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夏祭り

時が経つのは早いもので、クヴィネたちが伊勢家に転がり込んでからもう一週間がたった。

 最初は遠慮気味だったクヴィネたちも、今では居間でだらけ切っていた。

「あつい~。なんとかならぬのか宮司」

 巫女のバイトが終わったクヴィネは、居間に胡坐をかいて天井を眺めながら呟いた。

「無茶言うな。日本の夏は高温多湿って、はるか昔から決まってるんだ。我慢しろ」

 宮司は汗をかいた腕に、引っ付くノートと格闘しながら答えた。

 今日は、朝方雨が半端に降ったのと、その後に雲一つない晴天になったのが相まって地獄と化していた。さらに追い討ちをかけるように無風だったのも災いしている。

 クヴィネが唸りながら畳みに寝転がった。そして頬を畳みにぺったりとくっ付ける。

「ああ・・・・・・畳がひんやりしていて気持ちよいな」

「クヴィネ様、だらしないないですよ。魔王なのですから、もう少し身の振る舞いに気を使ってください」

「そう堅い事を言うでない。私は繊細だからな、暑さには弱いのだ。バレットも一緒にどうだ?」

 バレットは、無意識か、故意かは分からないがクヴィネのお腹に乗っかってきた。

「ぐふぅ。バレット何をするのだ・・・・・・」

「えへへ、こちょこちょこちょ~」

 バレットは、クヴィネのお腹に乗ったまま脇をくすぐり始めた。

「くふっあははははは、バレットやめっあはははは」

 ベレイは、クヴィネが笑いながらもがく姿を見てニヤリと笑った。

「ぐっ、お前達、組んでいたのか」

「はい、協定を結ばせてもらいました。バレット、もっとやってしまいなさい」

「あいあいさー」

 バレットは元気良く返事をすると、くすぐる手を早めた。するとクヴィネの笑い声が段々と大きくなっていった。

 ベレイが、手を上げるとバレットのくすぐりがやんだ。

「どうですか? お気持ちは変わりましたか?」

「はぁはぁ、私は、負けぬぞ・・・・・・。意地でも寝続けてやる!」

 クヴィネは、バレットを押えようとしていた両手を投げ出し大の字になった。

「それは誠に残念です・・・・・・。バレット、本気でかかりなさい」

「はい!」

 バレットは元気良く返事をすると、嬉々としてクヴィネ脇を、先程よりも早くくすぐり始めた。

「ぐぅ、私は武力には屈さぬぞ! 好きなだけくすぐるがよい! バレットが飽きるか、私が屈するかの真剣勝負だ!」

「クヴィネ様、すばらしいお心構えです。だからこそ、私も手加減はいたしません! 行きますよバレット!」

「はい、お姉さま!」

「なぬ! 二対一とは卑怯な!」

「クヴィネ様、戦場で正々堂々闘ってくれる者などいません! それに、確固たる覚悟を持った方には、全身全霊持てる全てを出し切って闘うのが礼儀というものです・・・・・・」

 ベレイはクヴィネの足を掴む。クヴィネは足を掴まれると顔を青くして抜け出そうともがいた。

「両方同時は駄目だ! 非人道的だ! 鬼! 悪魔め!」

「クヴィネ様、戦とはいつの世も非常なものなのです・・・・・・」

 ベレイは悲しそうに呟くとくすぐり始めた。

 クヴィネは笑い声とも悲鳴とも似つかない叫び声を上げる。だがベレイとバレットはくすぐるてを休めない。

 平和だなぁ、とても魔王には見えないな。

 宮司はそんな事を思いながら、宿題の存在など初めからなかったかのように、頬杖を突いてその光景を眺め始めた。

 五分ほどでベレイとバレットのくすぐり攻撃はやんだ。

「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ、はぁ・・・・・・」

 ベレイとバレットのくすぐりが終わるとクヴィネは変わり果てた姿になっていた。先ほどの威勢など見る影もなく消え失せ、虚ろな目でぐったりと畳の上に横たわっている。

「負けを認めますか?」

 ベレイが一仕事終えた後のような爽やかな顔で、クヴィネに降伏をすすめた。

「・・・・・・私の、負けだ・・・・・・」

 クヴィネは横たわったまま悔しそうに呟いた。

「お姉さま! やりましたね! クヴィネさまに勝ちました!」

「ええ、これで勝負は五分五分に並びました。これからも頑張りましょうねバレット」

 既にベレイの頭からはクヴィネの身の振る舞いの事は抜け落ちているらしい。いや、もしかしたら、ただ単に勝負のために因縁をつけただけかも知れない。

 そこに老人が入ってきた。

「全員そろっとるようじゃな」

 老人は皆に座るように促がしてから話を始めた。

「今年も我が神社主催の夏祭りの時期がやって来た。それにあたって皆に協力して欲しいのじゃ」

 老人の話によると、最初の頃は、魔人と人間の友好を祝して年に一度魔界のお偉方を招いて、宴を開いていたらしいが次第に棄てれていき、今のような地域住民のための夏祭りになったそうだ。

 そこで、宮司たちに手伝ってもらいたいという事であった。

 老人によると具体的な仕事の内容は、クヴィネたち女性陣が提灯や、やぐらにつける紅白の布などの小物の点検で、宮司は本部テントにやぐら、などの設営の手伝いだ。

「祭りは明々後日じゃ。当日は町内会の面々で祭りの運営をやるから、当日はバイト代も出ることじゃし。お客さんとして目一杯楽しんでおくれ」

 老人は仕事内容を書いた紙と、夏祭りのしおりを全員に配った。そして、老人の掛け声で、各自作業場所に行く事になった。

 玄関を出るとクヴィネは宮司に尋ねた。

「なあ、蔵とやらそこにあるのだ?」

「ああ、分かりづらいから案内するよ」

「ありがとう」

 クヴィネたちは宮司を先頭にして歩き始めた。

 バレットが宮司の横まで来て、宮司の服の裾を引っ張った。

「ん? どうした」

「お祭りってどんなことするの?」

「うーん、なんて言ったらいいかなー。食べ物とか色々な出店がでて、ヨーヨー釣りしたり、りんご飴食ったり、色々するぞ」

 バレットが目を輝かせながら小躍りした。

「へ~、夏祭り楽しみです!」

 すると、身長が百九十センチはある坊主頭に髭面のがっしりした体躯の男が、重そうな鉄の棒を軽々と担ぎながら近寄ってきた。

 その男は宮司の近くまで来ると、親しそうに宮司に話しかける。

「よう、宮司」

「お、信也。今年も借り出されたのか?」

「ああ、暇だったからな。準備もそれなりに楽しいし、それに行かないとかーちゃんにめっちゃ怒られるし」

「お前、本当母親に弱いよな」

「ほっとけ。お前は誰にでも弱いじゃねーか」

 信也はクヴィネたちを認めると宮司にささやいく。

「・・・・・・それよりもよ宮司、その麗しい人たちは何だ? 三股か? 男として最低だぞ。一人に絞れ」

「違うって、親戚だよ。お前も御酒も思考回路が謎すぎるぞ」

「そらそーか、お前に三股なんて器用な事出来ないわな」

「うっせ。こいつは親友の信也だ。見た目はかなり厳ついけど、良いやつだから安心してくれ」

 信也は宮司に紹介されると、鉄の棒を地面において挨拶を始めた。

「どうも、信也です」

「クヴィネだ」

「ベレイと申します」

 バレットは信也が怖いのかベレイの後ろに隠れて顔を半分だけ覗かしている。

 信也は、しゃがんでバレットと視線を合わすとバレットを怖がらせないように満面の笑顔を顔に浮かべた。しかし、元々の顔がかなり厳ついので焼け石に水どころか、仁王のような顔になっていて、怖さが倍増していた。

 バレットが涙を目に溜めて今にも泣き出しそうになると救世主が現れた。

「こら! しーちゃんは自分の怖さを自覚するにゃー!」

 御酒はそう叫びながら信也にドロップキックをかました。信也はバランスを崩してその場に倒れた。

「ぐおっ」

 御酒はしゃがむと、微笑みながらバレットの頭を撫でた。

「もう大丈夫だよ。あの人は顔は怖いけど優しい人だから安心するにゃー」

 バレットの顔がぱぁと明るくなる。

「お姉ちゃんありがとう!」

「よしよし」

 御酒がバレットの頭を撫でる。すると猫耳に気が付いて顔を輝かせた。

「こ、これは、ネコミミ! やーん、可愛すぎる! 食べちゃいたいにゃー」

 御酒は、息を荒げながらバレットに抱きつくと耳をさわさわした。

「すごーい、作り物とは思えないにゃー」

 バレットの顔が強張った。救世主だと思った女性が実は変態だったのだから、絶望するのも無理はないだろう。

 バレットが、御酒の束縛から抜け出してベレイの後ろに隠れた。

「お姉さま! この人怖いです!」

「にゃはは、ごめんね、興奮しちゃって、私は御酒、よろしくね♪」

 御酒は微笑みながらバレットの前にしゃがんだ。

「ほら、バレットも挨拶しなさい。悪い人ではないと思いますよ」

 ベレイに促がされて、バレットはおずおずと自己紹介した。

「私は、バレットです。よろしくお願いします、みきお姉ちゃん」

「よろしく、バレットちゃん♪」

「俺は信也だ」

 信也が笑いながら顔を近づける。すると御酒は「だから怖いって言ってるにゃー」と言って手で押しやった。

「御酒も蔵に行くのか?」

「そうだにゃー。もって事はみーちゃんも今年はくらなのかにゃー?」

「いや、クヴィネたちを案内するだけで俺は今年も力仕事だよ」

「そうなんだ。大変だにゃー」

「久しぶりだな、御酒」

「久しぶりにゃー、クヴィネちゃん。バレットちゃんとそちらの御方はクヴィネちゃんの知り合いかにゃ?」

「ああ、背の高い方がベレイだ」

「御酒です。よろしくお願いします」

 御酒がぺこりと頭を下げると、ベレイとバレットも頭を下げた。

「御酒様は、宮司様のご友人ですか?」

「そうだけど、様はいらないにゃー、何かむず痒いにゃー」

 御酒は気恥ずかしそうに言った。

「いえ、クヴィネ様のご友人ですから。御酒様と呼ばせて頂きます」

「どうしてもかにゃ?」

「ええ、どうしてもです」

「御酒、実は私は某国の貴族で、ベレイは私のお手伝いさんなのだ。だから、様をつけねばならなくてな。悪いが諦めてくれ」

「うひゃークヴィネちゃんお嬢様だったの!? 凄いにゃー。まあ、そういうことなら諦めるにゃー。悪い気もしないしにゃー」

「ありがとうございます」

「さて、俺はそろそろ仕事に戻るわ」

 信也が鉄の棒を担ごうとすると、バレットがそろそろと近づいてきて、もじもじしながら自己紹介した。

「あ、あの、私は、バレット、です・・・・・・」

 信也は一瞬驚いた顔をしたが、すぐに嬉しそうに笑って手を差し出す。

「よろしく、バレットちゃん」

 バレットは信也が、悪い奴ではないことを理解したのか、恐る恐るだが握手を交わした

「よろしく・・・・・・」

 信也はバレットから手を離すと鉄の棒を担いだ。

「宮司もさっそく手伝えや」

「ああ、勿論。御酒、クヴィネたちを蔵まで案内してやってくれるか?」

「任せるにゃー」

「サンキュー、これ鍵な。頑張れよ」

 そういい残して宮司と、信也は鉄の棒を担いでどこかへ行った。

「じゃあ、私達もいくにゃー」

「うむ、頼む」

 今度は御酒を先頭にして蔵へ向かう。蔵は神社からかなり離れた場所にあった。

「ここが倉だにゃー」 

 その蔵は国が直々に立てただけあって漆喰作りのかなり立派なものであった。

 御酒が鍵を開けると重そうに扉を引き始める。しかし、御酒の細腕には重すぎるのか、うんともすんとも言わなかった。

「私も手伝おう」

「ありがたいにゃー」

 クヴィネが扉を引くと、御酒の時は微動だにしなかった扉が軋みながら開いた。

「おお~、クヴィネちゃん力持ちにゃー」

「鍛えておるからな」

 クヴィネが得意げに答えた。

 御酒が蔵の中に入り、電灯に光を灯した。薄暗かった蔵の中が灯かりに照らされて全貌を露にした。蔵の中は完全な密封状態だったからなのか、なかなか綺麗であった。

 クヴィネは御酒に次いで中に入ると、辺りを見回しながら御酒に問いを投げかける。

「提灯と、紅白の布はどこにあるのだ?」

「奥の方だにゃー」

 御酒は奥にある大きいつづらを指差した。

「私はバケツに水を汲んでくるから、先につづらを開けて中身を出しておいてもらってもいいかにゃ?」

「うむ、了解した」

 御酒は隅に置いてある掃除用具の中からバケツを探し出して、水を汲みに行った。

「よし、開けるぞ。ベレイ、バレット」

「いえ、クヴィネ様のお手を煩わせる必要などございません。ここは私にお任せを」

 ベレイが真剣な面持ちでつづらまで向かう。クヴィネとバレットも、ベレイのただならぬ雰囲気を感じ取ったのか、固唾を呑んで見守る。

 ベレイは深く息を吐くと、つづらに手をかけて一気に開け放った。

 すると、ベレイの周りの空気がピンと張り詰める。クヴィネたちも異変を察知したが、ここからでは肝心なつづらの中身を見ることが出来なかった。

 バレットの顔が曇る。クヴィネが「埒が明かぬ」と言って、つづらに向かって一歩踏み出そうとすると、ベレイが手で制する。そして、ベレイは畏怖したような声で喋り始めた

「来ては、いけません・・・・・・まさか、この神社にこのような事実が隠されていようとは思いもしませんでした・・・・・・」

「何だ、一体、ナニが入っているんだ?」

 クヴィネの額から、冷や汗か厚さによる汗かは分からないが、汗が一筋たれた。

「今、出します・・・・・・バレットを頼みますよ」

「ああ、任せておけ」

「クヴィネさま・・・・・・」

 クヴィネは、自分を盾にして、バレットを後ろに庇った。

 ベレイはそれを確認するとそろそろとつづらへ手を伸ばす。

 つづらの中へ、ベレイの手が指先、手のひらとどんどん吸い込まれていく。そして、前腕の中ほどまでつづらの中へ入れると、腕の動きが止まった。

 しばらく、ベレイの腕はナニカを掴むために、つづらの中を彷徨っていたがナニカを掴んだらしく突然腕の動きが止まった。

「行きますよ・・・・・・」

 ベレイが、意を決したようにつづらの中から腕を勢い良く引き抜いく。すると、ベレイに頭骨を掴まれて、首から下を四方八方に揺らす人間の骸骨が姿を現した。

 バレットは白骨が目に入るや否や、悲鳴を上げて出口を目指し走り出した。

 そこに運悪く水を汲みに行った御酒が戻ってきた。

 バレットは慌てて、ブレーキをかけるが、努力もむなしく御酒と激突した。 

 御酒は、咄嗟にバレットを抱きしめながら後ろに吹っ飛んだ。アルミバケツがやかましい音を立てながら地面に転がった。

「いてててて・・・・・・バレットちゃん大丈夫?」

 バレットが御酒の胸から顔を上げる。御酒が庇ったおかげでバレットには傷一つなかった。

 バレットは御酒のひじに出来た大きな擦り傷を認めると、嗚咽交じりに謝った。

「うえっ・・・お姉ちゃん・・・ごめ、なさい・・・私の、せいで・・・」

 そこにクヴィネとベレイが駆け寄る。

「すまない・・・私がしっかりと抱き締めておかなかったのが悪かったのだ」

「いえ、私が脅かしたのがいけなかったのです。申し訳ございません・・・・・・」

 クヴィネとベレイが頭を下げた。

「あははは、頭を上げてください。前方不注意だった私も悪いし気にしないでいいにゃーそれにこんな傷唾でも付けとけば直るにゃー」

 御酒は明るく笑いながら答えた。そして、自分の胸に引っ付いてしゃっくりを上げているバレットの頭を撫でる。

「ほら、私は平気だから、もう泣き止むにゃー」

「うっ・・・・・・ほん、どに・・・ごべん、なざい・・・」

「もういいにゃー。バレットちゃんが泣き止んでくれないと、私も悲しくなるにゃー」

「う、ん・・・」 

 バレットは必死に涙をこらえた。

「偉いぞ、バレットちゃん。危ないから次からは気をつけるんだよ?」

「うん・・・」

「これでこの話はおしまいにゃー。でも、どうしたの? ねずみでも出たのかにゃ?」

「それが、この神社には恐るべき事実が隠されていたのだ」

 クヴィネがえらく真剣な面持ちで言うのを見て、ベレイは噴出しそうになるのを必死に堪えていた。

「事実? 一体何があったにゃー」

 御酒がバレットを促がして立ち上がると聞き返した。するとバレットが御酒の腰に引っ付きながら呟いた。

「骨が・・・・・・人の骨があったの・・・」

 御酒は一瞬きょとんとしたが、すぐに状況を理解したらしく笑い出した。

「あはははは、骨ってつづらの中のでしょ?」

 クヴィネとバレットは、呆然としながら頷く。ベレイが遂に堪え切れなくなったようで噴き出した。

「にゃはははは、アレは肝試しようの作り物だにゃー」

 御酒がくすくす笑いながら、クヴィネとバレットに真実を告げた。

 クヴィネの頬に朱がさしたかと思うと蛸のように赤くなった。

「ベレイ・・・だましたな?」 

 クヴィネが低い声で唸った。

「お姉さま、ヒドイです!」

 バレットが、頬を膨らませながら抗議した。

「ふふっ、すいません。まさかここまで信じるとは思わなくて・・・・・・」

「笑いを堪えるのが大変でした」 

 ベレイがいたずらっぽく笑った。

「お姉さまの馬鹿! 本当に怖かったのに~」

 バレットがベレイの下に駆け寄ってポコポコお腹を叩いた。

「ふふ、ごめんなさい。バレット」

「御酒も気をつけるのだぞ。ベレイは真面目そうに見えてかなりお転婆だからな」

「にゃはは、気をつけるにゃー。それじゃあ、私は水汲み直してくるにゃー。提灯とかはもう一つのつづらに入ってると思うにゃー」

 御酒は地面に落ちたバケツを掴むと、水道まで歩いていった。

「分かりました。行きましょうか、クヴィネ様、バレット」

 クヴィネたちは蔵の中に入ると、骸骨の入っていたつづらを閉めて、その後ろに置いてあったつづらを手前まで運んだ。

 そして、つづらを開けて中に入っている提灯や紅白の布を出すと、紅白の布に破れている場所がないか確認し始めた。


 一方宮司たちは黙々と、テントややぐらの柱を運んでいた。運ぶ作業が一区切り付いて休んでいると信也が話しかけてきた。

「しかし、あんなに麗しい人達に囲まれてるのになんとも思わないのか?」

「いや、まあ、気になる奴が、いることにはいるけど・・・・・・」

 宮司が信也の問いにゴニョゴニョ答えた。

「お、宮司からそんな言葉聞くのは、高校生活二年間の中で初めてだな。で、誰なんだ?  教えろよ」

 信也が、宮司に詰め寄った。

「な、教えるか、馬鹿。それよりお前はもう海行ったのか?」

「おう、行ったぞ。いや~、やっぱ水着はいいな。いい目の保養になったぜ」

 宮司は、信也が彼女のかの字も出さない事で悟ったのか、静かな声で聞いた。

「彼女・・・・・・出来なかったのか?」

「・・・ああ、一応、頑張ったんだがな、彼女が出来る前に、警察のお世話になる所だったから諦めたぜ・・・」

 信也がしんみりしながら呟いた。宮司は、信也の背中を叩きながら「どんまい・・・いいことあるさ」と励ました。

「なに話してるにゃー?」

 水を汲みに来た御酒が、後ろから話しかけた。

「色々とな、それより御酒こそどうしたんだ? さっきも水汲みに来てたろ」

「たはは。実は転んで水こぼしちゃったんだにゃー」

 御酒が頭をかきながら答えた。その言葉通りに、服のあちこちに土汚れが突いていた。さらに頭をかいている腕には大きな擦り傷もあった。

「それは災難だったな。ほら、消毒するから傷口見せてみろよ」

「これ位平気にゃー。みーちゃんは心配性にゃ」

「じゃあ、せめて水で傷口流しとけよ。汚れがついたままだと不衛生だからな」

「分かったにゃー。みーちゃんは気が利くからいいお嫁さんになりそうだにゃー」

「あまり嬉しくないな・・・・・・」

「もし、これで喜んだら俺はお前と距離を置くことにしたぞ」

「俺達の友情はそんなもんなのか?」

「宮司、友情とは儚いものなのだよ」

「にゃはは、優しいしーちゃんには、そんなこと出来ないにゃー」

「冗談なのになんだか胸が痛くなるな・・・」

「お前、本当いい奴だよな。よし、そろそろ作業再開するか」

「そうすっか、またな御酒」

「またにゃー。お仕事がんばるにゃー」

 宮司たちと別れると御酒は水を汲んで蔵に戻った。

「水汲んできたにゃー」

 御酒が水汲みから戻ると、紅白の布の確認は終わっていた。

「ありがとう。では拭き始めるとするか」

 クヴィネたちは各々雑巾を絞り提灯を拭き始める。だが数もあまりなかったので十分程度で拭き終わった。

「ふう、思っていたより早く終わったな」

「そうですね。宮司様たちの仕事を手伝いに行きましょうか?」

「賛成!」

「にゃ? あとつづら二十個分くらい残ってるよ」

 クヴィネとベレイとバレットが、一仕事終えた雰囲気を出していると御酒が訂正した

 クヴィネとベレイとバレットが一斉に御酒の方を向いた。

「それは本当か?」

「こんな事で嘘ついてもしょうがないにゃー」

「なぜ、そんなにあるのですか?」

「階段から、やぐらのある祭りの中心まで照らすからね。灯かりのない階段は危ないからにゃ」

「提灯って綺麗なの?」

「へ? そりゃまあ、綺麗だよー。流石に電球だけどね、でもかなりの数があるから壮観にゃー」

「クヴィネさま! お姉さま! 頑張りましょう!」

「そうだな。手早く終わらせてしまおう」

「えいえいおーにゃ!」

 クヴィネたちは気合を入れると、黙々とつづらを運んでは提灯を拭いてつづらに戻してまた新しいつづらを運んで、を繰り返し始めた。

 黙々と作業に徹していると御酒が口を開いた。

「そう言えばクヴィネちゃん達って浴衣持ってるの?」

「私は持ってないな」

「私もないですね」

「バレットもないよ!」

「じゃあ、私が貸すから当日は皆できるにゃ! やっぱりお祭りは浴衣じゃないとね♪」

 御酒が瞳を輝かせながら言った。

「それは、お前が着せたいだけじゃないのか?」

 御酒に一度、着せ替え人形にされたことのあるクヴィネは的確に分析した。

「ぎくっ、ま、まさかそんな分けないにゃ~。せっかくだから皆に日本のお祭りを堪能してもらおうと思っただけにゃー」

 クヴィネが、疑わしそうな目で御酒を見つめる。だがそれとは対照的にバレットは喜んでいた。

「バレットは着てみたいです! お姉さまとクヴィネ様も着ますよね?」

 バレットが目を輝かせながらクヴィネとベレイを見つめた。

 子供好きのクヴィネとベレイが、バレットにそんな目をされたら断れるはずもなく、即座に了承した。

「じゃあ、決まりだにゃ♪ 祭りの日に早めに来るね」

「すまない、世話になるな。くれぐれも普通のにしてくれよ?」

「ははは、浴衣で変にはならにゃいにゃー」

「ありがとうございます」

「ありがとう! お姉ちゃん!」

「うへへ・・・これで私の桃源郷が出来るにゃー・・・」

 御酒はそう呟きながら舌なめずりした。

「ん? なにか言ったか?」

「なーんも♪」

 クヴィネが怪訝な顔をしながらも「そうか」と言って作業を開始した。

 途中、老人からのお茶とお菓子で小休止を挟みつつ、クヴィネたちは提灯を拭く作業を続けた――。

 五時頃にやっと全ての提灯を拭き終えた。

 クヴィネたちは各々、伸びをしたりして固まった筋肉をほぐした。三時間同じ体勢で作業をしていたせいか、クヴィネたちの体はいたる所から悲鳴を上げていた。ただ一人ベレイを除いて。

「やっと、終わった・・・・・・」

「ん~。この単純作業は何回やっても馴れないにゃ・・・」

「うぅ~体中が痛いです・・・」

「同じ体勢で作業するからです。時々、体勢を変えればそこまで痛くはならないものです」

 ベレイが一人ケロッとしながら、当然のように言い放った。

「ベレイの体勢を誰もが出来ると思うな。お前が特別すぎるのだ」

「にゃはは・・・確かにアレはまね出来ないにゃー。さて、そろそろ戻るにゃー。明日も手伝いがあるし、今日はもうお風呂に浸かってねたいにゃ・・・」

 御酒が立ち上がると、クヴィネたちも立ち上がった。蔵を出て鍵を閉めると本堂まで向かった。境内には既に屋台の骨組みや、運営本部のテント、そして中心に立派なやぐらが組んであった。肉体労働組みはもう解散したらしく、明後日には祭りが行われるとは思えに程閑静としていた。

 クヴィネ達は、鳥居で御酒と別れると母屋へ戻った。居間に戻ると、宮司が仰向けに寝ながら、老人にシップを貼ってもらっていた。一日中重いものを担いでいたのだから無理もないだろう。

「大丈夫か?」

「こんくらい、寝れば直るさ、っていでで」

「張り終わったぞい」

「ありがとうじいちゃん。今日の晩飯、簡単な物になっちゃうけど我慢してくれな」

「気にするな。こちらは作ってもらっている身だからな」

「宮司、明日も作業があるから今日は出前でもとらんか? 出前ならすぐ休めるしいいと思うんじゃが」

「あー、そうしようかな。クヴィネ達もそれでいいか?」

「私は構わぬぞ」

「私も構いません」

「ません!」

 そのあと何の出前を頼むかで、口論になったが多数決を取った結果ピザに決まった。

 クヴィネたちは始めて味わうピザに舌鼓しながらぺろりと平らげた。

 その後は何時もと同じように、クヴィネたち女性組みが先にお風呂に入った。

 その日は皆疲れていたのか、十時前には全員眠りについていた。

 

 夏祭り当日。

 午後五時半頃にチャイムが鳴った。居間にいた宮司は、立ち上がり玄関を目指す。玄関に着くと引き戸を開けた。

 すると、大荷物を背負った信也と御酒が立っていた。

「信也、その荷物は何だ?」

「俺が聞きてーよ。御酒に呼ばれて家まで行ったら、突然これ持って宮司の家に行くっていわれたからな」

「あれ、言ってなかったっけ? クヴィネちゃんたちに着せる浴衣が入ってるんだにゃー」

「まったく聞いてねえぞ。まあいいけどよ、どこに持ってけばいい?」

「うーん、みーちゃん、いい部屋ある?」

「クヴィネたちが泊まってる客間がいいと思うぞ」

「じゃあ、そこにするにゃー」

 宮司たちは居間に寄ってクヴィネとベレイとバレットを連れて客間まで行った。そこで宮司と信也は荷物を置いて居間に戻っていった。

「約束通り浴衣持ってきたにゃー」

「ありがとうございます。それにしても荷物多いですね」

「色々な中から選んでもらおうと沢山持ってきたんだにゃー。でも綺麗なの選んできたけど私とお母さんのお古なんだ、ごめんね」

「そんなこと気にしないさ。ありがとう、御酒」

「あはは、照れちゃうにゃー。さっそく選ぼうか♪」

「どんなのがあるのか楽しみです!」

 御酒が大きな鞄から浴衣を一枚一枚取り出し始めた。シックなのから、色鮮やかな物まで色々な浴衣があった。

「さあ、選ぶにゃー。バレットちゃんはこっちの子供用ね」

「うわぁ~どれもかわいいです!」

「おお、より取り見取りだな」

「すばらしいですね。目移りしてしまいます」

「にゃははは、存分に迷うにゃ」

 しばらくの間、各々浴衣を自分にあわせたりして楽しんでいた。

「うむ、私はこれが気に入ったぞ。問題ないか? 御酒」

 クヴィネは体中から幸せオーラを出しながら、薄紫色の布地に白い百合が施された浴衣と、茜色の帯を指差した。

「うん、きっと似合うにゃー」

「私はこれにしてもらってもいいでしょうか?」

 ベレイは、黒地に、紫や赤のグラデーションで描かれた牡丹の施されている浴衣と、紫苑色の帯を腕に抱えながら聞いた。

「絶対、綺麗だと思うにゃー」

「私はこれがいいです!」

 バレットはにこやかに、水色の布地に、赤い金魚が元気そうに泳ぎまわっている浴衣を指差した。

「絶対可愛いにゃ~」

「お姉ちゃんこれにはどんな帯がいいですか?」

「そうだにゃ~薄紅色のへこ帯が最高にゃ」

「それにします!」

「御酒はどれにするのだ?」

「うーん、そうだにゃぁ、私はこれにしようかにゃ♪」

 御酒は、白地に、大小さまざまな青色の桜が咲き乱れている浴衣と赤色の帯を持ち上げた。

「どう? 似合うかにゃ?」

「うむ、私は可愛いと思うぞ」

「そうですね。よく似合ってます」

「お姉ちゃん、凄くかわいいよ!」

「にゃはは、照れるにゃ~」

 御酒が頬を染めながら恥かしそうに言った。

「じゃあ、そろそろ着始めようか。クヴィネちゃんたちは浴衣着れる?」

「私は問題ない」

「私も平気です。バレットは私が着せましょう」

「了解にゃー」 

 御酒たちは着替え始めた――。

 二十分後そこには浴衣に身を包んだ美女と美少女の姿があった。

 御酒は浴衣に身を包んだクヴィネたちを恍惚とした表情をしながら見つめた。

「我、冥利に尽きるとはこのことにゃ・・・・・・。そうだ、クヴィネちゃん髪結ばない?」

「髪? 私はこのままでかまわないのだが」

 御酒がそれを聞いて、目を見開きながらクヴィネに詰め寄った。

「駄目、駄目駄目駄目だよ。クヴィネちゃん、私が結ぶから、ぜーったいかわいいから私に結ばせて。お願い!」

「わ、分かったから、そんなに詰め寄るでない」

「ありがとう、クヴィネちゃん。早速結ぶから、座って」 

 御酒はクヴィネを座らせると、髪を結い始める。五分ほどでクヴィネの髪を弄っていた手の動きが止まった。

「完成にゃー。編み込みシニヨンにしてみたよ♪」

 クヴィネは鏡で自分の髪を眺めた。髪を結ぶだけでクヴィネの雰囲気はがらりと変わっていた。

「おぉ・・・。自分が自分じゃないみたいだな」

「良く似合ってるよ♪」

「とてもお綺麗ですよ。クヴィネ様」

「ベレイさんのポニーテールも最高にゃー」

「ありがとうございます。御酒様は結わないのですか?」

「にゃー、髪短いから結えないんだよね。バレットちゃんとおそろいにゃー」

「お姉ちゃんとおそろい嬉しいです!」

「御酒も嬉しいよ♪、じゃあそろそろ居間に行って宮司たちと合流してお祭りにれっつごーにゃ!」

 客間を出て縁側に差し掛かると祭囃子の音が聞こえてきた。そろそろ集まり始めたのかかすかに人々も話す声も聞こえてくる。御酒たちは胸が高鳴るのを感じた。

 そうこうしていると居間についた。居間で男二人組みはテレビを見ていた。

「到着~。私達の浴衣姿はどうにゃ?」

 御酒が、そのばでくるりと回った。

 宮司たちが、声のしたほうに顔を向けると、極楽かと錯覚するほどの光景が広がっていた。宮司達は驚愕の美しさに言葉を失ってしまった。

「おい、なんとか言ったらどうなのだ?」

「似合いませんでしたか?」

「それは、残念です・・・」

「うぅ、悲しいにゃー」

 女の子たちの顔が曇る。それを見て宮司達は慌てて、訂正した。

「いや、凄く綺麗だよ。な、信也」

「ああ、まさしく絶世の美女って感じだ」

「ほう、なかなか嬉しい事を言ってくれるじゃないか」

 クヴィネは宮司に褒められて満更でもない顔をした。

「そんなに褒めてもなにも出ませんよ?」

 ベレイも笑いながら謙遜した。

「当たり前だにゃー。似合ってないなんて言った日には鉄拳制裁にゃ~」

 御酒が照れ隠しなのか、にやにやしながら怖いことを言った。

「私、美女って言われたの初めてです!」

 バレットがぴょんぴょん飛び跳ねる。それを見て宮司達は心の中で、バレットは美女ってより可愛い子供って感じだな。と思ったが口には出さなかった。

 一通り浴衣のお披露目会が終わると、宮司達は夏祭りに行く事にした。

「宮司達は浴衣を着ないのか?」

「動きにくいし暑いから苦手なんだ」

「みーちゃんは中学生になったら着なくなっちゃったんだにゃー。似合ってたのにもったいないにゃー」

「それは、一度見てみたいですね。信也様も着ないのですか? 様になると思うのですが」

「ああ、去年は着たんだけどな。あまりに様になりすぎて、道行く人が全員避けていったから今年は着るのやめたんだ」

「うんうん、アレは堅気の姿じゃなかったにゃー」

「だな、あんな奴が前から来たら怖すぎる」

「ひどいな、お前ら。慰めるどころか追い討ちかけてきやがったよ」

「しょうがないですよ。怖いですもん」

 バレットが子供ならではの純粋さで大剣をぶっさしてきた。

「いや、まあそうなんだけど、顔で判断されるのって割りと効くんだわ・・・・・・最近はなれたけど」

「大丈夫です! 私は信也さんがいい人だって分かってますから」

 バレットが自分で自分をフォローした。

「ありがとう・・・素直に嬉しいよ。子供は皆逃げるか泣き出すかばっかりだったから・・・・・・」

 信也は、その顔と体つきで相当苦労したらしかった。

「まあ、信也気を取り直して祭りえを楽しもうぜ」

「それもそうだな。準備はいいか?」

 クヴィネたちが頷く。するとバレットが「早く行きましょう!」と言って一人玄関に向かった。宮司たちもバレットを追うようにして玄関へ向かう。玄関に着くと靴を履いて早速境内へ行った。

 境内にはやぐらを起点に点々と吊るされた提灯が、闇夜に明かりを灯している。やぐらには和太鼓が置かれ、半纏姿の男が勇ましい音を太鼓から響かせている。

「凄く、綺麗です・・・・・・」

「それは良かったにゃー。まずはどこから回ろうか?」

「うーん、とりあえず一周してみないか?」

「うむ、そうだな。どのような店があるか分からぬし」

「んじゃ、こっち側から回ろうぜ」

「そうですね」

 宮司達は祭りの列に加わった。バレットはすぐに、白くてふわふわな綿菓子に目をつけた。

「お姉さま! 雲です雲が売ってます!」

「おや、本当ですね。これは興味深いです」

「あれは、雲じゃなくて綿菓子だよ。砂糖菓子の一種なんだ」

「甘いし口の中でとけて美味しいんだにゃー」

「へぇ~、おじさん一個ください!」

「毎度あり!」

 おじさんは綿菓子機にざらめを入れて綿菓子を作り始めた。すぐに綿菓子機の中にざらめが白い雲のように広がっていく。バレットが目を輝かせて眺めていると、おじさんがその中に割り箸を入れるとすくすく育っていざらめは入道雲のようになった。

「はいよ!」

 おじさんが綿菓子を差し出すとバレットは期待に胸を膨らませながら受け取った。

「ありがとう!」

 バレットは早速綿菓子を頬張った。すると御酒が言っていた通り口の中でふわりととけて舌に甘味が広がる。

「~~。っおいしいです!」

「私にも一口分けてもらえますか?」

「勿論です。どうぞ!」

 バレットがベレイに向かって綿菓子を高々と掲げた。

「ありがとうございます」

 ベレイは前髪が口に前髪が入らないように、手で前髪を耳に掛けてから、綿菓子を一口かじる。手を口に当てて綿菓子を味わった。

「これは、美味しいですね」

「ですよね♪」

「お、宮司、あれは何だ?」

 クヴィネは、大きい容器に水を満たしてそこに、色とりどりな水風船を沢山浮かべている屋台を指差した。

「ああ、あれはヨーヨー釣りだ」

「ヨーヨー掬いか。懐かしいな去年は宮司と死闘を繰り広げたっけな」

「懐かしいにゃー。二人で四十個近く掬ったんだっけ?」

「そうそう、それで店の親父に泣かれたんだよな」

「そういや、そうだったな。親父が止めなければ宮司に勝てたんだがなぁ。今年は気の毒だしやめとくか。クヴィネさんたちはどうする?」

「私はやってみたいぞ」

「私もやりたいです! お姉さまもやりませんか?」

「いいですよ」

「私の腕前を見せてあげるにゃ!」

「宮司ははどうする?」

「俺もやめとくよ」

「おっちゃん、四人分頼むわ」

「はいよ~って、まーたあんたらか・・・・・・勝負すんのはいいけどよ。あんまり派手にやらんでくれ。破産しちまうからな」

「はっはっは、去年は悪かったなおっちゃん、今日は俺達はやらないから心配いらねえって」

「ならいいけどよ、はいよ、四人分のこよりだよ。ありがとさん」

「ありがとおっちゃん、この釣り針を、ヨーヨーのわっかに引っ掛けるんだ。水にこよりが浸かると千切れやすくなるからな。気をつけろよ」

 信也の説明が終わるとクヴィネ達はヨーヨー掬いを始めた。

 宮司が後ろで眺めていると、クヴィネがしゃがんで下を向いたために、うなじがもろに見える。その艶かしいうなじに宮司が一瞬ドキッとする。

 魔人でも浴衣着ると色っぽいな。特にうなじが堪らないって、なに考えてんだ俺!

 宮司は、煩悩を払うように頭を振った。そしてヨーヨー掬いに目を移した。

 最初は顔色の良かったおっちゃんも、クヴィネとベレイが一個また一個と吊り上げるたびに、顔色が悪くなっていった。

 ヨーヨー釣りの成果はクヴィネとベレイが十五個で、御酒が五個、バレットが一個であった。この時点でおっちゃんの顔は真っ青だったが、クヴィネとベレイが一個を残して返してくれたので次第に顔色はよくなっていった。

「あ、お面屋さんにゃー。しーちゃん、このプリティでキュアキュアなお面を被るにゃー。きっと似合うにゃあ」

「いやいや、俺、男だからな?」

「しーちゃん、素顔が怖いから、このプリティでキュアキュアなお面を被れば、怖くなくなるにゃー」

「その理論は間違ってる気がしますが・・・・・・」

「うむ、危ない奴になってしまうぞ」

「ふむ、確かに御酒の言い分にも一理あるな・・・・・・。親父さん、そのプリティでキュアキュアなお面を一つくれ」

「いいのか信也? それは臭い物に蓋方式で、根本的な解決になってないどころか悪化する一方だと思うぞ」

「心配するな。子供はプリティでキュアキュアなものが好きなんだ。問題ないさ」

 信也は親父さんから、プリティでキュアキュアなお面を受け取るとすぐさま被った。怖くなくなるどころか、新たに不審者の称号を信也は手に入れてしまった。

「どうだ? 怖くなくなったか?」

「うーん、ホワイトよりブラックの方が良かったかもしれないにゃ~」

 その場にいた御酒と信也にバレット以外の者は心の中で、そこかよ!、とツッコミを入れた。

「そうか、でも、もう買っちまったからどうしようもないな。どうだいバレットちゃん、怖さは温和されたか?」

「はい、かなり良くなったと思います!」

「そりゃ良かった。今日はこれでいくことにするか」

「まあ、お前が良いならいいけどさ・・・・・・」

 そんな事をしていると、風に乗って焼きとうもろこしの砂糖醤油のこげる香ばしい匂いが漂ってきた。

「はぁ~良い匂いだにゃー。毎年これが楽しみなんだにゃー。一本ください」

「私も一本頼む」

「俺は二本頼む」

「信也は良く食うな。俺は一本で」

 バレットが、難しい顔でとうもろこしを見ていた。ベレイは、バレットの考えている事を悟ったのかこんな提案をした。

「バレット、よかったら私と一緒に一本を食べませんか?」

「うん! ありがとうお姉さま!」

「私は一本だと多いと思っただけです。すいません、一本、お願いします」

「えへへ」

 少しすると皆の手に焼きたてのとうもろこしが握られた。

 焼きとうもろこしを齧ると各々感嘆の声を上げた。

「にゃはぁ~おいしいぃ~」

「おお、美味いな」

「やっぱ、夏はこれだな」

「だな、これぞ夏祭りの醍醐味だぜ。三本にしとけばよかったかな」

「美味しいですか?」

「はい、とっても美味しいです! お姉さまもどうぞ!」

 バレットが、ベレイにとうもろこしを差し出す。ベレイはそのまま一口齧った。

「美味しいですね、バレット」

「はい!」

 その後も、宮司と信也が今度はスーパーボール掬いで勝負をして店主を泣かせたり、クヴィネが焼きたてのたこ焼きを一気に食べて舌を火傷したり、ベレイが輪投げで百発百中をたたき出し景品を次々取ってしてまたまた店主を泣かせたりした。

「ふう、少しはずれで休むか」

「じゃあ、去年と同じようにあそこに行くにゃー。私はちょっとお手洗いに行って来るから先にいっててね♪」

「俺もトイレに行ってくるわ」

「クヴィネ達は平気か?」

「うむ、問題ない」

「ええ、平気です」

「です! けど綿菓子をもう一回買いたいです!」

「ん? じゃあ、もう一回行くか」

「いえ、先に行っていてください。この子は鼻が利きますから、後から行けます」

「そうか? じゃあ、先に行ってるな。行こうかクヴィネ」

「ああ」

 宮司達は境内のはずれに移動した。そこは提灯の明かりも届かない場所で、月明かりだけが頼りだった。

「どうだった? 日本の祭りは」

「うむ、存分に楽しめたぞ。魔界の祭りは私が主役だから、堅苦しいくてかなわなくてな一度、お客として楽しみたかったのだ」

「そっか、楽しめたようで何よりだ」

「ああ、宮司には感謝するよ」

「俺に?」

「そうだ。宮司が置いてくれなければ、今ここにいないからな」

「俺が了承しなくても城を作るつもりだったじゃんか」

「ふふ、信じていたのか? 君は純粋だな、本当にするわけがないだろう。あそこで断られたら帰るつもりだったんだ。だから、こちらで最初に宮司に会えて嬉しかったよ」

「そう、なのか。俺もお前が来てから何だかんだ毎日が楽しいし、クヴィネが来てくれて嬉しいよ」

「ふふん、じゃあ、お互い様だな」 

 クヴィネがニコリと笑う。

「そうだな・・・・・・」

 そこで会話が途切れてしまった。クヴィネは宮司と二人っきりでいられるのが堪らなく嬉しいのだろう。気にするどころか、どこか幸せそうに空を眺めている。だが宮司は窮地に陥っていた。

 無言がツライ。何か、何か話さないと・・・・・・男の俺から何か話題を・・・・・・。

 そう考えれば考えるほど、頭は真っ白になって、心臓は鼓動を早めていく。そして宮司の頭脳は一旦離れて落ち着くという答えを導き出した。

「なあ、俺飲み物かって来るよ。ないが良い?」

「ん? 私も一緒に行くぞ」

「いや、あいつらが戻ってきたときに誰もいないと困るから待っててくれ」

「それもそうだな、ではお茶を頼む」

「ああ、少し待っててくれ」

 宮司は境内を目指して歩を進めた。クヴィネから十分離れると深呼吸をする。

 空気に耐えられなくて逃げるなんて我ながら恥かしいな。せっかく二人きりだったのにな、クヴィネにも悪い事しちゃったし・・・・・・はぁ、恋愛経験ゼロってこういう時に不利になるんだな・・・・・・。

 悶々とそんな事を考えていると、ふと一組のカップルが目に入った。そのカップルは何を話すでもなく二人でやぐらを穏やかな表情で眺めていた。宮司が、自分が深く考えすぎたのかもしれないな、と思っていると、飲み物を売っている露天に着いた。その店は大きなクーラーボックスに氷水を入れてペットボトル飲料を冷している。

「すいません」

「なんだい?」

「冷してないお茶はありますか?」

「ああ、あるよ」

「じゃあそれと、このスポーツドリンクください」

 宮司はクーラーボックスから冷えたスポーツドリンクを取り出した。

「はいよ。ありがとさん」

「ありがとうございます」

 少し落ち着いたな。難しい事を考えないで、今はクヴィネとの時間を目一杯楽しむ事にするかな。

 宮司は決心すると早歩きでクヴィネの待つ場所へと向かう。

 飲料の入っている袋が、宮司をせかすかのようにやかましく音を立てる。祭囃子の音がが宮司に残りの距離を伝えるかのように次第に小さくなってゆく。小さくなる祭囃子と反比例するかのように宮司の歩調はだんだんと早くなり最後には小走りになった。

 ついに林が途切れ開けた場所に出た。しかしそこにはクヴィネの姿はなく、いかにもな不良が二十人ほどたむろっていた。近づくと不良の声が聞こえてきた。どうやら、クヴィネは不良に絡まれているらしい。

「なあ、いいじゃねえかよ。遊ぼうぜぇ~楽しませてやるからよぉ」

「こんなとこにいるって事はヤラれたいんだろぉ?」

「喧しいぞ。どこかへ散らんか」

 クヴィネは触ろうとしてきた不良の手を払う。

「そう強がるなよ。すぐにキモチヨクなるぜぇ?」

 宮司は飲み物を置くと不良の集団に割って入った。

「いや~、すいません。この子俺の連れなんで勘弁してくれませんか?」

 宮司はクヴィネを庇いながら、下手に出てお願いした。

「んだてめ、彼女の前だからって粋がってんじゃねえぞゴラァ」

「いや、ほんとに勘弁してくださいよ」

 すると不良Aが宮司に殴りかかる。

「なめんじゃねぇぞ! ドラシャァ」

 宮司が顔を殴られて尻餅をついた。

「へへへ、よえーくせに図に乗ってんじゃねえぞ」

「貴様ッ!」

 クヴィネの顔が怒りに歪む。しかし、宮司はクヴィネが怒ろうとするのを手で制した。

「ほんとうにすいません。勘弁してください」

 宮司は顔を殴られたにもかかわらず、なお下手に出る。

「チッ、情けねえ奴だな。殴り返しもしねえとはよ。行こうぜしらけっちまった」

「だな、それにこんな肌のきたねえ女を相手にしなくて逆に助かったぜ。このカス彼氏にに感謝しねえとなあ」

「ひゃっひゃっひゃ言えてる」

 不良たちが負け大しみなのか下品な声で笑う。

「しかも外人とかビッチで病気持ちにきまってっ」

 空気を切る音がしたかと思うと、肉と肉のぶつかる鈍い音が響いて、不良Aが鼻血を噴出してその場に倒れた。

「何しやがるッ!」

 不良Bが叫ぶ。

「何しやがるじゃねえ! 女の子に向かって下品な事言うなんて男として最低だ!」

 宮司は激怒した。怒りに体を震わせながら声を荒げる。

「チッ。調子こいてんじゃねえぇぞ! この人数相手にヤン」

 不良Bが言い終わる前に、宮司の後ろ回し蹴りが、不良Bの鳩尾に深くめり込む、不良Bは胃液をぶちまけてその場に倒れた。

「糞がッ相手は一人だ! 行くぞ!」

 不良が一斉にかかってくる。始めは宮司も善戦して五人ほど倒した、がやはり多勢に無勢、次第に追い込まれてゆく。

「ぐはぁ」

「おいおい、あんなに粋がってたのにもうおわりかぁ?」

「馬鹿いうな・・・・・・まだまだだ・・・・・・」

 後ろから蹴られて宮司が地面に倒れこむ。

「へへへ、ざまあねえぜ」

 クヴィネの周りの空気がクヴィネの憤怒を代弁するかのように渦を巻き始める。

「貴様ら・・・・・・塵の一つも残さず消してくれる・・・」

 クヴィネが静かな声で呟き歩を進める。興奮している不良には聞こえなかったようだが、宮地の耳には届いたようで宮司が叫んだ。

「手を、だすな! 手を出したら俺はお前を許さない!」

 クヴィネの歩みが止まる。だがすぐに決心したように、再び足を踏み出した。

「おい、お前ら俺の親友に何しくれてんだ。餓鬼はとっととお家に帰りな」

 不良が一斉に声のした方を向く。すると一人の不良が「何だ手前! ふざけてんのか」と言った。不良がそう言うのも無理はないだろう、そこには、プリティでキュアキュアなお面を被った筋骨隆々の大男が仁王立ちしていたのだから。

「そいつの親友だっていってるだろうが。御酒この面を持って隠れてろや」

「はいにゃ」

 信也は、御酒はお面を受け取り林の中に消えたのを確認すると、指を鳴らした。

「さて、この落とし前はたっぷり付けさせてもらうぞ」

 その素顔を見て、不良がはっとしたように叫んだ。

「こいつ、ここらで恐喝してるのを見つけると、恐喝してた奴らを全員のしてるやつだ!その益荒男ぶりと、鬼神の如き暴れぶりからか、ついたあだ名が仁王!ここらで一番敵に回したらやばいやつだ!」

「俺、そんなに有名だったのか。照れるじゃねえか、おい」

 信也は、そういいながら歩を進める。

「仁王だかラ王だかしらねえが数で勝ってんだ、行くぞ!」

 そう言って不良が向かっていくが、信也の砲丸のような拳をモロに顔面に食らって真後ろに吹っ飛んだ。そのまま、信也は近くの不良の胸倉を掴みぶん投げる。四人が一斉に殴りかかってくるが、意に介した風もなく、一人一人に拳をお見舞いしていった。

「くそっ・・・・・・逃げるぞ! 勝てるわけがねえ!」

 不良は互いに肩を貸しあいながら逃げ出していった。それを確認すると、信也は宮司に駆け寄る。

「おい、大丈夫か?」

 信也が、宮司を仰向けにする。

「あ、ああ、なんとかな・・・・・・」

 宮司は、見事にズタボロになぅていた。

「しかし、お前が喧嘩するなんてどうしたんだ? 滅多におこらねえのに」

「ちょっとな・・・・・・。サンキュな、助かったよ」

「気にすんな」

 林の中から御酒が姿を現した。そしてすぐに宮司に駆け寄る。

「大丈夫?」

「ああ、なんとかな」

「そう・・・・・・」

 御酒が、宮司から離れた所で泣きそうになりながらたたずむクヴィネを見つけた。

「しーちゃん、私達はもういくにゃー」

 御酒が、信也に目配せした。察したのか信也が頷いた。

「そうだな。あいつらも戻ってこないだろうしな」

 御酒と信也がその場を立ち去った。するとクヴィネは倒れている宮司の下に駆け寄って膝枕をすると顔を覗き込んだ。

「おい、なぜ止めたのだ?」

「お前が、魔人だってばれたら、大変だからな・・・お前こそ・・・大丈夫か?」

「私は平気、だ。馬鹿か君は・・・私があんな奴らの言ったことを、気にするはずがないだろう?」

 クヴィネの目から涙が溢れそうになる。宮司はその顔をみると混濁した頭で、クヴィネが不良たちに言われたことを気にしていると結論付けた。

「はは・・・・・・どうしてもクヴィネが悪く言われたのが許せなくてさ・・・・・・本当に気にするなよ、俺はお前の肌、好き、だぞ・・・」

 宮司は自分の意識が遠のいていくのを感じる。クヴィネの顔もぼやけてもう殆ど見えていない。クヴィネの自分を呼ぶ声が頭の中で反響する。

 クヴィネの目から大粒の雫がこぼれ落ち宮司の頬を伝う。宮司はその涙にえも言えぬ暖かさを憶えた。その感覚を最後に宮司は意識を失った――。

 

 ここでも女の子は泣いていた。だが、恐怖からの涙と、他者を心配して流す涙には明確な違いがあると宮司は思っている。しかし今はそんな事を考えている場合ではない。目の前の女の子が泣いて助けを求めていて、なおかつ、目の前には怪物のような犬が睨み付けてきているのだ。 

 宮司は、竹刀を構えて犬と相対する。猟銃でもあれば勝機はあっただろうが、今、宮司が持っているのはちっぽけな竹刀だ。これでは威嚇にもならない。しかも、持っているのは子供だ、これでは自ら死にに行くようなものである。他人が見たら百人中百人が正気の沙汰ではないと言うだろう。それは宮司自身も自覚している。それでも宮司は立ち向かわなければならないのだ。

 たとえ無謀だと笑われようが、馬鹿だと罵られようが、宮司は、泣いて助けを求めている者を見捨てる事は出来ない。それが女の子ならなおさらだ。ここで逃げ出せば、宮司は未来永劫、罪の意識に苛まれる事だろう。周りの大人がしょうがない事だと、気にするなお前が無事なだけでも十分だと言っても、宮司の心から後悔の念が消えることはないだろう。だから宮司は立ち向かう、自分自身のために、そして偶然でも自分の前に現れて泣いている女の子のために。

 だが宮司の決死の覚悟をあざ笑うかのように犬はあっけなくその場を立ち去った。宮司はその場で尻餅をついた。御酒が女の子を抱いたまま心配そうに話しかけてきた。宮司はそれに空元気で答えて御酒の頭を撫でた。そして、女の子に近づいて、笑顔で頭を撫でるすると、女の子に笑顔が戻った。女の子の満面の笑顔を見て、宮司は自分の胸に今まで感じた事のないような感覚が渦巻いたのを感じた。

 その後、宮司と御酒と女の子は一緒に遊んだ。しばらくすると、女の子の親らしい人がやってきてお礼を言うと、女の子と共に去っていった。

 その女の子と別れるとき、宮司の胸はひどく痛んだ。これ程までにまた会いたいと思ったことはないだろう。

 宮司も始めは女の子のまた会いに来ると言う言葉を信じて、毎日心躍らせて待っていたしかし、このことは、残酷にも永い時が経つにつれて宮司の記憶から薄れていったのであった。

 だが、たとえ記憶から薄れようと、これが宮司の今までもこれからも悠久の時が流れようとも過去現在未来全てにおいて唯一無二の初恋に違いなかった。

 宮司がやっと思い出す事が出来たのに、この事実は夢から覚めればまた忘却の彼方へと追いやられてしまうだろう。しかし宮司は不思議と悲しくはなかった。なぜならもう既に再開しているのだから――。


夏の強い日差しで宮司は目を覚ました。周りには見慣れた光景が広がっている。どうやら、誰かが自室まで運んでくれたようだ。

 宮司は、壁にかかっているデジタル時計で曜日を確認する。日付は次の日に変わっていた。

 昨日、ぼこられて、気を失ったんだっけ・・・・・・あんだけこてんぱんにやられたら全快するまで時間がかかりそうだな。宮司はそう思いながら体を持ち上げてみる、しかし、昨日、完膚なきまで袋叩きにされたとは思えないほど体に痛みはない。かすり傷がひりひりする程度だ。

 宮司は不思議に思いながらぼやける頭をふる。ここで寝ていても仕方がないのでとりあえず居間に向かうことにした。

 宮司は、若干ふら付きながら壁伝いに居間へ向かう。居間に近づくと、なになら焦げ臭いにおいが漂ってくるではないか。宮司は不審に思いながら居間に足を踏み入れる。どうやら臭いの原因は、台所でクヴィネが格闘しているフライパンにあるらしかった。クヴィネが気配を察知したのか振り向く。料理をしているのだから当たり前だろうが、クヴィネは三角巾とエプロンを身に着けていた。

「おお、起きたのか。宮司。どうだ? 体の調子は」

「ああ、頭がぼんやりするけど大丈夫だ。クヴィネがなにかしてくれたのか? あんな怪我だったのに」

「魔術で直させてもらった。あまり得策ではないが、そうも言ってられなかったからな。擦り傷まで治すと、御酒たちに怪しまれそうだったから残させてもらったぞ」

「そうか、ありがとう。それよりどうしたんだ? エプロンなんかつけて」

 クヴィネは指摘されると、ばつが悪そうに話し始めた。

「いや、そのな、宮司にな、栄養のある物を食べさせてやろうと思って出汁巻き卵を作ってみたのだが、これがなかなかうまくいかなくてな・・・・・・今からベレイに頼んで作ってもらうから待っていてくれ・・・・・・」

「俺に?」

「ああ、そうだ。その、失敗した奴は私が責任を持って食べるから・・・怒らないでくれると、嬉しい・・・・・・」

 確かに、クヴィネの後ろに焦げた出汁巻き卵が積み重なっていた。宮司は黙ったまま歩を進める。そして、焦げた出汁巻き卵を掴むと一口齧る。

 クヴィネは怒られると思ったのか、目を固く閉じて、身を縮こませた。しかし、クヴィネの思い浮かべていた言葉とは正反対の言葉が宮司の口から発せられた。

「うん、うまいぞ。ありがとな、俺のために」

「・・・・・・怒らないのか?」

「ん? 怒る必要がどこにあるんだ? 確かに焦げてるけどクヴィネが俺のために頑張って作ってくれたんだ。怒るわけないだろ」

「宮司・・・・・・」

 宮司の笑顔を見て、クヴィネの顔がパァと明るくなった。

「次作るときは、火は弱火にしたほうがいいぞ。これ、全部食ってもいいか? お腹空いちゃって」

「ああ、勿論だとも、君のために作ったのだから」

 宮司は見事に積み重なった出汁巻き卵を平らげた。

「ふう、ご馳走様。美味しかったよ」

「そうか、次は焦げないように頑張るから、楽しみにしておけ」

「ああ、期待して待ってるよ」

電子音が鳴り響いた。宮司は子機を取って応答する。

「伊勢です」

「おう、俺だ、信也だ。どうだ怪我の具合は?」

「擦り傷程度だからもうなんともないぞ。わざわざそのために電話したのか?」

「相変わらず打たれ強いな。まあ、大丈夫そうで安心したよ。本題なんだが、単刀直入に言うとだな。明後日海行かないか?」

「海? なんでまた・・・」

「それがよ、俺の伯父さんが海で民宿やってんだけど急に二日間空いてよ。格安で泊めるから友達とこないかって連絡来てさ。定員が六人だから丁度だし、どうだ行かないか? 海は恋には必須イベントだぜ」

「なっ、変なこと言うな!」

「で、どうする? ちなみに御酒からはOKもらって、『クヴィネちゃんたちと水着買いに行くにゃー』って張り切ってたぞ」

「おい、拒否権ないじゃんか」

「はっはっは、そういう事だ。明後日、朝六時に階段のしたな。んじゃ、俺バイトあるからまたな」

「えっ、おい」 

 宮司が何か言う前に電話が一一方的に切られた。そしてピーと言う電子音がむなしく響いた。

「移動手段聞いてないし・・・・・・まあ、いつものことだしいいか」

「どうしたのだ?」

「信也が海に行かないかって、どうする? 嫌なら無理しないでいいぞ」

「海!? 行くぞ! 海にはクラーケンと言うイカの怪物が居るのだろう? 一度見てみたかったのだ」 

 クヴィネが心躍らせながら言った。宮司は心苦しそうに否定した。

「残念だけど、日本の海には居ないぞ」

「そんな・・・そのような、詰まらぬ嘘をつくでない・・・・・・」

 クヴィネはあからさまに落胆しながら言った。

「日本に居ないだけで大王イカって言うでかいイカはいるぞ」

「日本に居ないのは残念だが、まあいるのならよしとしよう」

「クヴィネちゃん水着買いに行くにゃー」

 いつのまにやら縁側に身を乗り出していた御酒が話しかけてきた。

「やっぱり来たか」

「やっぱり?」

 御酒が疑問符を浮かべながら繰り返す。

「ああ、さっき信也から電話が着たから来るだろうなって思ってたんだ」

「あーにゃるほど。そっれよりみーちゃん怪我大丈夫なの?」

「ああ、全然問題ない」

「それは良かったにゃー」

「ところで御酒、水着とはなんだ?」

「泳ぐときに着る服だよ、ベレイさんとバレットちゃんは?」

「客間に居るはずだ。呼んでくるから玄関で待っていてくれ」

 御酒は「了解にゃー」と言うと宮司たちの前から姿を消した。

「すまないが、行って来るぞ宮司」

「ああ、行ってらっしゃい」

 この日からバレットとクヴィネはテンションを最高潮に維持したまま当日を迎えた。

 しかしそれが災いしたのか当日朝のクヴィネとバレットは完璧に寝不足であった。

 宮司が欠伸を嚙み殺しながらそれを指摘する。

「楽しみで眠れなくなるなんて子供みたいだな」

 クヴィネは目の下に隈を作りながら反論する。

「心の底から人生を楽しんでいる証拠だ・・・。醒めた大人など詰まらぬだろう?」

「それもそうか、でも心の底から楽しむなら、なおさら睡眠は取らなきゃ駄目だろ」

「う、もう不毛な議論はおわりにしないか? 今更、言ってももう間に合わんのだから」

「だな、まあ、二日もあるからな、時間はたっぷりある。それにしても信也の奴遅いな」

「そうですか? 家を出たのが五十分ですから、まだ六時にはなってないと思いますよ」

「そうなんだけど、いつもは十分前には着てるからさ」

「たまにはこういうときもありますよ」

「うぅ~眠いです・・・・・・」

 バレットがしぱしぱする目を指でこすった。張り切りすぎて眠れなかったのと、六時に待ち合わせのため四時半ごろに起きたせいで寝不足のようだ。

「ははは、行きは電車だろうし寝れると思うぞ」

「それは嬉しいな」

 そう話していると、一台のワゴン車が横付けされた。そして運転席の窓が開けられ信也が顔を出した。

「悪いな。御酒の奴がギリギリまで寝てたんで遅れっちまった」

 後部座席のドアが開いて御酒が現れた。

「にゃはは、面目にゃいにゃー」

 信也は車から降りると、バックドアを開いた。そして、宮司たちの荷物をテキパキとしまい始める。終わると「んじゃ、載ってくれ。宮司は助手席な。んで女子は後ろだ」と言った。そし全員乗ったのを確認すると車を出した。

「お前、無免許運転か? ばれない様にな?」

「ぶっ、行き成りなにいいだしやがる。ちゃんと免許持ってるって。このワゴンは親父のだけどな」

「でも免許って十八歳からだろ? お前、俺と同じ十七歳じゃないのか?」

「ん? 俺は高校入るのに一年留年してるから十八歳だぞ。言ってなかったか?」

「聞いたことないぞ」

「うんうん、私もびっくりしたにゃー」

「もしかして俺がタメ口なの気に入らなかったりする?」

「んなことあるか。たかが一年早く生まれただけで敬われるのも嫌しな」

「相変わらず器がでかいな」

「おうよ、俺の器は小笠原海溝なみに深いぜ。宮司の温厚さもかなりの物だと思うけどなそうだ、高速乗るまで結構かかると思うから御酒たちは寝てていいぞ。高速乗る前にコンビニ寄ったときに起こすから」

「それはありがたいにゃー」

「すまないがそうさせてもらおう」

「ありがとうございます」

「御酒たちって、俺は駄目なのかよ」

「宮司には悪いけど、俺が眠くならないように話し相手になってもらうぞ。今日は朝早かったから少し心配でな」

「眠くないから構わないけどさ」

「サンキュ、んで、進展したのか?」

「進展ってなんのだよ」

 信也が声のトーンを下げて囁いた」

「そりゃ、クヴィネさんとの事に決まってるだろ」

 宮司は慌てて後ろを振り返る。クヴィネ達はすやすやと寝息を立てていた。宮司は安心したように囁き返す。

「なんでクヴィネなんだよ」

「平和主義のお前が不良相手に喧嘩売って、しかもクヴィネさんと二人っきり、極めつけは涙目のクヴィネさん。これで違ってたら今すぐガソリンスタンドに突っ込んでもいいぞ」

 宮司の顔が見る見るうちに赤くなっていく。その反応をみて信也の中の憶測が真実に代わった。

「んで、どうなんだ? 不良から助けるイベントこなしたんだ。劇的に進展したんろ?」

「うーん、したようなしないようなって感じかな」

「どういうことだ?」

「信也が電話くれた日に卵焼き作ってくれたんだよ。でもただ俺が怪我してたからってだけかもしんないし・・・・・・」

「ふむ、クヴィネさんは料理上手いのか? あと今までに料理を作った事は?」

「料理は下手ではなかったな。料理は俺んちに来てから作ったのはその日が始めてだ」

「宮司・・・・・・」

 信也がさらに声のトーンを下げる。そして宮司が緊張しながら聞き返す。

「・・・・・・なんだ?」

「裏切りものめ・・・・・・バッチリじゃねぇか・・・あ~あ、まさか剣道バカに先を越されるなんてなー」

「ひどいいぐさだな。それにまだ付き合ってないぞ」

「まだってことは付き合うつもりなんだろ?」

「付き合えるなら付き合いたいけどさ」

「他人がズカズカ足踏み入れて良い様な事じゃないしこれで終わりにするか。まあ、花火も買ってあるし、頑張れよ。当たって砕けろの精神だ」

「サンキュな、信也。俺、頑張るぜ」

 声は小さいが明確に意思の感じ取れる声で宮司は言った。それを聞いて信也が笑う。

「おう、親友として応援するぜ」

「ありがとな。お前も頑張れよ」

 かなり車を走らせた所で、信也はコンビニに車を止めた。そして運転席から、後ろに声を掛ける。

「おい、コンビニに着いたぞ」

「ふにゃぁ・・・」

 各々うめき声を上げただけでまぶたを持ち上げる事はなかった。

「しゃーない。宮司降りてあいつ等起こしてくれ」

「ん、分かった」

 宮司は車から降りると後部座席のドアを開けて御酒の体を揺すぶった。二三回揺すると御酒は目を覚ました。

「むにゃ・・・、どうしたにゃーみーちゃん・・・」

 御酒はまぶたをこすりながら問いかける。

「コンビニに着いたぞ。クヴィネ達も起こしてくれ」

「ふわぁ~」

 御酒は大きく伸びをすると「起きるにゃー」と言って、クヴィネたちの体を揺すり始める。すると次々目を覚ました。

「む・・・、もう着いたのか?」

「まだコンビニにゃー」

「そうですか、ありがとうございます。ほら、バレット降りましょう?」

「はぃ、お姉さま」

 全員が降りた事を確認すると信也は車の鍵を閉めた。そして一向はコンビニの中に入った。信也はかごを取ると、皆にむかって言った。

「高速乗ったら一気に海まで行くから、今のうちに飲み物とか買っといたほうがいいぞ。買うものは俺のかごに入れてくれ。まとめて会計しちゃうから」

「ありがとう。代金は車で渡そう」

「ありがとうございます。バレットはどれにしますか?」

「これが、飲みたいです」

「またですか? 大のお気に入りなのですね」

「うん、美味しいんだもん」

「あ、今更で悪いけど民宿は朝飯と夕飯しか出ないからな。まあ、周りに飲食店も多いし問題ないけどな」

「じゃあ、お昼は海の家かにゃー」

 御酒はそう言いながらおにぎりをかごに放り込んでいく。

「御酒は随分食べるのだな」

「朝ごはん食べてないからね。もう、お腹ぺこぺこなんだにゃー」

「クヴィネは朝飯食ったのに三個も食うのか」

 クヴィネは頬を若干、朱色に染めながらおにぎりを後ろに隠した。

「これはだな、あれだ、そう! 私は一般人より消費カロリーが多いから仕様がないのだそれよりも男の宮司がおにぎり一つとは何事だ、情けないぞ」

「俺は燃費がいいからこれで十分なんだよ」

「いや、宮司はもっと食ったほうがいい。俺みたいにデカくなれないぞ」

 信也はパンを山ほどかごに突っ込んでいた。見ているだけで、胸焼けがしそうな光景を目の当たりにしながら宮司は言った。

「黙れ筋肉バカ。俺は現状で満足してるから良いんだよ」

「うんうん、みーちゃんまでしーちゃんみたいになったらやだにゃー」

「御酒まで言うか。お前らにはこの筋肉の美しさがわからんのか」

 信也はTシャツの袖をまくり上腕二頭筋をあらわにする。

「どうだ? この逞しい二頭筋、そしてTシャツを勇ましく持ち上げる僧帽筋! 華麗だろう?」

「もうしーちゃんの筋肉談義は聞き飽きたにゃー・・・」

「素晴らしいが、さすがに大きすぎないか?」

「信也、皆選び終わったし会計してきてくれないか?」 

「ふっ・・・この筋肉の魅力が分からないなんて、人類はまだまだ進化の途中だって事を痛感するぜ・・・・・・」

「お前が遥か未来に行ってるだけだよ」

「そうですか? 私は好きですよ」

「おお、分かってくれる人がいるなんて感無量だぜ。さて、立ち直った所で会計してくるか。皆は先に出て待っててくれ」

 信也は両手に持ったかごをレジまで持っていった。そして会計が終わると店を出た。

「待たせたな、今鍵開けるな」

 信也が鍵を開けると、全員乗り込んだ。車に乗るとそれぞれに買った物を配り始める。配り終わると信也は車を出した。

「海までどの位なんだにゃー?」

「混んでなけりゃすぐ着くぞ。混んでたらかなり掛かるかもしれないがな。悪いけど宮司、俺のパンの袋開けてくれないか?」

「いいぞ、何味がいい?」

「焼きそばパンで頼む」

 宮司は袋をあさる、そして沢山あるパンの中から焼きそばパンを取り出して、封を開けると信也に手渡した。

 信也はお礼を言うとパンを齧り始める。

 高速に乗ると信也は車のスピードを上げた。幸いにも道路は空いていたので海にはかなり早く着きそうだった。

 「そうだ! しりとりしませんか?」

 睡眠を取って元気を取り戻したバレットが提案した。

「賛成にゃー」

「なかなかよい提案をするではないか、バレット」

「順番はどうするよ?」

「バレットから前に行って、クヴィネ、信也、横に行って俺、下がって御酒、ベレイでどうだ?」

「いいですよ」

「しりとりの信也と言われて恐れられた俺の実力を見せてやろう」

「しーちゃんは、しりとりに集中して車の運転を疎かにしちゃ駄目だよ。私、まだ死にたくないにゃー」

「心配するな。両方完璧にこなすからな」

「では、バレット。最初の言葉をどうぞ」

「うーんとね、じゃあ、りんご!」

「ゴリラ」

「ランボルギーニ」

「二ミッツ級空母」

「ボリビア」

「餡子」

 あれから、信也の車は、高速を降りてトンネルに差し掛かっていた。高速に乗ってからやっていたしりとりはいまだに続いており何週したか分からないが、そろそろ各々の語彙が付きかけていた。

「はまぐり」

「またり、か・・・」

「しーちゃんギブアップかにゃー」

「まだだ、まだ行けるぞ・・・・・・」

「信也、諦めて負けを認めろよ。楽になるぞ」

「ぐぬぬ・・・・・・」

 信也が唸っていると車がトンネルを抜けた。するとそこには大海原が広がっていた。海は水面一杯に太陽光を乱反射してキラキラと輝いている。バレットはその光景を見て、歓喜の声を上げる。

「わぁ~、海です! 海! 凄く綺麗です!」

「おお、これは凄い、これは一生に一度は見ないと後悔するな」

「その通りですね。私は、今日これを見れて堪らなく嬉しいです」

「だね。しーちゃん民宿はどこにあるの?」

「もうすぐだ。。海の近くにあるから、荷物置いたらすぐ行けるぞ」

「へー、それは便利でいいな」

「だろ? よし、ついたぞ。今車止めるから待っててくれ」

 民宿は海から二百メートルも離れていない所に立っていた。外観は二階建ての古風な旅館そのものであった。信也は車を駐車場に止めるとエンジンをきった。

「さあ、着いたぞ」

 宮司はドアを開けると外にでて深呼吸をする。磯の匂いが胸を満たす。御酒達もせかせかと車から降りてきた。

「にゃー、何年ぶりかな。この潮風のかおりを嗅ぐのは」

「なんというか、独特な匂いだな」

「あはは、不思議な匂いです」

「はっはっは、まずは部屋に荷物置こうぜ」

 信也はバックドアを開けると荷物を下ろし始める。そこにベレイが近寄ってきた。

「私も手伝います」

「あ、こりゃ、ありがとうございます」

「いえいえ、こちらこそ、私達を誘ってくださってありがとうございます。バレットも大喜びです」

「いや、なに、気にしないでください。こういうのは人数が多い方が楽しいですから。じゃあ、あいつらを呼んで旅館に入りましょう」

「そうですね」

 信也とベレイは荷物を担ぐと、宮司達を呼んで、民宿に入った。すると、信也の伯父さんと伯母さんが笑顔で迎えてくれた。

「こんちゃーす。信也です。二日間世話になります」

「ようこそ、いらっしゃいましたね。いつも信也と仲良くしてくださってありがとうございます。私は信也の伯母です」

「伯父です。いやー、遠い所からわざわざありがとね。急だったから大変だったろう?」

「いえ、丁度海に行きたいと思ってたんです。けどなかなかきっかけがなくて、助かりました。あ、俺は宮司です」

「御酒です。お世話になります」

「クヴィネだ、短い間だが世話になる」

「ベレイです。よろしくお願いします」

「バレットです! よろしくです!」

「ほほほ、よろしくね。部屋は二階の三部屋を好きに使って頂戴。ご飯は後で希望の時間を教えてくださいね」

 信也達は階段を上りながら部屋割りを決めた。その結果宮司と信也、クヴィネと御酒、ベレイとバレットと言う部屋割りになった。

「じゃあ、それぞれ荷物を置いたら、水着を持って民宿の前に集合な。海の家に更衣室があるから」

「了解にゃ、しーちゃん」

 宮司と信也は部屋にはいった。部屋はトイレ付きの八畳ほどの和室であった。宮司は荷物を置くと窓を開け放った。丁度、海が民宿の真後ろに面していて、窓からは広大な海が望めた。

「宮司、早く準備して海に行こうぜ。暑くて溜まんねーわ」

「もうちょっと感動の余韻に浸らせてくれよ」

「俺だけなら別にいいが御酒達も待ってんだぞ」

「それもそうか。ちゃっちゃと行くか」

 宮司と信也は、水着とタオルを持つと部屋を出て玄関へ向かった。宮司と信也が玄関について少しすると、ベレイとバレットがやってきた。

「待たせてしまったようですね。すみません」

「俺たちも今来たとこだから気にしなくていいぞ」

 少し遅れて御酒とクヴィネもやってきた。

「悪いにゃー。クヴィネちゃんが景色に見とれてたんだにゃー」

「な、御酒! 君も見とれていたではないか! 私一人に罪を被せるとは悪女め!」

「ち、違うにゃー。クヴィネちゃんが眺めてたから、私も仕方なく眺めたんだにゃ~」

 御酒がしどろもどろになりながら苦し紛れに言い訳をする。

「御酒・・・・・・、君には何時ぞやのお返しを返さねばならぬと思っていたところだ・・・・・・決闘を申し込む! いざ尋常に勝負だ!」

 クヴィネは左手を腰の辺りで曲げて握りこぶしを作る、そして右手は丁度顔の辺りに来るように折り曲げた。

「ふふふ、その勝負受けて立つにゃ!」

 御酒は片足立ちをすると両手を高く掲げてクヴィネを威嚇する。

「にゅふふ、この構えを目にしたものは皆生きては帰れないにゃー」

「それは私の構えも同じ事だ」

 クヴィネと御酒が威嚇しあっていると、宮司が二人の頭をリズムよく叩いた。

「いた、なにするにゃー」

「ぬ、なにをするのだ宮司。これは御酒と私の真剣勝負だぞ」

「お前ら、ただでさえ遅れてきたってのに、さらに時間を無駄にするつもりなのか?」

 図星を突かれた御酒とクヴィネは引きつった笑みを浮かべて頬をかいた。

「宮司その位にして早く行こうぜ。俺の筋肉が疼いて堪らないんだ」

「そうだな。じゃあ信也案内してもらっても良いか?」

「おう、着いて来てくれ」

「うみー!」

「ほら、バレット、うろちょろすると危ないですよ」

「クヴィネちゃん、この決着は海で付けるにゃー」

「いいだろう。その言葉を胸に刻み込むのだ。あとで後悔しても遅いからな」

「それは、私の台詞にゃー」

 信也の後について宮司達は歩いた。海が近づくにつれて、胸が高鳴るのを宮司達は感じていた。防波堤の端まで着くとそこには、クリームがかった白い砂浜と、泡を立てながら行ったり来たりする海がこれでもかと広がっていた。

「これは圧巻ですね。素晴らしいです」

「凄く広いです!」

「ほお、なかなかのものではないか」

「凄いにゃー。砂浜がまぶしいにゃ」

「信也にしては凄いな」

「してはっての少し引っかかるが・・・・・・。まあ、良さを分かって貰ったからいいとするかさっそく海の家に行って着替えようぜ」

 さっそく、宮司達は海の家に向かった。海の家の主と信也は顔馴染みらしく親しげに話しかけた。

「こんちわー。更衣室かりまーす」

「おや、信ちゃん。また来たのかい? そちらはお友達かい? 私はしんちゃんのばあちゃんじゃ。今日は楽しんでいってな」

「ああ、伯父さんとこに泊まってんだ。荷物とかは、ばあちゃんが預かっててくれるから持ってきてくれ」

 海の家の奥からまさに海の男と言った感じの、日に焼けたがたいの良いおじいさんが出てきた

「おお、信也またきたんか。いらっしゃい。荷物はわしが見張っとるから安心してあそんでくれや」

 宮司達はそれぞれ挨拶をすると店の奥にある更衣室に向かった。

「あれだな、お前の家の家系は、基本みんなムキムキなんだな」

 宮司は更衣室で服を脱ぎながら言った。

「確かにそうかもな。親戚一同集まると、プロレスラーの待合室みたいになるからな」

「・・・・・・暑苦しそうだな」

「盆なんかはきついけど、正月は暖房要らずでいいぜ」

「それは・・・・・・いいのか?」

 宮司が上着を脱ぐ、信也ほどではないが宮司も身長が百七十五センチほどあり、ガッチリした体をしている。宮司はズボンを脱いでトランクス型の水着を履いた。

 その隣で信也もトランクス型の水着を履いていた。それを見て宮司が意外そうに言った

「信也も水着、トランクス型なのか」

「そうだけど、なんでだ?」

「いや、お前ってブーメランパンツ履きそうな雰囲気だから」

「ブーメランパンツはきそうな雰囲気ってなんだよ。人を変態みたいに言うな」

「マッチョって大体はいてるし」

「否定はできないが、俺はそこまで変態じゃないぞ」

「それは安心した。着替え終わったしでようぜ」

「そうだな」

 荷物を持って宮司と信也は更衣室を出た。そして、荷物を信也のおじいさんに預けて女子の到着を待った。少しして御酒達がやってきた。すると御酒はやってくるなりポーズをとりながら叫んだ。

「颯爽登場! 大地に咲く四輪の花!」

 御酒はトップはスポーツブラ型、ボトムはホットパンツ型の水着を着ていた。大きくもないが小さくも無い胸に、キュッとしまった腰が堪らない。

「お待たせしました」

 ベレイは、新緑のような色のツーピース水着を着て、同じ色のパレオを腰に巻いていた

そこからチラリと覗く太ももがなんとも言えぬ色っぽさを醸し出している。

「しました!」

 バレットはワンピース型の水着にフリルの着いたものを着ていた。子供っぽさがこれまた可愛い。

「待たせたな」

 クヴィネはベレイと同じくツーピース水着だ。色は雪のように真っ白な純白だ。これがまた、クヴィネの褐色の肌によく映えて眩しく輝いている。胸こそ小さいものの、剣術をやっているだけあって、体は引き締まっている。

 クヴィネが宮司の下によると顔を真っ赤にして、もじもじしながら呟いた。

「・・・・・・ぁうか?」

 宮司はクヴィネの仕草に躊躇いながらしながら聞き返した。

「えーと、そのごめん。聞こえなかったから、もう一回言ってくれ」

 恥かしさで死にそうになっているクヴィネは、御酒の方をチラリとみる。すると、提案者の御酒は笑顔で親指を立ててゴーサインを出した。

 クヴィネは決心すると顔をさらに赤くして宮司に言った。

「う、あの、そのだな、まあ、あれだ。今日はいい会議日和だな。うむ、会議をしよう。議題は、そうだな私に水着が似合っているか、かもしれないし水着が私に似合っているのような気がしなくもないが、まあ、簡潔に言うとだな、その水着どう・・・・・・だ?」

 クヴィネは最後の方は殆ど俯きながらいった。宮司もつられて赤くなりながら答える。

「うん、か、可愛いぞ」

 宮司がそう言うとクヴィネは赤くなりながらも笑顔で「そうか、ありがとう」と言った

信也はそれを眺めながら椅子に座った。

「ばあちゃん。ラーメン一つ、あとおにぎり」

「はいよ」

「カキ氷イチゴを一つお願いします。しーちゃん、そう落ち込まないにゃー。きっといいことあるにゃ」

 御酒がそういいながら席に着いた。

「誰が落ち込むか、ただ腹減っただけだ」

「バレットも何か食べますか?」

「うん、えーとね、カレーが食べたいです」

「すみません、カレー一つと焼きそば一つお願いします」

「はいよー」

「俺たちもなんか、食べないか?」

「うん、うむ、そうだな」

 信也に御酒、ベレイ、バレットの座っている机に宮司とクヴィネも席に着いた。

「うーん、イカ焼き一つください」

「私は、たこ焼きを頼む」

「はいはい、少し待っててねー」

 おばあちゃんが次々に料理を持ってきた。それぞれ頂きますを言うと食べ始めた。

「んにゃー美味しいにゃー。クヴィネちゃん。あーん」

 御酒がカキ氷をスプーンに掬ってクヴィネに向ける。クヴィネはカキ氷を口に入れると、唸りながら頭を抱えた。

「御酒・・・君はなんて物を食わせてくれたんだ・・・・・・」

「にゃはは、でも美味しいでしょ?」

「・・・・・・まあ不味くはないな。もう一口貰ってやらん事もないぞ」

「素直じゃないにゃー。はい♪」

「ありがとう。お返しに私のたこ焼きを一つ上げよう」

「ありがとにゃー」

 宮司達はご飯を食べ終わると、太陽に熱せられた砂浜に足を踏み入れた。

「お姉さま、熱いです」

「ふふ、そうですね。抱っこしますか?」

「一人で歩けるもん!」

「んきゃぁ。バレットちゃん可愛すぎるにゃー」

「御酒、悶えるな。気持ち悪いぞ」

「なぬ! 気持ち悪いとは心外な! これはいくらクヴィネちゃんでも許せないにゃー」

「変態はよくて気持ち悪いは駄目なのか?」

「これはもう水泳勝負でヴァーサスだにゃ!」

「な、水泳・・・だと?」

「そうだにゃー。もしかして泳げないのかにゃー?」

 御酒がにやにやしながらクヴィネを見つめる。

「そんなわけがあるか! 泳げる。私は泳げるぞ」

 クヴィネは自分に言い聞かせるように繰り返した。

「おし、宮司、俺たちも勝負しようぜ」

「いいぞ。俺の洗礼された筋肉の力を見せてやる」

「私達は海辺で遊びましょうね」

「はい! お姉さま」

 海に着くと宮司と信也はさっそく海に飛び込んだ。するとすぐに地平線の彼方へ消えた

「さて、私達もいくにゃー」

「あ、ああ」

 クヴィネの顔が若干引きつった。

「よーいすたーと!」

 バレットの合図でクヴィネと御酒は海に飛び込んだ。しかし、すぐにクヴィネが海草のような無様な姿で海岸に打ち上げられた。心なしかクヴィネの目から水滴がたれているように見える。

「うぅ・・・・・・」

 御酒は異変に気が付くと駆け寄った。

「大丈夫? クヴィネちゃん」

「ああ、問題ない。全て完璧だ。障害など何一つない。このまま行けば宇宙の真理が見れそうだ」

「ガーン。クヴィネちゃんが壊れたにゃ!」

「御酒氏、私は全て理解した。この世の真の在り方を・・・・・・」

「一か八か、えい!」

 御酒はクヴィネの頭に斜め四十五度のチョップを入れた。クヴィネは「ぐふっ」と声を上げるとその場に倒れた。

「う、うぅ」

「クヴィネちゃん気が付いた?」

「私は、一体・・・・・・」

「気にする事ないにゃー。私が泳ぎ方教えてあげるにゃー」

「? ああ、ありがとう」

「じゃあ海に入るにゃー」

「あ、ああ」

 クヴィネは御酒に張り付きながら海に入っていった。

「クヴィネちゃん、手を掴んでてあげるからバタ足してみるにゃー」

「うむ」

 クヴィネは恐る恐る御酒から体を離して、御酒と手を繋ぐと体を水に浮かべた。

「そうそう、それで足をばたばたするにゃー」

「こ、こうか」

 クヴィネが足をばたばたすると、運悪く高い波がやってきてクヴィネたちを飲み込んだ

「うへぇークヴィネちゃん大丈夫?」

「うぅ」 

 クヴィネは御酒の腰に力強く抱きついていた。御酒は頭を優しく撫でた。

「にゃはは、一歩一歩頑張るにゃー」

 一方、ベレイとバレットは砂のお城を作っている。その光景は親子のようであった。

「お姉さま! トンネルを作りましょう!」

「いいですよ。私はこちらから掘りますから、バレットは反対側からお願いします」

「はい!」

 ベレイが穴を掘り進めていると、バレットの小さい手と繋がった。

「! お姉さま! 通りました!」

「やりましたね。バレット」

 ベレイたちが遊んでいると宮司と信也が凄い勢いで戻ってきた。そして砂浜の上に大の字で倒れた。

「はぁ、はぁ、はぁ。やるな信也・・・・・・」

「お前こそ・・・・・・。休憩したらもう一回行くぞ・・・・・・」

「望む所だ・・・・・・」

「お疲れ様です」

「宮にいと信也さんどっちが勝ったんですか?」

「残念ながら・・・・・・」

「引き分けだ・・・・・・」

 その日は、来たのが遅かったのもあって、すぐに日が暮れた。宮司達は着替えると民宿に戻った。そして夜に花火をやるために、早めの夕食をとった。日が沈むと宮司達は花火とバケツを持って海辺へ向かった。

「よし、ではロウソクに着火!」

 信也がロウソクに火をつけると、宮司と御酒とクヴィネとベレイ、バレットが歓声を上げた。

「これが今日やる花火だ」

 信也は色々な花火が入った袋を、みんなの前に掲げた。それを見てバレットが拍手をする。

「わぁー。楽しみです!」

「まずどれからやるにゃー?」

「そこは、手持ち花火からだろ」

 宮司がそう言うと、信也が頷きながら、手持ち花火を配り始めた。

「これは、どうやるのだ?」

 クヴィネが、花火を不思議そうに眺めながら宮司に聞いた。

「この、先端のヒラヒラした紙にロウソクの火をつけるんだ」

「ふむ」 

 クヴィネは言われた通りに花火の先端をロウソクに近づけた。すると、火がついて、どんどんヒラヒラを燃やしていって火薬にたどり着いた。それとともに、火花が勢いよく飛び出してきた。

「おお! 凄いな! 綺麗だ」

「わぁ~。お姉さま! バレットもやりたいです!」

「はいはい、良く気をつけて火をつけるんですよ」

「はい!」

 バレットが緊張した面持ちで花火をロウソクに近づけた。

「あ! 着きました!」

 バレットは自分が持つ花火から火花が噴き出したのを確認すると嬉しそうに言った。

「やーん、バレットちゃん可愛すぎるにゃー」

 御酒が興奮して火のついている花火をぶんぶん振った。

「おわっ、御酒、危ないから花火はふんな」

「にゃはは、ごめんにゃー」

 クヴィネは花火の袋の中からわっかにになった花火を見つけた。クヴィネはそれを一つ取ると宮司に問いかけた。

「なあ、これはどういう花火なんだ?」

「ああ、それは、ネズミ花火って言ってクルクル回るやつだ」

「ほう・・・・・・」

 クヴィネは悪い顔をすると火をつけて、しゃがんで手持ち花火に勤しんでいたベレイに向かって放った。ネズミ花火は地面に落ちるなり、クルクル高速で回って地面を這い回りはじめる。ベレイが「ひゃっ」と悲鳴を上げて立ち上がった。

「きゃー。ベレイさんが可愛い声出した~」

 ベレイの悲鳴を聞いて御酒が悶えた。御酒が再び花火を振った。信也が「だから、振るなって!」と言ったが御酒の耳には届かなかった。

「な、なんですか、これは一体」

「ネズミ花火と言う物だ。面白かったであろう?」

「クヴィネ様は面白くても、私は驚きました!」

「ははは、すまぬ、すまぬ」

「さて、手持ち花火もなくなったし、お次は噴出花火をするか」

 信也が袋から一際でかい花火を取出して地面に置いた。そして信也は宮司に近づくとチャッカマンを宮司に握らせた。

「よし、宮司。頼んだぞ」

「なんで俺なんだ?」

「しーちゃんだと、大きいから危ないし、後は女の子しかいないからにゃー」

「頑張れ、宮司。この程度の苦難は乗り越えられないと駄目だぞ」

「宮司様、男を上げる好機ですよ。頑張りましょう」

「宮にぃ、頑張ってください!」

「いや、まあやるけどさ」

 宮司がチャッカマンを握り締めながら、噴出花火に近づく、そして導火線に火をつけるとダッシュで離れた。その数秒後、火山の噴火のように、花火から火花がはじけ出た。

「うわぁ~、凄いです・・・・・・」

 バレットがうっとりと見とれながら言った。その言葉にベレイとクヴィネも無言で頷いた。

 その花火は十秒ほどでおとなしくなった。すると信也は、さらに三個新しく置いて、宮司の肩を黙って叩いた。

「え? また俺?」

 御酒も頷きながら、宮司のもう片方の肩に手を置いた。

「お前ら、鬼か!」

 そう言いながらも、根っから優しい宮司は断れずに、三個とも火をつけた。

「そろそろ、締めの線香花火タイムといくか」

 信也は花火袋から線香花火の束を取り出して配り始めた。各々、受け取ると火を付け始めた。

「おお・・・・・・儚げだが、こう、力強さもかんじるな・・・・・・」

「そうですね。美しいです・・・・・・」

「これが、日本人の心にゃー」

 それから、のんびりとすぎる時間を堪能すると、宮司達はごみをバケツに入れて海辺を後にした。帰り道にそれぞれ和気藹々と感想を言い合いながら民宿に戻った。

「宮司、卓球やらないか?」

 信也が、卓球室の標識のついた部屋を指差しながら言った。

「お、いいな」

 宮司達が部屋に入った。部屋には卓球台が三個置かれていた。

「お、御酒、私達もやらぬか?」

「ふふふ、泳ぎのリベンジマッチかにゃ? 受けて立つにゃー」

「お姉さま、やりませんか?」

「いいですよ」

 昼間、海でたんまり遊んだというのに、宮司達は凄まじい試合を繰り広げた。一時間ほどすると全員汗塗れになっていた。

「ふう、そろそろ風呂に入るか。勝負はお預けだな宮司」

「そうだな、早く汗を流してさっぱりしたい」

 宮司達はお風呂場に向かった。お風呂場に着くと、男と女別れて、脱衣所に入った。

 御酒達は服を脱ぐとさっそく体を流して、露天風呂に向かった。

「露天風呂にゃー!」

 気分が高ぶったのか御酒が全裸のまま両腕を高く掲げた。

 御酒が他にお客が居ないのをいい事に湯船に飛び込む。バレットもつられて飛び込んだ

クヴィネとベレイは足からゆっくりと湯船に使った。

「ふう~。良い湯ですね」

「はい、気持ちいいです!」

 沈まないようにクヴィネに抱えられたまま、バレットはほっこりした顔で言った。

「そうだな。やはり広い風呂は気分がよいな」

「ベレイさん、オッパイ大きいにゃ~」

「そ、そうですか?」

 ベレイが戸惑いながら胸を湯船に隠した。それを見て御酒が手をわきわきしながら笑った。

「はい、ぜひ、わしわし揉みたいですにゃ」

「駄目です!」

 ベレイは顔を、温まったからか、恥かしさからかは分からないが、若干赤くしながら胸を手で押えた。

「残念にゃー」

 御酒たちはよく温まると、お風呂から出て部屋に戻った。

「じゃあ、お休みなさい。クヴィネ様、御酒様」

「お休みなさい。クヴィネさま、御酒お姉ちゃん」

「ああ、お休み」

「お休みなさい」

 その日はみんな疲れていたのか、すぐに眠りに落ちていた。

 

 次の日。

 朝食を取って海に出かけようとすると、信也の伯父さんが「皆で食べな」と言って西瓜を差し入れてくれた。皆でそろってお礼を言うと、宮司達は海へ向かった。

「クヴィネちゃん今日も特訓する?」

「もう、水とは相容れないと思って諦めることにする・・・・・・」

 昨日、御酒に手伝ってもらって特訓したクヴィネだったが、結局泳ぎはマスターできなかったのだ。

「信也、俺たちは今日も勝負するか?」

 信也はクヴィネの方をチラリと見てから答えた。

「いや、いいわ。さすがに二日連続遠泳はキツイしな」

「そっか、じゃあ波打ち際でのんびり遊ぶか」

「よし! 宮司、行くぞ!」

 クヴィネが、宮司の腕を掴みながら海に向かって走り出した。

「おわっ!」

 宮司は、足をもつらせながらもなんとかクヴィネについて行った。

「私達はバレーボールでもやらないかにゃ?」

 御酒がどこからかビーチボールを取り出した。

「おう、いいぞ」

「そうですね。バレットもいいですか?」

「はい! 楽しそうです!」

「じゃあ、しーちゃんVS女の子チームね♪」

「ふっふっふ、望む所だ」

 信也から、気迫が立ち上った。

 その頃宮司とクヴィネは波打ち際に来ていた。

「はぁ、はぁ、はぁ・・・・・・お願いだから行き成り引っ張らないでくれ・・・・・・」

「む、だらしないぞ。――それっ」

 クヴィネが笑顔で水を手で掬って宮司の顔にかけた。

「おっ、やったな。お返しだ!」

 宮司も負けじと水を掛け返した。傍から見たら完璧に恋人な雰囲気の宮司とクヴィネを見ながら、信也は言った。

「あれで、付き合ってないって言うんだから凄いよな。っと、ほっ」

 信也はビーチボールを御酒に打ち返した。

「本当だにゃー。みーちゃん、意気地がないにゃー。ベレイさんパスにゃ!」

「クヴィネ様も大胆なようでいて、肝心な所で奥手になってしまうのです。バレット、決めなさい」

 ベレイが、バレットに向かってトスをだした。

「でも、クヴィネさまも、宮にいも楽しそう、です!」

 バレットが渾身の力でサーブを打った。

「まあ、俺達にどうこう出来る問題じゃないけど、よ!」

 信也がその方向に向かって腕を突き出しながら飛んだ。しかし信也の腕はあと少しの所でビーチボールに届かなかった。

「まずは、一点先取にゃー」

 お昼頃に信也たちはバレーボールを切りあげて、宮司たちを呼んで西瓜割をした。一番手のバレットが見事、一発で綺麗に割った。その後は皆で、甘くて瑞々しい西瓜に舌鼓した。

「ふう、美味しかった。信也の伯父さんには感謝感謝だな」

「ははは、午後は宮司達もバレーボールやるか?」

「どうする? クヴィネ」

「うむ、やりたいぞ」

「ってことだから、入れてくれ」

「大歓迎にゃー」

「良かったですね。信也様、仲間が一人増えましたよ」

「え? 男対女なの?」

「はい! 宮にい頑張ってください!」

「おうよ、宮司、頑張ろうぜ」

 それから、夕方まで白熱した戦いが繰り広げられた。夕方になると、宮司達は疲れた体を引きずって民宿まで戻った。

 夜八時頃、宮司と信也の部屋。

 信也と宮司が窓際で外を眺めていると、クヴィネが海に向かうのを見つけた。

「あ~、宮司、海でも見に行ったらどうだ? 月が水面に落ちて凄く綺麗なんだぜ」

 信也が、宮司の背中を押すように言った。宮司は微笑んだ。

「ありがとな、信也。お前と友達になって良かった」

「ん? 気にすんな。本当に綺麗だからよ。たっぷり堪能して来い」

 宮司が靴を履いて外にでると潮風が体を包む。昼間は立っているだけで汗がじっとりと染み出してくるほど暑かったが、海のおかげで夜は心地よい暑さになっていた。

 海辺に着くと、クヴィネがシートを下に引いて砂浜に座っていた。宮司はそっと近寄った。そして声を掛ける。

「クヴィネ、どうしたんだ? こんな所で」

 クヴィネは海を眺めたまま答えた。

「海を見ていたのだ。宮司こそ、どうしたのだ?」

「ん、俺も海を見に来たんだ。明日で帰るしな」

「そうか、良かったら隣どうだ?」

「じゃあ、そうさせて貰うかな」

 クヴィネが端によって宮司が座るスペースを作った。宮司はその隣に腰を下ろした。

「綺麗だな」

「・・・・・・どっちがだ?」

 クヴィネが緊張した面持ちで聞いた。

「それは、両方に決まってる、だろ」

「そうか・・・・・・」

 クヴィネがそっぽを向く。宮司は自分の顔が熱くなるのを感じた。きっとクヴィネも同じだろう。そこで会話は途切れたが、以前のように宮司が焦る事はなかった――。

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