セレクション20。
僕は思考を停止することにした。あまりこれ以上考え事をしてもいい結果は得られそうになかったからに他ならない。
課題をやることにした。ゴールデンウィークがあるからと先延ばしにして溜まった課題をやってしまうのだ。まず、統計学から取り掛かることにした。エクセルで途中まで作りかけていたファイルを開いてしばらくはパソコンと向き合ってキーボードを叩くことに集中することにした。
しばらくキーボードを連打し続けて統計学の課題を片付けて基礎情報処理の課題の二つ目に取り掛かっているところだった。隣の部屋から喘ぎ声が聞こえてきた。僕はキーボードをたたく手を止めて、壁にぴったりと耳を密着させて息を潜めた。いつも通り、男の声は一切聞こえない。いつも聞こえてくるのは、田中さんがよがる声だけだ。確か井上が言ってたけど、二つ上の同じ部活の先輩って話らしい。不規則に甲高くあがる田中さんの嬌声は、とても澄んでいた。いつも話すときの、あの女にしては少しばかり低い落ち着いた声じゃなく、如何にも女性らしい高く澄んだ声だった。田中さんの喘ぎ声は、今まで僕が聞いてきた喘ぎ声の中でもなかなか水準の高い部類に含まれていた。それこそ、そのままいかがわしいゲームの声優でも出来るくらいの出来栄えだった。それくらい、良かった。相変わらず、田中さんの喘ぎ声は聞こえてくる。単調といえば、そうかもしれない。僕は耳を壁に密着させたままにして、目を閉じた。思い浮かんだのは、暗い部屋でゆっくりしたペースで規則的な上下運動を続ける黒いシルエットだ。髪型はわからない。ぱっと場面が切り替わり、次に僕が想起したのは暖色系の光に満ちた玄関先からのぞく田中さんの丸みを帯びた足の指だ。左足のちょうど人差し指に絆創膏が巻き付けてあった。そして視線を足先から上にスライドさせると、田中さんと目が合った。背が低い。顔は取り立てて特徴のない顔だ。名前から顔まで、何から何まで普通の領域を出ない人だという印象しか僕は持っていなかった。ただ、喘ぎ声だけは素晴らしいって言えるんじゃないかな、と思う。目を開くと、LEDで真っ白けっけになった自分の部屋がぼんやりと浮かんで見えた。田中さんは新体操部に入っている。今、彼女と彼女の二個上の先輩はどんな体位なんだろう、と僕は気になった。ふいにブリッヂをしながら絶頂を迎える田中さんが視えた。いやいや、もっといやらしい体位かもしれない、と僕は自分の頭に浮かんだイメージを振り払った。ところで、男のほうも新体操をやっているのかな、とそんなことも気になりだした。いずれにせよ、想像するに彼女たちは雑技団的な珍獣プレイに興じることなく、ただただノーマルに、田中さんの顔やらスタイルやら名前やらと同じように、普通のセックスをしているに違いない。そう、僕は思った。




