ここからは、二人に進行してもらって、他の委員決めてね」
そう言い、先生が、教室の入口のところに移動する。
「それじゃあ、委員やりたい人いますか?」
誰も手を挙げてくれない。
空本さんが頼んだら、男全員、手挙げるだろうな。
「何の委員があるんですか?」
肝心な部分が出来ていなかった。
空本さんに頼んで、黒板に書いてもらう。
前途多難なスタートになってしまった。
委員は、美化委員、保健委員、体育委員、図書委員、風紀委員、管理委員がある。
しかし、誰も手を挙げず、膠着状態になってしまった。
きっと、誰かがやってくれるだろうとか思ってしまうので、誰も手を挙げてくれない。
時間だけが過ぎていく。
ついつい、内申点稼ぎになるよとか言いたくなる。
それを言っちゃあ、お終いですよ。
こういうときは、じゃんけんとかで、無理矢理決めるってのもアリなんだけど、サボられるのが、嫌だから、強制はしたくない。
「もしかして、失敗したくないからやりたくないの?」
俺は、唐突にクラスのみんなに聞いてみた。
「そりゃあ、失敗はしたくないだろ」
男子から言葉が飛んでくる。
「大丈夫だろ。俺は、別に失敗とか考えてないし、完璧にする必要なんかないから」
ある程度の経験が積めれば、俺は良いと思う。
学生生活は、失敗しまくって、それが思い出になるはずなんだけどな。
俺も中学校のときは、振られたり、暴言吐いて孤立したりって、これ全部悪い思い出ばっかりだな。
「失敗してもいいんだな?」
男子からその言葉を聞いた。
「あぁ、その代わりサボるのはダメだけどな」
どんなに嫌でも、サボるよりは行かないといけない。
サボったら負けた気分になるからな。
「それじゃあ、俺、体育委員になる」
「分かった。名前言ってくれる?」
「廣野正孝だ」
名簿を見て、漢字を確認する。
「空本さん、名前書いといて」
「はい」
空本さんに、名簿を渡した。
こうなったら、ドミノ倒しのように、決まっていく。徐々に手が挙がってきたが、図書委員だけ決まらない。
図書委員は、図書室で、放課後に時間を取られるので、部活をしている人にやらせるのは、あまりよくない。ここからが正念場だ。
読書が好きな文系女子に手を挙げてほしい。
「あとは、図書委員だけど、誰かやりたい人いる?」
「あのー、私やります」
眼鏡をかけた本好きそうな、女子が手を挙げた。
「分かりました。名前は?」
「桜井結月です」
「空本さん、名前書いといて」
「はい」
「先生、委員全部決まりました」
「じゃあ、水本君も空本さんも席に戻っていいよ」
キーンコーンカーンコーン。
チャイムが鳴り、授業が終わる。
「それじゃあ、委員長、号令」
「あっ、起立、気をつけ、礼」
委員長は、俺でした。忘れそうだ。
「「ありがとうございました」」
「次の時間から授業だから、寝ちゃダメだぞ♪」
先生のぶりっ子は、見てて腹が立つ。
「本当に委員長になったんだね」
村上君に、目を輝かせて言ってくれる。
「まぁ、一年生の内は、失敗できるからな」
「それでも、すごいと思うよ」
「あ、ありがとう」
こんなに、褒めてくれるなんて、俺、嬉しいよ。
「水本君」
幸せな気分に浸っていると、声をかけられた。
「空本さん、どうしたの?」
空本さんが、机の横に来た。
「少しだけ、お話したいんだけど、いいかな?」
「いいけど。じゃあ、村上君ちょっといってくるね」
「うん」
俺と空本さんが、廊下へ出る。
「改めて、入学説明会のときは、ありがとうございました。助けてもらったので、お礼したいなって思って」
「別にお礼とかはいらないから」
「それでは、私の気が済まないです」
「本当に大丈夫だから。それより、同じクラスだったって、今日はじめて知って驚いてるから」
「でも、同じクラスになれて良かったです」
「俺のことは、気付いてた?」
「入学式のクラス発表で、名前があったから、もしかしたら、一緒のクラスになれたのかなって」
彼女が、ふふっと微笑んだ。見とれてしまう。
「これから、よろしくお願いします」
俺は、お礼を言っておくことにした。
「こちらこそ、よろしくお願いします」
彼女の所作が、お嬢様の雰囲気を漂わせる。
「教室、戻ろっか」
「そうですね」
楽しい一時を終え、教室に帰っていく。
六時限は、数学だった。
最初は、テスト返しで、テストの解答用紙が返されていく。貰った人は、喜んだり、悲しんだりしていた。俺の順番だ。
解答用紙を貰い、席で点数を確認する。
「95点」
すっごい喜びたいけど、表情を崩さず、心のなかで大爆笑。これが、俺のやり方だ。ハッハッハッ。
「水本君、どうだった?」
村上君が聞いてくる。
良い点数だったら、解答用紙を見せる。
悪い点数だったら、口頭発表。
つくづく性格がネジ曲がっている。
「水本君、スゴーイ。賢いんだね。憧れちゃう」
「村上君は、何点だったの?」
意地悪な質問しちゃうよ。
「僕は、恥ずかしくて、見せられないよ」
「そんなこと言って、ちゃんと見せなさい」
「91点」
まぁまぁ、賢いじゃねーか、コノヤロー。
でも、可愛いから許す。
このクラスの最高点は、95点だったと先生からの報告。俺が一番でした。やったね。
その時間は、テストの解説だった。
正直、ほとんど正解で、ちょっとだけ減点された俺は、聞かなくてもいいんだけど、満点取りたいので、こういう時間は、めっちゃ先生の解説を聞く。
授業が終了し、ホームルームで、今日出す書類を、後ろから回収という作業が始まり、毎回、明日持ってきます宣言をする生徒が出てくる。
そして、ホームルームが終わり、掃除の時間だ。
班がまだ決まってないから、名前の順で、最初から六人と、委員長の俺と副委員長の空本さんで、教室掃除をしないといけなくなった。
委員長の俺が戸締りをして、鍵を職員室に持っていく。
さて、金曜日に言われた用事をしなければならない。特別棟の西側三階の奥の教室。
果たして、何が待っているのでしょう。不思議発見。
目的の教室にやって来た。
確か、教室の中で、待っといてくれみたいなことを言われた気がする。
一応、ノックをする。中で、女子が着替えてましたハプニングを防ぐためである。
すると、中から、
「はい。どうぞ」
人の声が聞こえた。
俺は、その扉を開いた。
その声の主は、美しい姿勢で、窓から吹き抜けている風に、黒い髪を揺らしながら、座っていた。
「水本君」
「空本さん」
そこにいたのは、空本さんだった。
すると、
「全員揃ってますかー?」
俺たちの担任の森野先生が入ってくる。
「あー、やっぱり来てくれなかったか。誘ったんだけどな」
ぶりっ子だったそれは、見る影もなかった。
「二人だけか。まぁ、成立するだろう」
「先生、何の話をしてるんですか」
俺は、彼女を問いただす。
「あー、説明する約束だったね」
「説明をそろそろお願いします」
「分かった」
少しだけ緊張感が走る。
「君たちは、これから、三年間『恋愛相談部』に入ることを命じる」
「はぁ……」
「『恋愛相談部』では、この学校の生徒の恋愛の悩みの相談を聞き、解決してもらう」
「何で、俺たちなんですか?」
「良い質問だ」
「とっとと、答えてください」
「二人の共通点は、何だ?」
同じクラスということしか思い浮かばない。
だとしたら、俺じゃなくてもいいはずだ。
じゃあ、何だろう?
「数学がクラスで一番のお前でも分からないのか」
「ほぼ関係ないでしょ。それ」
「正解は、『結婚不適合者』であることだ」
「えっ」
そりゃあ、驚くよ。驚かない方がおかしい。
空本さんが「結婚不適合者」だったなんて。
「水本君も、『結婚不適合者』なの?」
俺以上に、空本さんの方が驚いていた。
「というわけで、悩みが来るまで、待機ね。お疲れ様」
そう言い残し、先生が出ていってしまった。




