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語るべき其処の庭

僕は部屋にいた。一人暮らしの自分の部屋だ。10階から見る向こうの高層ビル群は規則的に赤い点滅を繰り返している。この景色を見るたびに僕は少し我に返っていくような気がする。この景色が、自分の調子を整えるツールになっているんだと思う。田舎にいるとき、実家の二階にある自分の部屋の窓から見る外の景色は離れた間隔で点在する木造住宅と、ただ果てしなく広がる田園風景だけだった。今その景色を使うならば、また少し違った意味で僕は自分を調整するのだろうと思う。都会の茫漠たる閉鎖的な雰囲気とは違い、田舎の厳然たる開放的な雰囲気という意味で自分を調整するのだと思う。今少し考えれば、実家にいる最後の三年か二年間くらいはその調整が上手くいってなかった、と思う。いや、事実上手くいってなかったんだ。だから今、僕はここにいる。開放的な都会の只中に。実家には割とまめに帰る。そんなとき、行きの新幹線の自由席であったり、帰りの飛行機に乗る前の搭乗口で、その意味合いが剥離するのを感じる時がある。茫漠と厳然。開放と閉鎖。田舎と都会のクロスチェンジが自分の中でふとした瞬間に訪れる。そういうときに僕は自分の立ち位置を見失いそうになる。僕はどこにいるのか。どこに向かうのか。今までどこにいたんだろうか、と。意味合いが許の鞘に戻りきってしまうと僕は愚問だったと再認識する。だけどすぐにまた、わかっているつもりでもそれを引き起こしてしまう。理由は分からない。分かる人間なんているわけがない、とも思っている。そしてまた無意識でスキップされ続ける日常の中に埋もれていく。あるいは流されていく。自分の中では知らない間にそうなってる。けど、どこかでこう思う自分がいる。「お前、知っててそこに向かって行ってないか?」 違うと言い切れない自分を僕は確かに抱えている。そんな問いかけをしてくるのは決まっていつも、十七歳の僕だ。十四歳の僕は、はっきりとはものを言わない。ただジェスチャーで曖昧な意思を伝えてくるのみだ。十四歳ってまぁ、そういうものだと思う。ただ十七歳の僕は自己主張を明確に伝えてくる。表向きの十七歳じゃない自分だ。彼は、いつまで僕の中にあり続けるのだろう? 頭を押さえつけて沈み込ませようとする自分のときもあれば、話を聞いたうえで高い高いをする自分もいる。結局のところ、僕は実家に帰るついでに昔の自分をリロードしているのかもしれない。もちろん、タバコを吸うときも密かに彼はリロードされているんだろう。


 僕はタバコをアルミの灰皿に押し付けてもみ消した。マグに入っているまだ熱いコーヒーを一口飲んでから部屋に入る。今夜は少し風が強い。チェアーに座り、再生中の音楽を止めて、そのままその音楽ファイルをゴミ箱に突っ込んだ。ヘッドフォンを外してスタンドに置いた。眼鏡を外して首を回す。前髪を横に流しながらまた一口コーヒーを啜った。ゆっくりと鼻から息を吐いた。思い出したようにカーテンを閉めた。部屋には無音が敷き詰められていた。自分が座っているPCデスクから向こうの食卓の前に据え置かれたテレビを見た。待機中のオレンジのランプが点灯しているだけで、音を一切立てていなかった。ディスプレイには艶が消えた黒が波紋を浮かべることなく漂っていた。

 目を閉じる。自分の中にリロードの余韻がまだ居座っているのを感じる。また鼻からゆっくりと息を吐く。心身ともに思った。この部屋から出たくない、と。壁の色は白だ。フローリングは木目調で、インテリアは種々様々な刺激を発している。この部屋で、この閉じられていてかつ、陽の入ってくる世界で、僕はただ浮かんでいたかった。この空間で、ずっと漂流していたかった。当てもなく彷徨っていたかった。世間は今、ゴールデンウィークの最中で、普段は救急車や暴走族、酔っ払いで賑わう下界も今はやけに静かだった。定期的に通過していく車の走行音しか聞こえてこなかった。だから部屋には静寂が立ち込めていた。でも、それはとても温かった。他の何を並べても比肩しうるものがないように思えるくらいには。


 ふと脳裏を何かが掠めた。何だ? そう思い意識を集中させた。

 白身だけなら。

 まただ。またこの言葉だ。何だろう? 僕はついに病院に掛からなければならない程に精神を病んでしまったのだろうか? ついにというより先にもう僕は実際、随分と前から手遅れの状態だったのかもしれないな、と少し自嘲した。こういうことは、通常周りの人間が気付いてから発覚するらしいというようなことを前にどこかで聞いた。僕には周りの人間がいなかったのかもしれない。もしくは、総てが僕の思い過ごしに過ぎないのかもしれない。僕が感じるすべての物事は既に誰かに踏襲された伝統なのかもしれない。気持ち悪いほどに整備された道を、僕はそれと知らずに嬉々として、あの田舎者がよくやるように、鼻息を荒くして身体をいつもより余計に動かしながら歩いているのかもしれない。でも、総じてこれだけは言えるんじゃないかな、と思う。

 僕の周りには、誰もいない。


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